一樹之陰。
「コレは運命デス!アナタはワタシの愛する愛蘭!結婚しまショウ!!」
「無理です」
街で会った見知らぬ人に結婚を申し込まれるとか誰トク?王道漫画にもないわ阿保。
手を握ってきたそいつの頬をパーで殴って逃走したのが一週間前。
そして現在、職場のロビーに何故かそいつがいた。大量の薔薇を持って。え、怖い。
「何故この職場が分かったんですか?ストーカーですか。私をストーカーしてたのか不届き者が」
「違いマス!コレ拾いマシタ!コレはアナタのですよネ?」
「名刺…?っ、ベタか私は!!」
数日前から行方不明になっていた私の名刺入れ。これで職場がバレるとか、物凄く迷惑なおっちょこちょいをしてくれたな私!!
よりによってストーカー野郎と遭遇した時に落とすとは最悪である。
差し出してきた名刺入れを貰い、ジロジロと男を観察する。それで気付いた。
このストーカー野郎イケメン部類だわ、と。
金髪寄りの茶髪に空の色が混じった瞳。
日本人離れした彫りの深い顔立ちと高い身長、更に口元の黒子が色気を出し、最終兵器の眼鏡を着用。
(…?!め、眼鏡男子…だと?)
イケメンで眼鏡男子とか本気で少女漫画に登場するキャラじゃないかと勝手にイライラ。現実で簡単に再現しやがってと謎のイライラ。
疲れでカルシウムが足りてないのだろうか。
「…一体その薔薇は何です?」
「百八本デス!意味は結「ちょっと場所を変えましょうか」分かりマシタ!!」
ロビーに人が少なくて良かった。数人には目撃されたがまだマシだ。
百八本の薔薇の意味を大声で言うなんてこいつは阿保か?阿保なのか?いや、阿保だな。
雪音の描く少女漫画に花言葉がよく出てくる影響でいつの間にか覚えた。
その中であった百八本の薔薇の意味。
「結婚して下さい」
ロビーのど真ん中でプロポーズ、しかもストーカーっぽい男からとか何。
だから誰トクだ。
警察に通報する前に取り敢えず話を聞く事にする。心配しなくとも、こんな危険な男と二人っきりになるという馬鹿な行動はしないさ。
私の信頼する部下の立ち会いのもと話をしようではないかって事で少女漫画編集部の角部屋に連行した。
「んで?このキラキラしたのがストーカー?驚く程の王子容姿だね。グッジョブ」
「うわぁ…イケメンだぁ。日本語が凄く上手ですね!お名前は何ですか?」
「ありがとうゴザイマス!父がイギリス人で母が日本人デス!名前は九重 スカイといいマス!お二人共とても美しいデスネ!!」
「「九重さんったらもー!」」
「何がもー!だ。何だこの和やかな雰囲気は」
遥は次回登場するキャラに困っている担当漫画家に資料提供すると言って写真撮影の許可を交渉し、真昼は普通にイケメン顔にやられている。
信頼する部下という言葉が崩壊していった。
しかも少女漫画編集部に現れた轟君に続く第二のイケメンにまたもや女子達が騒いでいた。
角部屋は一つの部屋になっていて、中の声と様子が分からないようになっている。
落ち着いて話をするにはもってこいの場所で外にいる彼女達が乱入して来る事はない…多分。
「それで九重さんはどうして安心院先輩のストーカー?をしたんですか?」
「場合によっては警察だぞ。私の右手には携帯が握られている。さぁ白状なさい」
「ち、違いマス!ワタシはストーカーではないデス!今日は稀世サンの落とし物を届けに来ただけなんデス!後…、愛の告白を…エヘヘ」
「「……彼氏?」」
「断じて違う」
私の前に座るストーカー改め九重さんは頬を赤く染めながら私を見てきた。
百本譲って落とし物を届けに来てくれた事には感謝しよう。だが何故、薔薇まで持って来る。
一週間前に初めて会った男に告白されるなんて人生初めての体験だ。
「運命とか言っていましたね?初めて会った私に何を感じたら運命に繋がるんですか?」
「そっくりなんデス!ワタシの好きな彼女に!」
「彼女…?」
「ハイ!稀世サンは彼女と全く同じデス!!」
九重さんがジャケットのポケットから出したのは黒髪をツインテールに結び、ピンクのフリフリスカートを着こなした少女のキーホルダー。
手にはハートの柄のステッキが握られて、バッチリ決めポーズをしていた。
遥と真昼と三人でそのキーホルダーを凝視する。
「ワタシの愛する愛蘭デス!この黒髪も強い瞳も全て一緒!稀世サンに惚れマシタ!結婚しまショウ!!」
「だから無理です」
強烈な個性を持ったこの男。
どうやら重度のオタクだったようで。
(このツインテールと私が似てる…?)
九重さんが持っていた愛蘭のキーホルダーだけが固まった空気の中で悲しく揺れていた。