暗雲
最終日の朝、夜明けと共に朝食を取り行動を開始する。
昨日と同じく一人5匹のノルマをこなし、日が沈む前にギルドへ帰ってきた。
皆それぞれ殺しに慣れるか、折り合いを付けたようだ。
俺はというと某アニメの如く「俺のために死ね!」と唱えながら乗り切る事を覚えた。
不思議と血の臭いもそこまで気にならない。これも大精霊の加護なのだろうか。
ギルドマスターは練兵場で総括を始める。
「まず一人も脱落せず講習を終えられて嬉しく思う。皆よくやった。だがこれからが冒険者としての本番だ。走り込みと素振りは毎日続けろ。そして分からない事や困った事があったらギルドを頼れ。冒険者ギルドはお前らの味方だ。なお2日で倒した魔物の討伐報酬として、一人につき大銀貨3枚を渡す。大事に使え。最後に講習中の成績を鑑み、カーシー、ティム、タイヨウの3名を5級と認定する。以上、解散だ!」
7日に渡る講習が終わり、皆緊張の糸が切れたのか大きなため息を吐く。
3枚の大銀貨と、初日に預けた冒険者カードが返却される。
登録時に6だった数字が5になっていた。
5級と6級ではそこまで大きな差は無いそうだが、この世界に来て心の底から嬉しいと思ったのは初めてだった。
ああ、ちょっと鼻の奥がツンとする。
目の前がじんわり霞む。
これは心の汗だ。断じて涙では無い。
男は簡単に涙を見せるべきではない。
ロドニーは普通に泣いていた。
軟弱者め。
近くの店で全員揃ってささやかな打ち上げを行い、再会を願って別れる。
農村組の6人はサンディオを拠点にパーティーを組むことに決めたようだ。
リーダーのカーシーはティムとロドニーにも声を掛けたが、ティムはやんわりと断った。
そのティムとロドニーは俺の元にやってきてパーティーへと誘う。
カーシーはその場を離れず、その様子をじっと見ていた。
「タイヨウ、僕らと組まない? 兄さんとタイヨウが前衛で、僕が後ろから弓で援護すればきっと良いパーティーになるよ!」
「ええと、実はあと20日ちょいで白金貨1枚以上稼がないといけないんだ。それまでなら良いけど」
「ホントに?! じゃあ決まりだね!」
ロドニーはその場で飛び上がらんばかりに喜んだ。
「タイヨウ、俺達も金を稼ぐつもりだがなんで白金貨1枚なんだ?」
ティムが当然の疑問を呈する。
「講習会の前に商館で見た奴隷を買いたくてね。そいつの値段が白金貨1枚なんだ。今はキープして貰ってる」
それを聞いた二人の反応は微妙だった。
「えー、これから長旅に出るのに連れてく余裕あるの?」
「うむ、戦闘奴隷なら分かるが…」
俺が路銀を稼ぎつつ世界樹へ向かうことは打ち上げで話したため皆知っている。
共に地獄の講習会を乗り切った仲間だが、異世界人である俺と奴隷を持つロマンを共有する事は叶わないか…。
「いいんだよ、気に入ったんだから!」
マリカが精霊の巫女である事は奴隷商人でさえ知らない。あえて明かす必要は無いだろう。
翌日。ティム、ロドニー、俺の3人で冒険者ギルドへ来ている。
5級で受けられる依頼を探すが、その中で気になるものがあった。
徒歩で3日の位置にあるサンド湖で、新月の翌朝に湖の水位が下がるという怪現象の調査だ。
発生が確認されたのは5年前で、最初は特に問題視されていなかった。
だがここ半年は水位の下がり方が半端ではなく、このペースで行くと数年で枯渇してしまうほどらしい。
夜中に轟音や火の玉を見たという証言があり、何らかの異変が起きていることは間違い無かった。
だがそれなりの額で依頼が出されるも、未だ原因を突き止めたパーティーは無し。
3級のパーティーでもお手上げだったため皆敬遠しているらしい。
原因を突き止めれば一人頭白金貨1枚の勘定だし、駄目でも水の精霊を仲間に出来る可能性が高い。
上手くいけば一石二鳥の依頼だった。
おあつらえ向きに次の新月は4日後。
俺は二人に声を掛ける。
「ティム、ロドニー、これにしようぜ」
「えー、どれどれ? あ、良いじゃん。一人頭白金貨1枚も貰える!」
「ふむ、サンド湖で起きている怪現象の原因調査か。時間がかかるわりに空振りなら丸損だが、いいのか?」
報酬は良いが成功報酬だ。
駄目だった時は帰り道で素材が高く売れる魔物を狩りまくって補填するとしよう。
「それでも俺ら5級で受けられる依頼の中じゃ破格だ。失敗だったとしても二人とも財布に余裕はあるだろ?」
結局特に反対も無く受ける事が決まった。
街道から森の中を分け入って進むことになるが、全員がアイテムボックスか魔法袋を持っているためペースは早いだろう。
その日のうちに準備を済ませ、翌日の朝サンディオを出発した。
森に分け入って2日目の夜。
予定通りサンド湖まで1日の位置まで迫った。
途中幾度かゴブリンや森狼が出たものの、誰も負傷せずここまで来ている。
槍を持った俺とバスタードソードを使うティムを、ロドニーが後方から弓で援護する戦法が嵌っていた。
最初の火の番は俺で、ウインディと小声で今日の事を話している。
『そういえば昨日から後をつけられているみたいだぞ』
「え? 誰に?」
『お前ら以外の講習会の参加者だ』
ウインディが言うにはずっと付かず離れずの位置をキープしているらしい。
一体何のために? と思ったが、思い当たることがあった。
カーシー達6人は講習会2日目から農村組で固まっていたが、打ち上げの後で何故かティムとロドニーを誘った。
講習中はほとんど話をして来なかった筈なのに何故急に組もうとしたのか?
