精霊の巫女
少し長いです。
ようやくメインヒロイン登場です。
翌朝、遠くから響く鐘の音で目が覚めた。
鎧戸を開けると日が高いので9時の鐘だろう。
こちらに来て初めて質の良いベッドで寝たからか、少し寝坊したらしい。
どの町でも朝の6時から夕方の6時まで、3時間おきに鐘が鳴らされる。
6時の鐘は完全に聞き逃していたようだ。
階段下のカウンターではレジーナさんがお茶を飲んでいる。
朝の忙しい時間帯は越えたようだ。
「あら、お寝坊さんねボーヤ。朝食にする?」
「おはようございます、レジーナさん。お願いします」
閑散とした食堂の席に着くとすぐ朝食が出てきた。
黒いパンとふかした芋と豆のスープに林檎が一つ。
大銅貨2枚だとこんなものか。
パンは固かったのでスープに入れて食べる。
昨日の夕食にも出たふかし芋は塩を付けただけだが十分美味かった。林檎は酸っぱい。
「レジーナさん、ご馳走様でした。チェックアウトします」
「はい、いってらっしゃい。またどうぞボーヤ」
だからボーヤって歳じゃないんだけど。
…さて、日はもう高い。
とりあえず冒険者ギルドで登録を済ませるとしよう。
緑花亭を出て10分ほど。
昨日別れる前にマシューさんから聞いていたこともあり、冒険者ギルドの場所はすぐ分かった。
町を東西南北に貫く二つの大通りの交錯点。
つまり町の中央広場に面している。
場合によっては多くの冒険者が一箇所に集まる必要があるため、必然的にどの町でも同じような立地になるらしい。
ドアは開けっ放しになっているが、人の出入りはあまり無い。
こちらも朝のピークタイムを超えたあたりのようだ。
中に入った瞬間中堅冒険者に絡まれる展開を予想したが、特に何も無かった。
うーん、何も無い事は良い事なんだが、ちょっと物足りなくもある。
カウンターは5つあり、受付担当がいるのは3つ。
うち2つは冒険者らしき人が話をしており、俺は唯一空いている窓口へ歩み寄る。
座っているのは顔に大きな傷のあるガタイの良い中年男性だ。
「すいません」
「冒険者ギルドへようこそ。ご用件は?」
「冒険者登録と、明日の初心者講習会への参加申し込みをしたいんですが」
「じゃあこの用紙に記入してくれ。書ける所だけでいい。それとも代筆が必要か?」
「いえ、大丈夫です」
この世界の文字は地球では見た事が無い物だったが、何故か意味は理解出来た。
書くのも問題無いようだ。
不思議な感覚だったが、そういうものだと思っておこう。
少しだけ大精霊に感謝した。
会ったら多分殴るけどな。
名前、タイヨウ・フジヤマ。
年齢、20歳でいいか。
性別、男性。
出身、空欄でいいや。
得意な武器、とくになし。
得意な魔法、とくになし。
得意な戦法、とくになし。
パーティーでの希望ポジション、前衛かな。
これで全部だ。
「書けました」
「あいよ。…うん、うん。…はい結構。それじゃこの水晶玉に触れながら血を一滴このカードに垂らしてくれ」
差し出されたナイフで右手親指の腹を切り、言われた通り血を垂らすと金属製のカードが一瞬光った。
「最初は6級スタートだ。初心者講習会の結果次第じゃ5級になれるぞ」
渡されたカードには名前と6という数字だけが書かれている。
鉄でも銀でも無いようだが何で出来ているんだろうか。
「講習会は明日から7日間ここへ泊り込みだが構わないか?」
それは聞いていなかった。
まあそれだけ時間が掛かるなら内容には期待できそうだ。
「分かりました。何時ごろ来ればいいですか?」
「9時の鐘までに来てくれ。今回は今の所8名だ。集まり次第始める」
さて、これで今日冒険者ギルドでやるべき事は終わりだ。
生活用品を買うつもりだが、フェリックスさんの店でいいか。
冒険者ギルドを出て中央広場から歩くこと10分。
町の南寄りにあるこじんまりとした雑貨屋がフェリックスさんの店舗兼住宅だった。
「すいませーん」
「よおタイヨウさん、いらっしゃい。緑花亭はどうだった?」
「部屋は綺麗だしベッドも良かったです。気持ち良くて寝坊しちゃいましたよ」
「アッハッハ、そうだろう。あそこはアードルフが作る飯も良いんだ。今日の宿が決まってないならまた緑花亭にしておきな」
「ええ、そのつもりです」
フェリックスさんの店ではとりあえず衣類上下2セットと下着5セット、手拭数本、洗濯用のたらい、その他細々とした身の回りの物だけを買う事にした。
全部で大銀貨2枚、2万円相当だ。衣類が結構高い。
冒険者向けの道具は講習会が終わってからで良いだろう。
「冒険者登録は終わったんだな。初心者講習頑張れよ。結構キツイらしいぞ」
「覚悟しておきますよ。それじゃ俺はこれで」
「おう、またどうぞ!」
これで今日やるべき事は終わりだ。
とりあえず中央広場へ引き返そうと歩き始めた所で鐘の音が響いた。
12時だが朝食を取るのが遅かったので腹は減っていない。
しばらくそのへんをぶらぶらして、適当に買い食いでもするとしよう。
串焼き肉や甘い物を食べ歩きをしていると、ある看板に目を奪われた。
奴隷商館だ。
フェリックスさんによると値段は技能や年齢次第でピンキリだそうで、
安ければ金貨8枚ほどで買えるらしい。
戦闘力の高い奴隷は商人や貴族の護衛として常に需要があり、値段が跳ね上がる。
凡人の限界と言われる3級冒険者であっても、オークションでは畑付きの豪邸と同じ値段で取引されるのだという。
今の俺のように性的な事のみを目的として買う人はほとんどおらず、貴族が趣味で囲う程度らしい。
娼館に通った方が管理の手間も掛からず、
その時の気分で色んなタイプの女性を好きに選べるからだそうだ。
言われてみればそうかもしれない。
だが待って欲しい。
性奴隷という言葉が持つロマンを手に入れるのだと思えば、金貨の10枚くらいはどうということは無いのではないだろうか?
