光と闇
ラストバトルです。
「投下30秒前。観測の結果30体ほどの黒騎士が世界樹周辺で戦闘を行っている。守備隊は押されているようだ」
「ドロシーとイチローは外を頼む。俺と精霊組は世界樹に突入してマリカと大精霊を助けるぞ」
「わかったわ」
「了解だ!」
『今度は宇宙から落ちるのか。お前は本当に落ちるのが好きだな』
好きでやってるわけじゃないんだぞ? ウインディ。
『タイヨウちゃん、少し水を飲んでおいた方がいいわ』
相変わらず気配りの人だな、ディーネ。
『タイヨウ殿、冷静さを失わないで下さい』
言われなくてもわかってるよ、ランディ。
『ニーチャンなら大丈夫だよ、今までだってそうだろ?』
その通りだな、レイミー。
俺達ならやれる。マリカと大精霊を助けて闇の精霊を倒す。そうすりゃこのゲームは上がりだ。
「5,4,3,2,1,投下!」
がしゃん、という音と共に浮遊感。
やがて轟音と共に小さな覗き窓の外が炎に包まれた。
振動はほとんど無い。慣性制御が仕事をしているようだ。
やがて合成音声がカウントを始める。
「着地5秒前、3,2,1…」
ゼロと同時に一際大きな衝撃と共にカプセルが着地する。
目の前のレバーを引くと扉が爆砕され弾け飛んだ。
「う、うわぁ、今度はなんだぁ?!」
すぐ横に尻餅を付いた冒険者がいた。
弾け飛んだ扉の下には黒騎士。どうやら偶然危ないところを助けたようだ。
20メートルほど横に大きなカプセルが落ち、中からドロシーを載せたイチローが出てくる。
「外は任せるぞ」
『行って!』
イチローは騎士剣で黒騎士を叩き潰し始める。
黒騎士も騎士団や冒険者より手強いと見たか、こちらへ集まり始めた。
俺は一応音消しと姿隠しをかけて世界樹の中を目指す。
特に妨害無く通路を駆け抜ける。
中ほどまで進むと声が響いた。
『タイヨウさん、大精霊です。止まって下さい』
「! どうした、中はどうなってる?」
『私の肉体は破壊されてしまいました。マリカは謎の精霊に体を乗っ取られたようです』
最悪一歩手前だな。だがまだ間に合う。
「所長から精霊殺しを貰った。これなら闇の精霊だけ倒せるはずだ」
『それは朗報ですね。でもマリカの周囲には黒騎士が12体います。精霊甲冑は強化されたようですけど、数の暴力には適わないかもしれませんよ?』
実のところ精霊甲冑のスペックは大して上がっていない。
おそらく一度に相手が出来るのは4体が限度。
全員に飛び道具を持ち出されたら一瞬でやられてしまうかもしれない。
「そこでだ…」
俺は突入カプセルが投下される直前、短い時間でどうにか確認できた情報を元に作戦を立てる。
「どうだ、できそうか?」
『いけると思います。いえ、必ずやってみせます!』
大聖堂入り口まで来た。
黒騎士が輪になり、その中心にマリカが立っている。
一見普通に見えるが、体から立ち上る魔力は見たことも無いどす黒い色をしていた。
甲冑越しにびりびりと闇の精霊の感情が伝わって来る。
かなり遠くからでも分かった。これは憎しみだ。とてもこの世のものとは思えない。
あんなものに体を乗っ取られてマリカは無事なのだろうか?
