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精霊騎士の相対性異世界ハーレム理論  作者: 神楽坂
第一章 最初の町
8/29

サンド湖の戦い

翌日の夕方、サンド湖の湖畔に到着する。

今夜は新月。異変が起こるであろう事は確実だ。


湖は三方を険しい崖に囲まれたどん詰まりにあり、東から伸びる細い道を通って接近するほか無い。

湖のほとりまで来た「獲物」の帰りを待ち伏せるのは容易だ。


ウインディの気配感知にひっかかっているのでカーシー達もどこかで俺達を監視しているはずだが、姿は見えない。


やがて夜が更けて来た頃、音も無く湖の上に黒い大きな何かがやってきた。

長さは50メートル、縦横は20メートはあるだろうか。

楔のような形をしたこれは、まさか…。


俺は二人に異変を伝えるが、何も見えていないという。

どういうことだ?

答えはウインディが教えてくれた。


『音消しと姿隠しの重ね掛けのようだが、精霊である私の目は誤魔化せん。私が宿っている精霊甲冑を着ているお前にも見えているだろう?』


やがてざあざあと水音がし始め、湖面が波立ってきた。

水の柱が立ち上がり、楔形の化け物にどんどん吸い込まれていく。


これは、水を吸い上げているのか?


ティムとロドニーもようやく異常に気が付いたようだが、はっきり言ってどうしようもない。

原因は水を飲む巨大な楔型の化け物ですと言ってもギルドは納得しないだろう。


…攻撃すべきか?

くそ、落ち着け。

倒せるかどうかも分からないのに仕掛けるなんて馬鹿のすることだ。


「ウインディ、戦闘になったとして水の上を走れるか?」

『いけるが魔力の消費は早いだろうな。常にほぼ全力で走り回らなければならないから、もって15分といった所か』


アレを15分で仕留められるかはやってみなければわからないな…。

ふと、水の音が止む。


楔の先が俺たちが居る方向と逆に90度ほど動き、ぴたりと止まった。

俺達に気付いたわけでは無いようだ。

なら何故?

その先には。















カーシー達がいた。


あの馬鹿野郎共が!!!

俺は心の中で叫ばずにはいられない。


新月でろくに視界の無い夜だ。

水音の原因を確認しようとして湖岸まで出てきてしまったようだ。


あわよくば自分達で原因を究明し、正当に報酬を受け取ろうと欲を出したか。

ご丁寧に松明まで掲げている。


楔型の物体の下から、蟹のような一対のはさみが現れた。

あっという間にはさみに光が集中し、湖岸に二発の光弾が放たれる。


ドドォーン!


二つの爆発音が響き、カーシー達がまとめて吹き飛ばされた。


だが俺ははさみを見てある考えが閃く。

あれを一つだけでも持ち帰れば証拠になるのではないか?

はさみを持つ楔形の空飛ぶ化け物が存在したという証拠に…。

だがどうやって?


