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精霊騎士の相対性異世界ハーレム理論  作者: 神楽坂
第一章 最初の町
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最初の町

結局魔物の襲撃はそれきりで、三日後無事にサンディオに到着する事が出来た。

もっとも俺自身が無事と言える状態かは評価が分かれるだろう。


「ハァ、ハァ、ハァ…、もうダメ…」

『なんとか馬車に遅れず到着したか。まあ及第点だな』


そう、俺はウインディの指示で馬車に乗らず三日間ひたすら甲冑を着て走っていた。

足腰を鍛えるためだとはいうが、本当に効果があるのかコレ…。


騎乗した騎士団の皆さんが笑っていたのは最初だけで、途中からはドン引き。

フェリックスさんは「修行です」と言うと納得してくれた。


実は走っている途中で限界が来れば高濃度の酸素を吸わされているし、

夜寝ている間は甲冑マッサージをしてくれているので肉体疲労はそこまで溜まっていないのだが…。


それでも朝起きて日が沈むまで甲冑を着たままほぼ走りっぱなしというのは精神的に堪える。

サンディオの町を囲む壁が見えた時には、心の汗で前が見えなくなった。


断じて涙では無い。

男は簡単に涙を見せるものではない。


街門でフェリックスさんが通行証を見せ、警備隊の隊長であるマシューさんが俺を指差して衛兵に何か伝える。

俺に関しては特に審査は無く、そのまま入っていいらしい。


「じゃあ行こう。とりあえず飯だ。マシュー、いつもの店でな」

「ああ、報告を済ませたら俺もそっちへ向かう」


フェリックスさんは自分の店へ馬車を停めに行くと言い残し、

俺は町の中央にある広場のベンチで座って待っている。


きょろきょろと周囲を見回しながら待つ。

目に映る何もかもが珍しい。


サンディオには獣人やエルフはほとんど居ないそうで、ほぼ人間のみ。

それでも革や金属製の鎧を着た冒険者や、やけにオリエンタルな服を着た商人など、

日本ではお目にかかれない物は多い。


あ、あの人ネコミミだ。頼めば触らせてくれるかな?