異世界に来たからには異世界でしか不可能な体験をしたいし、異世界でしか手に入らない物を手に入れたいじゃないか!
というわけで俺は奴隷商館へ歩を進める。
『なんだお前、奴隷が欲しいのか? そんな金無いだろ』
ウインディの突っ込みが入るが、俺は止まらない。
「見るだけ。見るだけだから」
中へ入るとすぐ身なりの良い中年男性が話しかけて来た。
「いらっしゃいませ、奴隷をお求めですか?」
「ええと、買えるだけのお金は持って無いんです。見るだけでもいいですか?」
「どうぞどうぞ! 奴隷商館のご利用は初めてですか?」
「ええ、初めてです」
「ではこちらへどうぞ」
あっさり個室の一つへ通された。
10畳ほどの部屋にテーブルを挟んで二人掛けのソファが左右対面で並んでおり、俺は左側のソファを勧められる。
「奴隷商人のダッド・アーウィンと申します。以後お見知りおきを」
「タイヨウ・フジヤマ。冒険者です」
登録半日の最低ランクだがな!
「奴隷商館のご利用は初めてとの事でしたので、少し説明をさせて頂きます。奴隷は大きく戦闘、技能、労働と区分けされており、ウチでは全て扱っております。今居る奴隷は安い者なら金貨9枚の労働奴隷から、高い者は白金貨8枚の戦闘奴隷までとまちまちです。ただし購入後どのような用途に使用するかは自由です。購入後は年に一回購入額の5パーセントにあたる奴隷税を払う必要があります。主人の死後解放するか商館へ戻すかを契約時に決定しますが、犯罪を犯して奴隷になった者は解放条件に制限が付きますのでご注意下さい。解放が可能になる期間ですが、最初の奴隷税を納める1年後までは解放できません。衣食住は主人が保障する義務があり、年に一度の徴税の際に著しく損なわれていると確認された場合罰則があります。奴隷紋がありますので原則主人の言う事に服従しますが、あまり行動を縛ると抜け殻のようになってしまいますのでほどほどに。性行為は仕事の範疇に含まれます」
一番重要なのは最後だな。
買う事が前提なら商人が見繕ってこの部屋に数人ずつ呼ぶそうだが、俺は全員を見るため奴隷の宿舎へ直接見に行く。
男女で分けられた大部屋が一つずつあるが、見るのは女性部屋だけだ。
ダッドさんがこれから客が入る事を告げるとがたがたと音がした。
中に入ると全員が立ってこちらを見ている。
ほぼ全員普通の人間だが数人エルフや獣人がいるようだ。
『おいおい、このエルフ精霊の巫女だぞ。なんで奴隷になってるんだ』
突然ウインディが声を上げるが、俺以外には聞こえていないので反応するわけにはいかない。
だがエルフの少女はウインディの声に反応した。
「え、あなた精霊を連れて…」
「こら!ここに来たお客様に話しかけるのは禁止だと言ったろ!」
ダッドさんは怒声を上げると左手を突き出し、同時にエルフの少女が苦しそうに膝を付いた。
奴隷紋による罰則か。
「ダッドさん、罰を与え終わったらその子と話せますか」
「…ええ、結構ですよ。彼女だけで良いですか?」
「はい、お願いします」
一旦元の個室へ戻ると、ダッドさんはエルフの少女を連れてくると言い残し席を外した。
「ウインディ、精霊の巫女ってなんだ?」
『自分の体に精霊を宿す事が出来る才能を持った者さ。基本的に魔力の多いエルフからしか生まれない。精霊が宿る事が出来るのは相性の良い無機物や自我が薄い生物だけだが、精霊の巫女は人の身に精霊を降ろして力を行使出来る。普通は集落を挙げて大事に育てられる筈だ』
つまりワケ有りってことか。
ダッドさんがエルフの少女を連れて部屋に入ってきた。
身長は150センチくらいだろうか。
他の奴隷が痩せ型なのに比べると肉付きは良い方だ。
髪はくすんだブロンドで肩まであり、やや尖った耳がぴょこんと飛び出している。
ぱっちりとした赤い瞳はかなり幼く見えた。
「タイヨウさん、この子は労働奴隷のマリカです。年齢は15歳。ご覧の通りエルフです。10日前に街道上で動けなくなっていた所を保護され、本人の希望で奴隷になりました。文字の読み書きはできますが、数字の計算と戦闘はできません。お値段は白金貨1枚です」
