2000年前の真実 その1
翌朝。全員で朝食を取っていると大精霊が妙な事を言い出す。
「昨晩遅く世界樹に招待状が届きました。差出人は精霊研究所所長、ロンベルト・ハウジング。精霊騎士一行を北極上空の我が家へ招待したいとのことです」
「北極上空ってことは、天蓋を破壊した張本人かよ」
「今日の正午から5分だけクローキングとシールドを解除するそうです。その間に来て欲しいと」
「普通に考えれば罠よね」
ドロシーが当然の意見を述べる。
シールドがあるならおそらく地上との通信も無理だ。
「タイヨウ様、行くの?」
「行きたいが騙された時用に保険が欲しいな」
「でしたら私とマリカが残りましょう。いざと言う時は研究所の床に世界樹の種を叩きつけて下さい。パスを通じてマリカからタイヨウさんに魔力を送れば発芽させることができます」
マリカから俺、俺から世界樹の種へ魔力を送ることで発芽させ、研究所の制御を乗っ取るわけだ。
ドロシーとイチローがいればある程度時間は稼げるだろう。
不安は残るが虎穴に入らずんばなんとやらである。
「3,2,1…正午だ。レーダーに反応。でかいぞ」
「あれか!」
「灰色の…月?」
北極上空高度約450キロ。
レイミーに頑張って貰い、軌道上に出た俺達を出迎えたのは球形の人工物だった。
遠近感がよく掴めないがデカイということだけは分かる。
ショートハイパードライブで接近すると通信が入った。
「よく来たな、精霊騎士。…1番ベイに来てくれ」
赤道面に開いた場所があり、ガイドビーコンが出ている。
「ウインディ、ゆっくりだぞ」
「分かっている。レーダーに熱源反応は無い。とりあえずは大丈夫なようだ」
見た目は小さなデッドスターとしか言いようが無い。
宇宙ステーションとして完成された形なんだろうか。
やがてエレメンタルソードが発着場に着陸すると、静かにシャッターが閉まった。
「与圧されているようだ」
「一応ヘルメットは付けておこう。ドロシー、問題無さそうか?」
「ええ、いけるわ」
「異常無さそうだな!」
俺は精霊甲冑。ドロシーはイチローのコクピットの中にあったパイロットスーツを着ている。
イチローはモノアイから手足を出した状態でドロシーの背中に張り付いた。
エレメンタルソードを戦神の武具庫へ格納しながら周囲を確認すると、発着場から延びる通路の一つにだけ明かりが点いている。
こっちへ来いという事か。
「鬼が出るか蛇が出るか…」
「タイヨウ、鬼って何?」
「俺が前居た世界に伝わるバケモノだよ」
「強そうな名前だな! 是非一度戦ってみたいものだ!」
しばらく通路を歩くと頑丈そうな扉の前に着いた。
がこぉんという大きな音と共に開いた扉の中にあったのは、巨大なモニターだった。
意思の強そうな目をした中年男性の顔が表示されている。
「よく来てくれた。精霊騎士よ」
合成音声だろうか。ややぎこちなさのある声が響いた。
「招待してくれてありがとうと言うべきかな。アンタがここのボスか?」
「いかにも。精霊研究所所長のロンベルト・ハウジングだ」
「何故俺達を呼んだ?」
「話を、いや懺悔を聞いて貰いたかったのだ。2000年前、世界を捨てた私の懺悔を」
その声は無機質な筈なのに滲み出る皮肉を隠しきれて居ない。
魔科学文明時代から残る遺物の主だ。面白い話が聞けそうだ。
「いいぜ。聞かせてくれ」
「ありがとう…」
床から音も無く椅子が現れた。座れという事か。俺とドロシーは腰を下ろす。
「君が着ているスーツ、懐かしいな。それは私が作ったものだ」
「マジかよ…」
いきなり驚きの事実だ。
「まずは私の話からしようか。私はスクールで精霊工学を専攻してね。自分で言うのもなんだが天才ともてはやされた。卒業後は会社を作って色々やったが、中でも力を入れたのが軍用パワードスーツの開発だった。当時世界は魔法派と科学派に二分され、切磋琢磨する関係だった」
モニターが切り替わり、当時の映像だろうか巨大なビルが立ち並ぶ町が見える。
多くの人が行き交いかなり発展していたようだ。
「私は国家連合軍の次期制式パワードスーツの競争入札に君が着ているスーツを出したのだ。魔力電池でパワーアシストをするだけではなく、精霊を宿すことで長時間の稼動と戦闘補助を可能とする画期的なスーツになる筈だった。結局コスト面で折り合いが付かず、大手企業が開発したスーツの採用が決まってしまったがね」
モニターが切り替わり工場で大量生産されるパワードスーツが映る。
未塗装だがそのデザインは忘れたくても忘れられないものだった。
「黒騎士か…」
「普通は緑色だから、黒は特殊部隊向けだろう。…私は試作したスーツに絶対の自信を持っていた。大手企業が既存機の発展型でコンペに挑むと判明した時点で勝ったと思った程度にはね。だがスーツ本来の機能に加えて精霊の依代として仕上げねばならなかったため、コストが嵩んでしまった。流石に向こうさんの20機分にまでなるのは誤算だったよ。軍上層部に精霊と契約できる者が少なかったのも不利に働いた」
プロパガンダ映像だろうか。緑色のカラーリングの黒騎士が重火器を手に装甲車を攻撃する様子が映る。
「その後会社は経営が悪化して倒産してしまい、精霊甲冑も他人の手に渡った。噂では大手企業の関連会社に渡ったという話だったがどうしようもなかった。途方に暮れていた私に声をかけてきたのが精霊研究所だった」
