初戦闘
1時間ほど待つと一台の馬車が通りかかった。
俺は事情を説明し、護衛として雇ってくれないか交渉する。
「いいだろう。3ヶ月ほど前に太陽が陰り始めてから魔物の動きが活発化してるって噂はあったんだが、実際ここまでに4人居た護衛が2人やられてね。ちょっと不安だったんだ」
幸い行商人のフェリックス氏は俺の提案を受け入れてくれた。
ボロとはいえ甲冑のハッタリが効いたか?
とにかく町へ行く算段は付いた。
この先にあるというサンディオの町に着いたらまず金稼ぎと戦闘能力の確認だな。
冒険者ギルドはあるよな? ファンタジーだし。
中堅冒険者に絡まれたりするんだろうか。
…道中の危険を考えず俺は既にサンディオに着いた後の事を考え始めていた。
その考えがスイートロールの如く甘かったと気が付くのはそれからすぐの事である。
木と木の間隔がやや狭くなったきた森の中を2頭曳きの馬車が進む。
ぼちぼちサンディオに駐留している騎士団の哨戒範囲に入るそうで、騎乗した2人の護衛も肩の荷が下りたという顔をしている。
俺は馬車の中で時間を持て余し、御者を務めるフェリックスさんを質問攻めにしていた。
「やっぱいるんですね、エルフも奴隷も」
「エルフはここいらじゃ数が少ないし、奴隷も安い買い物じゃないけどな」
異世界に来たからには異世界でしか出来ない事をしたい。
特殊なサービスを要求できる奴隷を持つのは日本では考えられないロマンだ。
「しかしその年で何も知らないとは、本当に山の中で育ったんだな」
「ええ、爺さんが死んで形見の甲冑一つ着て飛び出して来たんです。
町まで何日かかるかは知りませんでした」
「なら最初に会ったのが俺でラッキーだったな。アハハハハハ」
俺と甲冑の出自については適当な嘘をでっちあげておいた。
特に問題無いだろう。
フェリックスさんはサンディオで店を構えているが、
年に3回、丸1ヶ月かけて周辺の村を周って行商をするのだという。
今は帰りで、荷を降ろしたら数日家族とゆっくり過ごすらしい。
今年3歳になる娘に顔を忘れられないようにしないとなと笑った。
しばらく雑談をしていると前方で馬を走らせる護衛が笛を長く吹いた。
直後に馬車の後ろにいた護衛も同じく笛を吹く。
すぐに馬の嘶きと怒号が響いた。
フェリックスさんの表情は固い。
「フェリックスさん、今の笛は?」
「魔物が出たようだ、しかも前後同時に」
「ぅえ?!」
「まあこのへんの魔物なら2人に任せて問題無い。そのために高い金を…」
あ、マズイ。
そういう台詞は…。
「ウワァ!!」
「た、助けてくれぇえええ!! あああ!」
相次いで悲鳴が響き、すぐ静かになった。
ちょっとフラグ回収早すぎじゃないですかね!
「悲鳴が二つ聞こえましたけど…」
「…俺は馬車を走らせるのに集中する。タイヨウさんは魔物を追い払ってくれ!」
「あーもー!」
フェリックスさんは2頭の馬に鞭を入れ、馬車は全速で走り始めた。
この世界の馬は元の世界のそれとは似て非なるもので、その気になれば荷を曳きながらマラソンランナー並みのスピードを出せる。
護衛の生死を確認する余裕は無いか。
フェリックスさんにはそれなりにやれると言ったものの、
実際に武器を持って戦う心構えは出来ていない。
だが状況がそれを許さなかった。ぶっつけ本番だがやるしかない。
とりあえず馬車から外を攻撃するから槍がいいか。
「来るぞ!」
フェリックスさんの怒鳴り声と共に、木々の間から2匹の魔物が現れた。
左から青い馬、右から緑に発光する大鹿。
馬と鹿とは馬鹿にされた気分だ。
馬車を曳く2頭の馬を狙う2匹のモンスターを、御者台から槍で追い払う。
が、戦闘能力のある俺を先に潰そうと決めたのか、大鹿が俺を血の着いた角で突こうとする。
あ、マズイ。
角に槍の穂先を絡めとられ、俺は御者台からあっさり転げ落ちた。
どすんと背中から落ちる。
視界の左上で赤いゲージが5分の1ほど消滅したが、痛みも衝撃もほとんど感じない。
だが体は動かない。
角を振るったあの瞬間、大鹿は俺を殺そうと目を血走らせていた。
目が合ってしまったのだ。
怖い。
がたがたと体と手が震える。戦う事なんてできそうにない。
呆然とする俺にウインディの怒声が飛ぶ。
『おい、何してる!…全く情けない奴だ。ほら、立て!』
体が強制的に立たされ、全身の筋肉が悲鳴を上げる。
青いゲージが減少を始めた。
『さあ走れ!』
意図しない速度の走行に体勢が付いていかずつんのめりそうだ。
しかし鎧に無理やり体を捻られる事で持ち直し、倒れることは無い。
あっという間に馬車に追いつく。
ぶちぶちと足から聞いた事の無い音がした。
『跳べ!』
ドンっ、という音と共に更なる加速感。