原因として考えられるのは二つのパーティーの経済状態だ。
農村組は解散時に渡された大銀貨を初めて見る物かのようにいじくり回していた。
彼らはそれ以上の金を持った事さえ無かったのだろう。
一方で兄弟は明らかに金を持っており、最終日前日の夜に俺の前で具体的な所持金を明かした。
全員寝息を立てていたはずだが、誰か起きて聞いていた者がいたとすれば…。
俺達9人は同期であり、講習会終了後にパーティーを組む事が推奨されている。
パーティーに誘う事自体は不自然ではない。
問題はいつまで一緒に行動するかだ。
パーティーを長く続けるには、信頼関係を前提として同程度の実力と金銭感覚を持つ事が重要だとされている。
だが実力はともかく、金銭感覚という点で農村組と貴族の兄弟ではまず合う訳が無い。
それでもなお誘ったのは…。
嗚呼、俺の予想がどうか間違いであって欲しい。
だが思い出してしまう。
打ち上げが終わった後自らの誘いを断り、俺を勧誘する兄弟の様子を見ていたカーシーがどんな顔をしていたのかを。
一本目のろうそくの火が燃え尽き、俺の番が終わる。
俺はティムを起こすと抱いていた懸念を打ち明けた。
「…後をつけられているだと?」
「ああ、おそらくカーシー達だ」
「もしかして同じ依頼を受けたのか?」
残念だが違う。
俺が思い当たる事は一つしかない。
「用があるのは湖じゃなく俺達だろうな」
「なっ…! まさか俺達を襲う気なのか?! 目的は…金か?」
「金というか全部だろうな」
俺はゆっくりとティムに考えを伝える。
「最終日前日の夜に所持金を明かした時、誰かに聞かれていたのかもしれない。そして打ち上げの後お前らカーシーの誘いを断っただろ。あの後あいつがどんな目でお前達2人を見ていたのか思い出したよ。獲物を狙う狩人と題名を付けて、額縁に入れて飾っておけるくらいだったぜ」
ティムは今度こそ言葉を失った。
「ティム、受け入れてくれ。あいつらは十中八九俺たちの命を狙っている」
「な、なあ。ただの勘違いってことはないのか? たまたま進む方向が一緒だったとか」
俺はティムの希望を冷静に否定する。
「だったら一緒に行かない理由が無い。一人あたりの報酬は目減りするけど命には代えられないしな。こちらに気付かれないよう付かず離れずの位置をキープしてるのが後ろめたい事をしようとしてる証拠だろ」
「くそ、やるしかないのか。一緒に地獄の講習会を乗り切った仲なのに…」
「まあ、そういうことならやるしかないよね!」
ロドニーががばっと体を起こす。
「ロ、ロドニー、起きてたのか」
「兄さんの声が五月蝿かったからね」
ティムが大柄な体を縮ませた。一方のロドニーは兄を諭すように語り掛ける。
「兄さん、僕らこんな所で死んでる場合じゃないよ。それに家を出る時何があっても僕を守るって言ってくれたじゃないか」
「ああ、ああそうだな…。何があってもお前を守る。…例えカーシー達を殺す事になったとしてもな」
覚悟は決まったようだ。
「話はまとまったな。じゃあ俺寝るから。ティム火の番よろしく」
「ああ、任せとけ」
カーシー達がこちらの倍の人数いたとしても、夜襲をかけるとは思えない。
俺達が依頼を達成できるか見極め、成果を横取りしたうえで殺そうとするだろう。
つまり今夜は安全だ。
明日の夜は眠れるかわからない。
今のうちに体力を温存しておくとしよう。
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