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【天ヶ瀬 雪音視点01】

閉まる扉の音を聞きながらソファーにズルズルと沈み込む。


前々から鈍いとは思ってたけど、あんなにも勘違い出来るきーちゃんは本当に凄い。

三年前からずっとアプローチしてるのに全然甘い雰囲気にならない…。


母親みたいに思われてる?


夕飯作りと掃除はサボらないから大丈夫?



「違うよー…そうじゃないんだよぉ…」



弱い力でクッションを叩く。


きーちゃんはしっかり者で怒ると凄く怖いけど優しくて可愛い俺の大好きな人。

彼女が俺の担当編集者だから俺は面白い漫画を描こうって思える。彼女が俺の原動力。


そこんとこ、きーちゃんは分かってるかな?分かってないだろーなぁ。はぁ…。


俺は十九歳の時に漫画家としてデビューした。

ほんの少しの好奇心で描いた少女漫画が賞を取るとは思わなくて、でも絵を描くのは昔から好きだったから何となく漫画家になった。


段々売れてくるとちやほやしてくる色々な人達、特に編集の人達は俺の機嫌が悪くならないようにいつもおどおどしてた。


別に噛みつきなんてしないのにねぇ。


昔っからマイペース過ぎると言われた俺にとって〆切っていうものは本当に地獄だった。

頑張っても頑張っても全然駄目で、何で漫画を必死に描いてるのかも分からなくなっていった。


そんな俺から段々と離れていった人達に仕方ないなとさえ思っていた時、きーちゃんが俺の担当編集者になった。



「原稿なんて後!掃除が優先だ!名雪先生は洗濯物担当!何だこのあり得ない山は?!」



俺の部屋を見た瞬間に鬼の形相になったきーちゃん。その時のきーちゃんの怖さは忘れないよ。


大量の洗濯物を洗って干して洗って干してを何度も繰り返して、部屋が綺麗になった時には俺の体力はほぼゼロ。


で、結局ソファーで寝た。


今度来た編集の人は凄くインパクトがあるなぁと思っていたりしたら、きーちゃんはもっと俺を驚かせてきた。



「…む。凄ーく良い匂い…カレー?」

「おはようございます、ではないですね。夕食を作りましたので良かったらどうぞ」

「材料…あった?」

「近くのスーパーで買って来ました。今なら出来立てですが食べますか?」

「うん…食べるー」



きーちゃんと一緒に食べた熱々のカレーは美味しくて、胸がじんわり温かくなった。


何だか少しでも離れたくなくて、きーちゃんが食器を洗っている間も俺はずっと隣にいた。その時間は体が凄くムズムズしたけど心地良いムズムズだった。


それから俺はどんどんきーちゃんが気になっていくようになった。


怒りながらも俺が漫画を描きやすいベストな状態を作ってくれるきーちゃん。


気付いたら必ずきーちゃんを目で追っていて、いないと凄く寂しくて、話すと胸がポカポカしてくる。


その現象は俺が描く少女漫画に出てくる恋する主人公達そのもので、自分の漫画を読んで改めて自分の恋心を自覚した。


俺は自分の容姿が他人より優れているのは知っていたし、昔から女の子には困らなかった。あっちの方から告白され、まぁいっかっていう軽い気持ちで何回か付き合ったりもした。


けど一度も俺の方から好きになる事はなくて、きーちゃんへの気持ちを自覚した時は結構焦った。



「今日は随分とソワソワしているが…誰か来るのか?彼女か?」

「ち、違うよー。全然違うー。彼女とかじゃないよ何もないよぉ」

「そうか。なら早く原稿を出せ」

「ぐすん…」



気持ちを自覚した次の日はきーちゃんと目を合わせるのにも緊張した。


それをバッサリ切るきーちゃんって凄いよねぇ…本当に甘い雰囲気にならないんだもん。


でもきーちゃんのその本音をちゃんと言ってくれる性格が俺は好きだ。

良い事は良い、悪い事は悪い。

俺と向き合って話してくれるきーちゃんと過ごす時間は俺の宝物。


最初は何となく描いていた漫画もきーちゃんのお陰で描く事が楽しくなっていった。



「ネタ帳も増えたなー…整理しとかないときーちゃんに怒られちゃうなぁ」



苦手だった掃除もきーちゃんの指導もあって少しなら頑張れるように成長した。


デビューした時から描いていたネタ帳を整理していると、その中に俺の一番お気に入りの女の子を見付けた。


この子がいたから俺は漫画家になれたし、きーちゃんに会えた。


夢で見た君のお陰で。



「マリオン…」



彼女は僕が考えたキャラクターじゃない。


本当に実在した人物なんだ。前世という漫画家の俺でも信じられない異世界にいた彼女。



整理も忘れて、俺はマリオンが描かれたページをパラパラと捲り始めた。

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