ぼうっと眺めていると、フェリックスさんは20分ほどで戻って来た。

俺は完全におのぼりさん状態でフェリックスさんの後についていく。


日は落ちようとしていたが、案内された店の中は明るかった。

内装もお客も小奇麗で、全身甲冑姿の俺は明らかに浮いている。


フェリックスさんはやってきたウエイターに

「今日のオススメを3人分。話が終わるまで出すのは待ってくれ」と伝えた。

そのまま個室に通される。


「タイヨウさん、いいかげん甲冑を脱いだらどうだ?」

「そうですね」

『そうだな、町の中なら良いだろう』


鬼軍曹の許可も下りたことだし外すとしよう。

俺が脱装と唱えると背面装甲が開き、

一歩後ろへ下がるように脱ぐと甲冑は戦神の武具庫の中へ格納される。


硬くなった肩を叩きながら椅子に腰掛けた。

ウインディはというと、緑色の人魂のような状態で肩に乗っている。

俺以外には見えないらしい。


「魔道甲冑ってのは便利だな。従者がいない下級騎士向けに作られたと聞いたが」

「じゃあ結構あるんですね」

「そうでもないさ。何しろお高いらしいからな。大事にしなよ?」


フェリックスさん曰く、主に騎士が着用する普通の甲冑は、

着装するのに従者数人掛りで5分以上かかるのが普通だそうだ。

それを魔道具化して一瞬で装備できるようにしたのが魔道甲冑である。


だが甲冑としてのコストに加えて、

魔石を動力とした専用の着脱機構が必要となるためどうしてもコストが嵩む。


結果として魔道甲冑を一人で持つより

普通の甲冑と複数名の従者を抱えた方が安く済んでしまう結果となっている。


一瞬で着脱できるというメリットは騎士という立場では生かしにくいらしい。


冒険者にとってみると長時間歩くのに向いているとは言えず、何より高いのがネックだ。

親から受け継いだり、余裕のある盾役がコストを度外視して特化運用するのがせいぜいだという。


話がひと段落するとフェリックスさんは佇まいを正して俺に向き直った。


「食事の前に改めて礼を言わせてくれ。アンタのおかげで命を拾った。

 本当にありがとう。少ないが納めてくれ」

そう言うと金貨を3枚俺の前に差し出した。

の世界の通貨の価値は銅貨が10円、大銅貨が100円、銀貨が千円、大銀貨が1万円、金貨が10万円、白金貨が100万円といった所だ。

金貨3枚は30万円相当ということになる。

フェリックスさんから聞いていた護衛報酬の3倍だ。


「多すぎませんか?」

「タイヨウさんのおかげで馬も馬車も荷物も無事だったし、死んだ護衛に払わず済んだ分もあるからな。それに今は素寒貧なんだろ? 先立つものは必要だ」


まあその通りなんですけどね。

宿に泊まるにも食事をするにも金が要るのは日本と変わり無い。

ここは有難く頂いておこう。


「分かりました」

「それで、この先どうするんだ?」

「ちょっと考え中です。少し落ち着いて考えたり確認したい事があるので」

そこでノックの音が響き、フェリックスさんが返事をするとマシューさんが入ってきた。


「早かったな、マシュー」

「とりあえず報告は終わった。あとは明日で構わない」

「ならとりあえず食おうか」


フェリックスさんが鈴を鳴らすとウエイターが料理を運んで来た。


野菜サラダ、白いパン、ふかした芋、豆のスープ、何かのステーキ、ミートパイ。飲み物は赤ワインだ。

全体的に味はやや単調だが、スープは香草由来の野性味溢れる苦味が効いてこれはこれでイケる。

驚いた事にステーキは牛肉のようだ。

赤ワインは思ったより渋みが少なく美味い。

馬車では黒くて固いパンに干し肉と乾燥豆の塩スープがメインだったので、どれも美味く感じる。


皿が粗方空になるとマシューさんが話しかけて来た。


「タイヨウ君、これからどうする気なんだ?」

「さっきフェリックスさんにも聞かれたんですけど、数日かけて考えたり確認したい事があるんです」

「というと?」

「爺さんの遺言で世界樹を目指そうと思っています。

 長旅になりそうなので、そのための情報収集ですね」


爺さんもとい大精霊の言う事が正しいなら、とりあえず世界樹を目指すべきだ。

文句を言おうにも会えるあては他に無い。


「なら冒険者ギルドに行った方がいいな。今月の初心者向け講習会が明後日からあるはずだ。きっと役に立つぞ」

「世界樹までは南に2ヶ月ってとこだな。講習会が終わって南へ行く隊商の護衛の仕事がしたいなら言ってくれ。商人仲間に伝手があるぜ」


正直今の自分の状況はいきなりデスゲームに放り込まれた素人だ。

戦闘では精霊甲冑とウインディがいれば何とかなるとは思うが、旅を快適に進める知識もこの世界の情報も全く足りていない。


知識や情報は金よりもはるかに貴重だ。得られる機会を逃す手は無い。

講習会には忘れず参加しよう。