この商館での奴隷の底値が金貨9枚だから、彼女の価値は下から2番目か3番目ということだ。
まあそれでも手持ちの金じゃ全然足りないんだが。
「少しで良いので彼女と二人だけで話せますか?」
「では10分だけ」
ダッドさんは砂時計を二つ取り出すと一つをテーブルの上に置き、一つを手に持って部屋を出た。
「マリカちゃん、俺の名前はタイヨウ・フジヤマだ。こいつは風の精霊のウインディ。彼女の声が聞こえ
るって事でいいのか?」
「うん、聞こえる。マリカでいいよ!」
『それで、どうして精霊の巫女が奴隷になってるんだ?』
保護されるべき存在のはずなのに街道で行き倒れとは。
何か事件に巻き込まれたのだろうか。
「理由はその、話すと結構長くなっちゃうんだけど…」
「10分じゃ足りないか?」
おそらく次会えるのは買うと決めて金を用意できた時だろう。つまり何時になるか分からない。
「神殿に押し込められてつまんないから家出したんだけど、迷子になってお腹空いて動けなくなってた所を助けてもらったんだ」
「ええー…」
『人間はたまに我々に理解できない事をするな…』
俺もウインディも言葉を失う。
「だって酷いんだよ?! お前はおっちょこちょいで外に出ると何をするか分からないから、ずっと一人で神殿にいろって。だから明り取りの窓から抜け出したんだ。…街道を歩けばそのうち町に着くと思ってたんだけど、思ってたより遠くて参ったよ」
この世界の村と村の間は基本的に馬車で2日から5日程度の距離がある。
魔物も出るし、戦闘の心得が無い少女がおいそれと歩ける環境では無い。
運が良かっただけか?それとも精霊の導きでもあったか。
彼女が村でどんな待遇だったか、彼女の証言だけで判断するのは難しい。
少なくとも食うに困っていたわけでは無いようだ。
ただ自分なら御免こうむる。
ろくな娯楽も無いこの世界、ひたすら閉じ込められていては腐ってしまう。
…同情は後だ。今は時間が無い。
「ウインディ、彼女に宿れたとして何が出来るようになる?」
『強力な魔法を連発できるようになるな。それが精霊の巫女の最たる特性だ。それに精霊騎士と精霊の巫女が組むと特別な力を発揮できるから、戦力アップは間違い無い。ただ私がマリカに宿っている間は、当然精霊甲冑は空になってしまうぞ?』
「え、タイヨウさん精霊騎士なんですか?!」
「その話はまた後でね。精霊がもう一人いれば丁度良いのか…」
依り代が二つになっても、精霊が一人では常にどちらかが遊んでいる事になる。
「ウインディ以外の精霊はどうすれば見つかるんだ?」
『同属の精霊は特別な場所でなければ長時間一緒に居られないから、私と同じ風は無理だ。確実に精霊がいる場所としては、火は火山、水は湖、地は深いダンジョンや洞窟の奥だな』
比較的簡単そうなのは湖か。
火山も洞窟の奥もあからさまに危険そうだ。
「精霊騎士様、私を買って! このままだと鉱山か娼館行きになっちゃうんだ…。精霊がいるなら巫女として役に立てるよ」
…とりあえずマリカを買ってから考えるか。
ここで精霊騎士と精霊の巫女が出会ったのも何かの縁だ。
キープって出来るんだろうかと考えていた所で砂時計の砂が落ちきり、ダッドさんが入ってきた。
「タイヨウさん、お時間です。マリカは気に入られましたか?」
「ええ、買いたいと思いますが、最初に伝えたように今は金がありません。キープは出来ますか?」
「可能ですとも!規定で白金貨1枚以下の奴隷は30日間が限度ですがね」
「ではお願いします。じゃあな、マリカ」
「うう、待ってるよー!」
見るだけのつもりが買う約束までしてしまった。
講習会が7日間だから、23日間で白金貨1枚稼ぐ必要がある。
…結構きついかもしれない。
外に出ると3時の鐘が聞こえる。
少し早いがそろそろ宿屋に戻るか。
読んで頂きありがとうございます。