「ウワァアア!!」


ロドニーが情けない悲鳴を上げ、頭を抱えた。

あ、それはマズイ、最高にマズイ。


楔型の物体の頭がこちらへ向いた。

はさみの間に光が集中し、今にも放たれそうだ。


「くそ、ウインディ行くぞ!」

『ハハッ、面白くなりそうだな!』


空を飛んで爆発する光弾を放つ相手だ。俺はともかく二人が逃げ切れるとは思えない。

倒せるかどうかじゃない。やるしかない。


俺はティムとロドニーを巻き込むまいと湖岸に飛び出し、全力で右に走った。


予想通り光弾は俺を狙い放たれた。

爆発は俺のすぐ後ろだったが衝撃はほとんど無い。

だが視界の左上の赤いゲージが5分の1ほど削れた。


後ろを振り返るとティムとロドニーが驚いた顔で俺を見ている。

どうやら無事なようだ。


俺はそのまま湖へ突っ込み、水の上数センチを風を蹴って走る。

一歩踏み出す度に湖面に水柱が立つ。

視界左上の青いゲージが減り始めた。


楔形の化け物は湖の上だ。

接近しなくては話しにならない。


俺の予想が正しければ表面はおそらく全て金属製だろうから、矢やボウガンが効くとは思えない。


再び光弾が放たれる。

俺はジャンプしてかわす。


光弾は湖に着弾し派手に水柱を上げた。


やがてはさみの真下に到着する。

楔型の化け物は空中10メートルほどに浮いており、そこからはさみが下方向へ出ている。


俺は戦神の武具庫から大斧を取り出すと大きくジャンプし、右のはさみの細い根元を狙って全力で振りぬいた。


「ウオラァア!」


ガッキィイイン!と歪な金属音が響く。

大斧ははさみの根元に食い込んで止まった。


そのまま放置し離脱する。

左のはさみが俺の体を掴もうと迫っていたが、すんでの所でかわす。

大斧を回収しようとしていたら真っ二つだったな。

約5秒後、大斧は俺の武具庫に戻る。


右のはさみはあからさまに動きが鈍くなった。

ぎーぎーと異音がする。


同じ場所にもう一発大斧をブチ込みたい所だが、左のはさみがそうはさせまいと俺を牽制する。

あれさえなんとかなれば…。

そう思った時だった。


『あらあら、湖面が騒がしいと思って底から上がってきてみたら、今日は珍しいお客さんが一杯ねー』


湖面から水が立ち上がり、人の形になった。この声はまさか…。


「水の精霊か?!」

『大当たりー! 賞品はわ・た・し。その甲冑に宿ってあげるわー。風の精霊さん、席を譲って頂戴なー』

『く、この場は止むを得ないか…』


ウインディと入れ替わるように水の精霊が甲冑に宿り、青いゲージが満タンになった。

同時に風の勢いで浮いていた甲冑が水面に着地する。


不安定な湖面が俺の周囲だけ静かになり、地面のように踏み締める事が出来た。

これなら思い切り力を込められそうだ。


『それじゃ、行くわよー』


水の精霊の少し間の抜けた声が響くと、湖から水で出来た巨大な腕が二本立ち上がった。

水の腕は楔形の化け物のはさみを一本ずつ掴むと、湖へ引きずり込まんばかりに力を込める。

はさみは湖面に着きそうだ。


機械を無理やり捻ったような金属じみた悲鳴が響く。


『ほーら、今よー』

「よし、せーのぉー!」


俺は戦神の武具庫からもう一度大斧を取り出すと、大きく振りかぶる。

そして。


「よいしょおおおおお!!!」


バキン!という音と共に、右のはさみの根元に入った亀裂に再び大斧を叩き込む。

ひびがはさみの付け根3分の1ほどまで広がった。


俺は左手で大斧を持ったまま、右手に大槌を取り出す。

意を決すると左手を離し、大槌を両手で持って振りかぶり、武具庫へ戻る前の大斧を大槌でさらに深く叩き込んだ。


カーーーンという甲高い音と共に、はさみの根元がぽっきりと折れた。

そのまま湖に沈んで行く。


もう一本行くかと思った所で、残ったはさみが煙を吹きながらも光弾を乱射する事で無理やり水の腕を引き剥がした。


楔形の物体は猛烈な唸りを上げて高度を上げていく。

やがて湖の北側にそそり立つ崖よりも高く上ると、ほぼ直立した状態となる。

攻撃が来るかと思いきや、耳を劈く爆音と同時に下部から赤い炎が吹き出し、ぐんぐん高度を上げて10秒足らずで見えなくなった。


まるでロケットの打ち上げだ。

やがて湖面が静まると、さっきまでの騒ぎが嘘だったかのように静寂が戻った。


「どうにかなった…」