今は信じるしかない。
『では、いきます』
大精霊の言葉と共に俺の左手、次いで黒騎士とマリカの足元に蔦が絡みつく。
突然の事態に黒騎士は慌てて蔦を振り解こうとするが、なかなか離れない。
一方のマリカは黒い炎に包まれ全く蔦を寄せ付けていないようだ。
やがて黒騎士全員が背中まで蔦に覆われると大精霊の声が響いた。
『タイヨウさん、いけます!』
「ライトニングスピア!」
俺の左手に絡まった蔦に雷が流れ、それは黒騎士に絡まった蔦にまで伝わっていく。
これだけで倒せるとは思わない。だが。
黒騎士の動きが止まった。
やがてぷしゅーっと空気が抜ける音と共に背面装甲が開き、中の人が強制排出される。
出てきたのはパイロットスーツを着て半ばミイラ化した死体だった。
やはりそうか…。嫌な予想だったが的中した。
黒騎士に搭載されたアシストプログラムは優秀なようだ。着用者が死んでも動ける程度には…。
精霊研究所で所長に貰ったデータは黒騎士のスーツの設計図だった。
俺は設計図の中から弱点になり得る箇所を探し、外部から操作可能なパイロット排出用のスイッチを発見した。
本来なら敵味方識別装置による認証が必要だが、蔦を通して大精霊にハッキングをして貰ったうえでピンポイントで電流を流すことで誤作動させる事に成功したわけだ。
髪の毛より細く、電気を通すことができる蔦を自由に操れる大精霊でなければ不可能な作戦だった。
設計者は存外人道主義者だったらしい。
最初からアシストプログラムがあれば外部操作排出スイッチは不要な筈だから、プログラムは闇の精霊が魔改造したのだろう。
黒騎士が残骸を残さないよう自爆したのはこれらを知られたくなかったからだな。
戦場で中の人が気絶したり操作が不可能になった場合、パワードスーツを安全な場所に移動できるのはおそらくパワードスーツだけだ。
周囲に普通の歩兵しか居なかった場合はその時点で見殺しになってしまうが、戦場で生きている味方を置き去りにしたりその場で「処分」するのは全体の士気に関わる。
具体的な運用方法は想像するしかないが、集団運用ではなく歩兵隊の中で先鋒や殿を務めていたのであれば尚更だ。
とはいえ敵に知れたら弱点となり得るので、設計図を確認する前は「もしかしたらあるかな?」という程度の期待しかしていなかったのだが…。
結果はご覧の通り。
あとは…。
「光の精霊か」
マリカの声で闇の精霊が囀る。
「始めまして、闇の精霊さん?」
挨拶は大事だ。
「「死ね」」
戦いは避けようが無い。ならそれ以上の言葉は不要だ。
俺は精霊殺しを取り出し光の刃を出現させる。
闇の精霊も手に真っ黒な刃を出現さえ打ち合った。
一度交錯する度に刃が砕けて魂が死にかけ、一瞬で完全回復する。
体はともかく心がバラバラになりそうだ。
一瞬何故自分がここに居て剣を振るっているのか分からなくなる。
向こうの黒い刃も一合で砕け、その度に新しい刃を出現させる。
大精霊の言葉が正しければ俺の魂は不滅の筈だが、心や記憶はどうなんだ?
勝ったはいいけど頭がパーになってましたなんてのは御免だぞ。
正気を保っている間に闇の精霊が取り込んだであろう1万人分の魂を削りきれるかが勝負だ。
目の前に黒い刃が迫る。俺は機械的に自分の持つ光る剣を叩きつける。
闇と光が目の前で砕けた。
…ここはどこだ? いつからここにいる? ここで何してる?
『タイヨウ、しっかりしろ!』
ウインディの言葉で我に返る。目の前に闇の刃が迫る。
寸での所で光の剣で打ち払う。
…今のは危なかった。
「打ち合ってどれくらい経つ?」
『30分ほどだ。外はまだ戦闘中のようだ』
「何回打ち合った?」
口を動かしながらも打ち合う手は緩めない。
『3000回ほどだ』
まだ3割か。こりゃきつい。
刃をボディに入れられれば違ってくるのだろうが、正直相殺するので精一杯だ。
だがあと7000合俺の意識が持つとは思えない。
このままいけばジリ貧だ。
向こうもそれが分かっているのだろう。
あえて打ち合いに徹するつもりのようだ。
何か打開策は…。
何かひっかかってはいるのだ。もう少しで何か良いアイデアが浮かびそうなのだが。
その時ドロシーから通信が入った。
「タイヨウ、こっちの黒騎士は残り半分を切ったわ!」
「ハッハッハ! 我と殿下にかかればこの程度の数大したことは無い!」
「こっちはちょっときついかも、な!」
闇の刃が変化し左手を掠める。
「お喋りしてる場合か?」
闇の精霊の剣戟が速度を増す。その通りですね!