食後しばらく話をして店を出ると日は完全に沈んでいたが、あちこちに街灯が灯っている。


魔石灯は清水瓶と並んでメジャーな魔道具で、冒険者の必需品でもあるそうだ。

魔物を狩る事で得られる魔石と、それを利用した魔道具の数々が人の暮らしを支えている。


サンディオはほぼ人間しか居ないらしいが、

南に行くほどエルフや獣人に会う可能性は増えていくそうだ。

話をするごとに改めてここが異世界であることを思い知らされる。


「タイヨウさん、宿屋に案内しよう。知り合いがやってるとこで安い割りに綺麗なんだ。飯も美味いぜ」

「お願いします」

「じゃあな、フェリックス、タイヨウ君」

「マシューさん、おやすみなさい」


人通りは多くないが、そこかしこの店から明かりが漏れ、時折大きな笑い声が聞こえる。

太陽が陰ろうが魔物が活発になろうが酒を飲まない理由にはならないか。

いや、暗い話題が多いからこそ飲んで笑ってそれらを吹き飛ばしたいのだろう。


ほどなくして宿屋らしき場所に着く。

看板の文字は暗くて読めないが花の紋様が描かれている。


中に入ると左手のレストランの席はほぼ埋まっており、給仕の女性達が忙しそうに皿を運んでいた。

右手の階段前のカウンターには赤髪を三つ編みにした恰幅の良い女将さんがおり、

フェリックスさんは迷わずそちらへ向かった。


「緑花亭へようこそ、フェリックスさん。食事?それともアードルフを呼ぶ?」

「やあレジーナ。あいつも今はキッチンで忙しいだろ。今日はベッドだ。といっても俺じゃないんだが」

「あら、そちらのボーヤは?」


若返ったけどボーヤって歳じゃないと思うんですけど。


「俺の知り合いのタイヨウだ」

「タイヨウ・フジヤマと言います。一人部屋は空いてますか?」

「ええ、空いてますとも。一晩銀貨3枚。朝食付きならプラス大銅貨2枚。夕食付ならプラス大銅貨4枚。お湯と手拭は大銅貨1枚よ」

「じゃあ一晩朝食付きで。お湯と手拭もお願いします」

「銀貨3枚と大銅貨3枚だな。ここは奢らせてくれ」


口を挟む間も無くフェリックスさんは会計を済ませてしまった。


「すいません、何から何まで」

「いいってことよ。じゃ、後はごゆっくり。後日装備を整えるんだったら俺の店に寄ってくれ」


店の場所のメモを受け取るとフェリックスさんは帰っていった。


「じゃあタイヨウさん、205号室ね。階段を上がって右手の奥よ。これが部屋の鍵。

 お湯と手拭はすぐ欲しいかしら?」

「はい」

「じゃあ先に部屋に行っててね。すぐ届けさせるわ」


頑丈な木の階段を上ると右と左に通路があり、俺は言われたとおり右手奥へ向かう。


部屋はすぐ見つかった。

厚みのある木のドアに丈夫そうな青銅製の錠が付いており、鍵を差し入れて回すとかちゃんと小気味良い金属音が響いた。


ドアを開けて手探りで魔石灯を点ける。

一人部屋だけあって中は狭く四畳半ほどしかないが、部屋は清潔でほのかに草か何かの良い匂いがする。

家具と呼べるのはベッド、小さなテーブル、椅子が一脚、コート掛けくらいか。

明り取りの鎧戸は今は閉じている。


ベッドに身を投げ出すとどっと疲れが襲ってきた。

このまま眠ってしまいたいが、しばらくしてドアがノックされた。


「お湯をお持ちしました」

「ああ、ありがとう」


正直起き上がるのも億劫だが、ドアを開けて下働きの青年からお湯と手拭を受け取る。

「使い終わったら廊下に出しておいて下さい。朝になったら回収しますので」

それだけ言うとそそくさと立ち去った。


下からはまだ賑やかな酔客の声が聞こえる。

まだ仕事があるようだ。


俺は鍵を掛け、服を脱ぐと手拭を絞って体を拭く。

この世界に来て約1週間。清水瓶の水で何度か体を拭ったが、風呂には一度も入っていない。


王都や大きな町には公衆浴場があるそうだが、サンディオでは建設計画が持ち上がっては消えてを繰り返しているらしい。

公衆浴場が無い町で風呂に入ろうとすると、高級宿で宿泊費と同額程度の入浴料を払わなくてはならないそうで、庶民はもっぱら川や井戸で水浴びをするか体を拭う程度だという。


火山帯には温泉が沸くそうだが、魔物が多い地域のためおいそれと入れるものでは無いらしい。

日本人にとっては辛いところだ。


体を拭い終わり、服を着てベッドに入る。

明日は冒険者登録をして、初心者講習会への参加申し込みをして、生活用品を揃えよう。


『講習会とやらに出るならしばらく精霊甲冑の出番は無しか。つまらんな』

「戦闘訓練くらいあるだろうから、全く無いってことは無いだろ」


ウインディは不機嫌そうだ。

目を閉じるとすぐ眠気が訪れた。

読んで頂きありがとうございます。

次話でようやくメインヒロイン登場です。

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