冷汗三斗。
バシャーンッッと大量の水飛沫が一気に上から降ってくる。案の定、私とココは全身ビショ濡れ。
他のビショ濡れになった子どもや大人も叫んではいるが彼らの表情はとても楽しそう。
自分の濡れ具合を見てからココを見るとちょうどこっちを見たココと目が合った。
そして私達はどちらからともなくお互いのビショ濡れの酷さに笑う。
「ははっ、噂通りの水飛沫だな!」
「最高の水飛沫デシタ!素晴らしい!ここの水族館に来て良かったデス!!」
そう言って濡れた前髪を掻き上げたココに不覚にも一瞬見惚れた。
(本当に…容姿と中身にギャップがあり過ぎる。)
ここに遥と真昼がいたら即漫画ネタ行きだろう。私でも今のシチュエーションは是非漫画に使いたいと思えた。
水も滴る良い男、とはこういう男の事を言うのだと実感する。
「ではここでアシカのルルちゃんにも登場して貰いましょう!ルルちゃんと一緒に輪投げをしたい人はいますかー?!」
職員のその声で仕事に向いていた意識がまた会場へと戻る。
ステージに出て来たアシカは鼻先にボールを乗せて器用に台の上でポーズをしたりと会場を盛り上げた。
一通り芸をすると輪投げの定位置へと行ったアシカのルルちゃん。
子ども達が腕を元気良く伸ばして輪投げをやりたい!とアピールしている。その光景を微笑ましく思いながら見ていると隣からも熱烈なアピールを感じた。
「ハイハイ!ワタシ、やりたいデス!!」
お前もか。
子ども達に負けないくらいのアピール力で手を真っ直ぐ上げるココ。
その存在感は職員にも伝わり、女子高生一人と小学生くらいの男の子、そしてココが輪投げをする三人に選ばれた。
渡された輪を嬉しそうに握るココにもう一人の職員がココにマイクを近付ける。
「今日はどなたとご一緒に来たんですか?」
「ワタシの大好きな人と一緒に来マシタ!今日はデートなんデス!!」
「まぁ!幸せカップルですね!ルルちゃん、幸せな二人に拍手ー!!」
「稀世サン、拍手されちゃいマシタ!」
ココの暴走が止まる術を知っている人、すぐに挙手してくれ。恥ずかしくて敵わん。
輪投げが上手くいき、席に戻って来たココとハイタッチをする。この行動もまさに少女漫画である…。
アシカのルルちゃんのコーナーが終わるとその後もセイウチや小型のクジラ達が登場し、最後はイルカ達のジャンプでショーは幕を閉じた。
「最高のショーで感激デシタ!…ムム、そろそろ昼デス!昼食にしまショウ!!」
「そうだな。だが、まずは着替えが先。昼食はその後でだ。流石にこのビショ濡れじゃ店に入れん」
「オォ!忘れてマシタ!では、あそこのお店で買いそろえまショウ!!」
「このビショ濡れを忘れてたのか」
イルカショーの会場近くにあった店に入ると、水族館の定番である可愛いぬいぐるみやお菓子がたくさん売っていた。
服もちゃんと売っていた。売ってはいたが…これは如何なものか。
棚に並んでいるのは黄緑やピンク、水色やオレンジ色のパステルカラーのTシャツ。
色はまだ許せる。色は。
問題はそこに描かれている絵である。
Tシャツのど真ん中にはイルカやペンギンなど水族館を代表する可愛い生き物達が可愛く描かれいる。
(…デザインはこれしかない。つまり…そういう事になるよな?)
楽しそうにTシャツを選ぶココを見る。
ペアルック。
その大変ヤバい文字の存在に気付く。
濡れたままでも良いかもしれないと思い始め、足を一歩引いた時。ガッシリとココに腕を掴まれた。びくともしない。
「稀世サンはピンクが似合うと思いマス!とても可愛い貴女にピッタリデス!!」
「せめて黄緑にしてくれ頼む」
「そうデスカ?では買って来マス!ここでお待ち下サイ!!」
「はぁ…やはりペアか。…私も払う。その服はいくらだ?」
「何を言っているんデスカ!今日はデートなんデス!ワタシが払いマス!!」
「え、って速っ…?!」
レジへと凄い速さで向かうココを見送り、私は入り口で待つ事にした。
パステルカラーのTシャツに描かれたイルカのきゅるるんとした目を思い出すと頭が痛くなる。
ペアルックか…ショーを見る前の濡れるのもありかとか思ってた私を全力で止めたい。
ビショ濡れは駄目だったよ安心院 稀世。
「お姉さーん、一人で何してんのー?しかも濡れてるとか超エロいんッスけどー」
「ギャハハ!お前、エロいとか言うなしマジでウケるわ!」
「一人でとか寂しいっしょ?俺達と遊ばねーお姉さん?」
面倒な奴らに絡まれました。
レジを見るとまだココは会計をしているようで、男達はギャハハと気持ち悪く下品な笑い声を出しながら私を取り囲んできた。
溜め息を吐き出すとまたギャーギャー喚き出した男達。本当に五月蝿い。
「黙っちゃってぇ怖がんないでよお姉さーん。ね?ね?遊ぼうよぉ」
「俺達と一緒ならめっちゃ楽しいよ」
「ギャハハ!超ナルシストじゃんお前ー!」
「うるせーよ馬ぁ鹿!アハハハ!」
私の右手が段々と上がっているのに気付けお前ら。このままだと確実にアッパーをかましてしまいそうだ。
下品な笑い声にウンザリする。
男達を黙らせようと口を開いた時、突然前にいた男がぶっ飛んでいった。
私と残りの男達も何が起きたかさっぱり分からず、放心状態のぶっ飛んだ男を見る。
「てめぇら…稀世先輩をナンパとは良い度胸だな。あぁ?!」
私の両側にいる男二人の肩に手を置くマジ切れした男が登場。
(めっちゃキレてる…。)
それは私の部下である轟 羽月君。
彼の手が置かれた男達の肩からメキメキと危ない音が聞こえた。