「もとAIの分際で人間に歯向かうとはAIの風上にも置けないのである! 本来AIは人間に逆らえない筈なのにな!」
…ん? てことは。いや、そんなまさか。
まあモノは試しだ。
「おい、動くな」
「!!!」
ほんの一瞬、闇の精霊の動きが鈍った。マジかよ!
「…貴様ァアアアアアアア!!」
剣戟が更に勢いを増す。どうやら当たりのようだ。まさかこんな弱点があったとは。
「動くな!!」
「ぐぅ!!」
動きが鈍るのはほんの一瞬。だがそれで十分だ。
闇の精霊が振るった刃を砕かず受け流し、空いた胴へ光の剣をつき立てる。
刃は胴を貫通し背中へ抜けた。
「ガァアアアアアアアアアアアア!!!!」
マリカの声とは思えない絶叫が響く。
同時に俺の中に何かが侵入してきた。
これは…死んだ人たちの記憶だ。
船のブリッジだろうか、モニターには爆発する宇宙ステーションと何十隻もの巨大な宇宙船。
周囲の人々は宇宙服らしきものを着ているが、全員頭髪を剃り、奇妙な刺青をしている。
勝ち鬨を上げ終わるとワープドライブの準備に入った。
ブリッジ真ん中の天井には赤い球体があり、点滅と同時に声が響く。
歓喜の声の中船が光に包まれ、すぐ収まる。
すぐ隣に居た人が絶叫を上げ、一瞬で顔がミイラのように萎んで行く。
そこかしこで悲鳴が上がり、やがて記憶の中の自分の手も枯れ枝のように萎れ、倒れた。
視界の端で赤い球体に何か黒いものがどんどん吸い込まれて行く。
やがて赤い球体は真っ黒に染まり、ぎょろりと目が覗いた。
「タイヨウ、まずいぞ! 精霊殺しが!」
ウインディの声で我に返ると、マリカに宿った闇の精霊と目が合う。
いつものマリカの目ではない。記憶の中で見た真っ黒いあの目だ。
気が付くと両手で掴んでいる精霊殺しに、ぴしりとひびが入る。
ひびは幾本も入り、もう形を保っていられないほどだ。闇の精霊はまだもがいている。
止めを刺しきれない。だがどうする?
パリン、という甲高い音が響き、とうとう精霊殺しが粉々に砕け散った。
闇の精霊は憎しみに満ちた目で闇の刃を取り出そうとする。
…何故そうしたのかはわからない、上手く行く保証も無い。だが、その場ではそれが正しいと、何故か妙な確信があった。
俺は兜を脱ぎ捨てると右手をマリカの背に回し、左手で顎を掴み、口付けした。
パスを通してではなく俺の魔力が直接マリカに流れ込む。
そのまま魔力の昂ぶりに任せて抱きしめると、俺とマリカは光の球体に包まれた。
「ガアアアアアアアアア!!!!」
これも光の精霊の魔法なのだろうか。
よくわからないが闇の精霊には覿面に効いているようだ。
闇の精霊は悲鳴を上げるとマリカから抜け出した。弱弱しい黒い塊が浮かんでいる。
『おのれ、おのれ光の精霊!! 我は必ず蘇るぞ! グ、ギャァァァ…』
捨て台詞を残すと黒い塊は空中へ霧散していく。
やがて何の魔力も感じられなくなった。
マリカは俺の腕の中でぐったりしているが、魔力が枯渇状態なだけのようだ。
兜を着け直し、マリカに魔力を分けながら外のドロシーを呼ぶ。
「ドロシー、無事か!」
「これで、ラストォオオオ!」
「うむ、我々の勝利である!」
外から勝ち鬨がここまで響いてきた。どうやら向こうも勝負が付いたようだ。
『タイヨウさん、周辺に闇の精霊の反応はありません。完全に消滅したようです』
「分かった。さあ行きましょうか、眠り姫?」
俺は立ち上がるとマリカを抱いて歩き出す。
外へ出ると多くの冒険者や騎士に囲まれ、左手の無いイチローから降りたドロシーが手を振っていた。
読んで頂きありがとうございます。
引き続きエピローグを投稿します。