なんだか気が抜けていまい、俺は湖の上に仰向けに体を投げ出した。

SFか! とやり場の無い突っ込みを入れたくなってしまう。

ここは剣と魔法のファンタジー世界では無かったのか。


俺は満天の星空を眺める。まるで宇宙にいるかのようだ。

太陽を覆い隠す六角形の巨大な人工物に加え、ロケットの如く空に消えた楔形の物体…。


「やっぱあれって、宇宙船だよなぁ…」


俺の呟いた言葉の意味を理解できる者は、おそらくこの世界に何人も居ないだろう。




『あらあら、逃げちゃったわねー』

水の精霊が気の抜けた口調で愚痴る。


「いいんだよ、どのみちあんな化け物倒すのは無理だ」

『まあいいわ、精霊騎士さん。あたしに名前を付けて頂戴な』

「えーと、じゃあディーネで」

『ディーネ…。うふふ、素敵な名前ね! ありがとう』


ディーネが精霊甲冑に宿っている間は水中活動が可能になるらしく、水深10メートルほどの湖底に沈んだ化け物のはさみをアイテムボックスへ回収することができた。


というか入っちゃうんだ。

5メートル近くある金属の塊なんだが…。

まさか容量無限だったりしないよな?


ざばざばと水音を上げながら湖から上がると、ティムとロドニーが駆け寄ってきた。

「タイヨウ! 無事だったんだね!!」

「心配したぞタイヨウ!」

「ああ、なんとかな。土産もあるんだ」


俺は化け物のはさみをアイテムボックスから取り出した。

二人とも唖然としている。

まあ無理も無いか。


「カーシー達は全滅か? もう確認したか?」

俺が尋ねると二人は首を横に振った。

まあ生きているとは思えないが、一応確認しておこう。


『一人だけだがまだ生きているぞ』

人魂状態のウインディがぼそっと呟く。

マジか。悪運の強い奴だ。


爆発の跡に近づくと、カーシー達だったモノがそこかしこに散乱している。

ミンチよりひでぇや。


だが一人だけほぼ無傷で気絶しているだけの奴がいた。

猟師の息子のイーノスだ。


自分以外の5人が死んだ事を聞くと、ぽつぽつとここまで来た経緯を語り始める。

それはおおよそ俺の予想通りのものだった。




カーシーはガキ大将だがリーダーシップもあり、講習会初日に他の村出身の二人を早々に取り込むことに成功する。

最初は6人でパーティーを組む事に決めていたが、カーシーは最終日前日の夜に俺達の話を聞いていたようだ。


ティムとロドニーが大金を持っている事が分かると、一時的に仲間にして搾り取ろうとしたらしい。

だが結果は失敗。

2人があっさり誘いを断り、俺と組んだため計画が変更された。


翌日、俺たちがサンド湖へ行くことを決めると、自らも同じ依頼を受けて出発。

準備が終わった時点で手持ちの金はほぼ底を付いたそうだ。


道すがら兄弟が貴族で大金を持っている事を明かし、依頼が失敗したら少し貸して貰おうと言い出したらしい。

もっとも今日の昼には「奴等が持ってる金は税として俺達平民から不当に巻き上げた物だから、嫌だと言ったら説得してでも返して貰わないとな」と斜め上の変化を遂げていたそうだ。


その「説得」の際にはイーノス特製の毒矢が使われる予定だったらしい。怖いね、猟師の知恵!


カーシーは命だけは助けると言っていたらしいが、実際は理由を付けて殺すつもりだったのだろう。

生かしておくメリットが何も無いし、報復の危険だってある。

俺の考えを話すとイーノスは頭を抱えて蹲った。


「最初は何かあっても動かないって話だったんだ。でもカーシーがちょっとだけ見てみようって。それで皆湖岸へ出ちゃって…。俺はなんかすごくヤバイ予感がしたから止めようって言ったんだ! でも誰も聞いてくれなくて。嗚呼、畜生!」

「落ち付けよイーノス、お前のせいじゃない」

「…カーシーに誘われたから親父の反対を振り切って一緒に村を出たけど、俺は冒険者には向いてない。村に帰ったら親父に土下座して猟師として生きるよ」


それだけ言うと黙ってしまう。

俺とティムとロドニーは顔を見合わせ、とりあえず夜明けまで交代で休むことにした。


もうここには用は無い。

持ち帰った「証拠品」をどう判断するかはギルド次第だ。

読んで頂きありがとうございます。

あと2話で第一章終了です。

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