地面すれすれを飛んでいた。
目の前には無防備な大鹿の右脇腹が迫る。
『今だ、やれ!』
いつの間にか両手に短剣が一本ずつ握られ、左の短剣があっさりと大鹿の脇腹を裂いた。
すかさず右の短剣で首を落とされ、緑の大鹿は悲鳴を上げる間も無く絶命した。
青ざめた馬はそれを見て森へ離脱していく。
御者台に降り立ち、助かったと思うと同時に青いゲージが底を尽き、俺は後ろ向きに倒れ意識を失った。
「…っうあぁ!」
全身の痛みで目が覚めた。
走る馬車の中で寝かされていたようだ。
視界左上の赤のゲージは満タンだが、青のゲージは2割も無い。
「タイヨウさん!目が覚めたか」
「ああ、フェリックスさん、あの後どうなったんですか」
「青い馬は逃げた。護衛は全滅だ。鹿の血の匂いで他の魔物が寄ってくると思ってすぐ出発したんだが、少し前に知り合いが率いてる哨戒部隊と合流出来た。話を付けて今は一緒にサンディオに向かってる」
どうやらひとまず安全な状況らしい。
2人の護衛は残念だが仕方無い。短い付き合いだった。合掌。
それにしても全身がひどい筋肉痛だ。
特に足は動かすのも辛い。
ウインディが甲冑の機能で無理やり俺の筋肉を動かしたのだろう。
「ウインディ、やるならやるでもっと優しくしてくれ。初めてだったのに」
『腰砕けだったくせによく言う。それに痛いのは最初だけだ。そのうち慣れる』
戦いの話ですよね? 俺が男であなたが女ですよね?
「タイヨウさん、気を失っていたが大丈夫か?」
「ええ、安心して気が抜けたみたいです。すいません」
魔力残量と思われる青いゲージが尽きると一時的に気を失うようだ。
戦闘中は常に気を配っていないといけないな。
敵の目の前で気を失ったらその時点で終わりだ。
「あと少しで日が沈む。それまでもう少し距離を稼ぐぞ」
フェリックスさんはそう言うと馬の操作に集中し始めた。
『おい、タイヨウ』
「ああ、ウインディ。どうした?」
『短剣を取り出す時お前の戦神の武具庫を覗いたが、
どれもなかなかの業物じゃないか。使うのが楽しみだ』
「ちょっと待って、戦神の武具庫って?」
『お前が持ってる武器と防具が入っている特殊アイテムボックスだ』
俺自身はアイテムボックス内の武器と防具の項目という認識しか無い。
実際服や無限に水が沸く水筒(清水瓶と言うらしい)が入っている場所とタブで分別されているだけだ。
「普通のアイテムボックスとどう違うんだ?」
『戦神の武具庫から取り出した武器と防具は、お前が手を離してしばらくすると武具庫の中に勝手に戻る。他人が奪うことはできんが、貸したり譲ったりすることもできん』
「え、じゃあ武具庫の中の物を売ったりは?」
『無理だ』
「マジかよ…」
『授けた武具を他人に奪われないよう大精霊様が気を使ったのだろう。使命を帯びた精霊騎士が追い剥ぎにあって途方に暮れていては困るからな』
最悪不要な武器を売って当面の資金にするという目論見は崩れ去った。
こんなにあったって実際に使うのはほんの一部だろう。
うーん、しかし魔物に対する考えが甘かったと言わざるを得ない。
ウインディがいなければ確実に詰んでたな。
この先もいつ魔物が出てくるか分からない道中だ。
常在戦場の心得が必要になりそうだが、21世紀の日本人にはいささかハードルが高い。
「どうしよう。やっていけるのかな」
武器も防具も武具庫の機能で戦闘中でも一瞬で変更できるようだが、
俺自身は竹刀さえまともに振った事が無い。
見た目は地味でも業物ばかりらしいが、使う奴が素人では宝の持ち腐れだ。
『やれやれ、私がいなくてはお前はやっていけんな!だが心配はいらん。今回のように私が精霊甲冑を通して動きをサポートしてやるからな』
ヤレヤレ言ってる割に凄く嬉しそうですね、ウインディさん。
駄目な男に惹かれるタイプなんだろうか。
日が沈み野営の準備が始まった。
俺も手伝いたいところだがまだ筋肉痛は治まらない。
結局フェリックスさんと騎士団の人たちに任せ切りになってしまう。
「いいんだよ、アンタは護衛の仕事を果たしたんだ。サンディオに着いたら改めて礼をさせてくれ」
「わかりました、今はお言葉に甘えさせてもらいます」
筋肉痛のためぎこちない動きで夕食を取り、不寝番は任せてゆっくり休むよう言われる。
寝る時も甲冑は着けたままだ。正直スゲー寝にくい。
『我慢しろ。一晩かけて甲冑を通してマッサージを続ければ、
朝にはいくらか体が楽になっているはずだ』
「ありがとうウインディ。愛してる」
『嘘を吐くな』
あらバレてら。どうも甲冑を着けてる間は感情が伝わってしまうみたいだ。
それにしても今日は色々ありすぎた。横になると俺はすぐ意識を手放した。
読んで頂きありがとうございます。