モニターにはまだ建造中の研究所が映った。
「ここでの仕事はそれなりに楽しかった。ここは国家連合が出資してはいたが割と自由な気風があってね。精霊を宿す兵器の研究と開発に明け暮れ、いつしかそれなりの立場になっていた。君らが乗ってきた戦闘機も我々が作ったものだ」
色々な形の戦闘機が地表スレスレを猛スピードで飛行したり、単独で大気圏を離脱する様子が映る。
「我々は更に強力な兵器を求めたが、ある壁にぶつかった。精霊を使う以上、一度に使える魔力は精霊が保持する魔力次第。枯渇寸前まで使い切っても精霊の魔力は短時間で回復するが、一度に引き出せる魔力には明確な限界があった。無理して魔力を引き出せば精霊の魔力はゼロになり、消滅してしまう」
モニターの中で完成した精霊研究所から巨大な宇宙船に向けて光が走る。
だが宇宙船の装甲を貫く事は出来なかったようだ。
読めてきた。
「それで、精霊を生かさず生贄にすることにしたのか」
「…その通りだ」
また精霊研究所から光が走る。今度は巨大な宇宙船は破片も残さず消滅した。
「ああ、精霊をどうするのかは言わなくていい。興味無い」
精霊組はダンマリだがそんなの聞きたいわけがない。俺だって聞きたくない。
「分かった…。この映像が撮影された直後、研究所内で凍結拘束していた個体を除いて世界中から精霊が消えた。その時の混乱は筆舌に尽くし難い。あらゆる組織で魔法派は発言力を失い、科学派による専横がまかり通った。多くの魔法関連企業が倒産し、市民は職を失い、化石燃料を巡って世界各地で戦争が起きた」
生贄実験が成功した事によって星を壊す事が可能になり、最悪の事態を避けるため大精霊が精霊を引き上げたのだろう。
映像の中ではいたるところで火事や略奪が起きる町の大通りで、何千という市民とパワードスーツを着た軍が激しく衝突する。
後に残ったのは血の海だった。
「何より致命的なのは環境だった。精霊によってどうにか維持されてきたバランスが崩れ、今後数十年で大気は呼吸に適さなくなり、回復は早くて1000年後というレポートが発表された」
大きな会議の場だろうか。神経質そうな学者と思しき人物と各国のトップと思しき人物達が激しく言い争い、それはやがて掴み合いになる。
警備員が入りようやく騒ぎが収まる。
「この会議で世界連合は人類の生き残りを掛けて協力することになった。表面上はな。いくつかの計画が持ち上がり実際に実行された」
別の星の軌道上で建造される六角形の巨大な物体。これは天蓋か。
「隣の星を冷却することでテラフォーミングする計画は、完了まで数千年かかる事が判明し放置された。本命は星間移民計画だ」
軌道エレベーターらしき建造物と中継ステーションに係留された数十隻の巨大な宇宙船。
だが突然大きな爆発によって中継ステーションが粉々になった。
エレベーターシャフトは大気との摩擦で真っ赤に燃えながら地表へと落下していく。
係留されていた移民船は内部から次々爆発していく。
その周囲を回遊するくじらのようなシルエット。母艦だ。
「40光年先に人類が生存可能な星があることは半世紀以上前から知られていた。だが数十万の人間をそこまで送るとなると話は別だ。君らが母艦と呼んでいたのは計画の鍵とされていたワープドライブ実験艦だよ。量産が困難な事が分かってすぐにテロリストに奪われてしまい、急造の移民船は全て彼らによって破壊されたがね。知っているかもしれないが、彼らは世界樹を御神体として崇めていた歴史ある宗教の一派だった。精霊が消えたのは世界樹信仰を捨てて科学に傾倒した愚民のせいで、人類存亡の危機に際して生き残る事が許されるのは、敬虔な信徒である我々だけだという主張を繰り返していた」
母艦が光に包まれ、やがて消えた。
「彼らは移民船と軌道エレベーターを破壊すると姿を消した。地上に居る人々は誰も助からないと思ったのだろう。それが彼らの誤算だった」
夜なのか映像は暗い。
何人かのグループが後ろを気にしながらダンジョンと思しき地下への入り口に入っていき、それが数回繰り返される。
やがて最後に兵士が中に入ると扉が閉まった。
別の場所では昼間に大勢の人が列を成してダンジョンへ入っていく。
この差はなんだ?
「あるダンジョンマスターが、攻略されたダンジョンがシェルターとして利用できる事に気が付いた。残された人類は総力を結集してダンジョン攻略を進め、タイムリミットまでにかなりの数のダンジョンを攻略することができた。だが自分と家族だけ助かろうとしたマスターがそれなりの数いたのだ。彼らは一時的に国王に匹敵する特権階級になり、良い王も悪い王も存在していた。もっとも今大都市の元になっているダンジョンはこの時例外無く多くの人を受け入れていた。それでもダンジョンに入れたのは全人口の数パーセントに満たない。地上に残された人は人類の滅亡を確信して安楽死薬で最後を迎えた筈だ」
さきほどの映像と同じダンジョンの入り口の扉が開き、つぎはぎだらけの服を着て槍と盾を持った屈強な男性が周囲を警戒しながら出てくる。
眩しそうに目を細め、後ろに合図を送ると多くの人々が出てきた。
ここから町が発展し、やがて今の王国に至るのだろう。
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