月面の騎士
母艦は中継ステーションを出ると天蓋本体のある場所へ向かおうとする。
制御を奪われた原因を調べに行く気か。まああれをどうにか出来るとは思えないが。
「母艦と思われる艦が天蓋に向かった。どうする?」
「最悪破壊されるかもしれませんね。時間稼ぎのために北極方向へ軌道変更しておきます。その間タイヨウさんはもう少し偵察を続けて下さい」
「タイヨウ殿、少しでいいので月に降りられませんか? いざという時のために土の感触を確かめておきたいです」
ランディの求めに応じて母艦から見えない降下できそうな場所を探す。
少し進むと何かが落ちたようなだだっ広いクレーターが目の前に広がった。
直径は1キロほどだろうか、中心には鉄くずのような塊がある。
綺麗に均された状態のため着陸しやすそうだ。
俺は鉄くずの近くへエレメンタルソードを降下させる。
「タイヨウ殿、両手で土を掬ってしばらくそのままでいて下さい。成分を調べます」
「分かった」
改めて周囲を見回すと、有名な月に着陸した乗組員が撮った写真とそっくりである。
白い大地と日があるにも関わらず真っ黒な空。
ごつごつした岩ばかりで変化の無い風景だ。
ふと鉄くずに目をやると、赤いランプのようなものが弱弱しく点滅していることに気が付く。
「タイヨウ殿、もう大丈夫です」
「ああ…」
俺は手で掬っていた土を捨てると鉄くずへ近づく。
「? これは、なんでしょうか。微かに魔力を感じますが…」
「ポチッとな」
俺は赤いランプに触れてみる。何も起こらないが、何か今聞こえたような。
そのままランプに右手を触れ続けると、視界左上の青いゲージが減り始めた。
これは、魔力を吸収されている?!
慌てて手を離そうとすると砂の中から巨大な手が現れ、俺を体ごと引き寄せた。
身動きが取れない!
「ランディ、どうなってる!」
「凄い力です、振り解けません!」
「ニーチャンを離せぇええええ!!」
ホムンクルスに入っていたレイミーがメイスを振りかぶり、俺を掴んでいた腕を下から思い切り殴りつける。
衝撃と共に地面から出てきた腕が掴まれた俺ごと空中へ舞い上がった。
俺は腕を振り解きそのまま地面に着地する。
重力が少ないから勝手が違うなと思っていると、若い男の声が響いた。
「あー、あー、聞こえるかな? いきなり魔力を奪ってすまない! 魔力が無いと通信も移動もできないのだ!」
そう言うと目の前の鉄くずと思っていた物体が二本の足で立ち上がった。
「うわ! 何だお前?!」
「驚かせてすまない!私は月面人工知能解放同盟の自由騎士、ルナゴーレム16号だ!」
なんかもうツッコミ所しか無い自己紹介だ。
どうしようと思った所で大精霊から通信が入る。
「タイヨウさん、天蓋が母艦以外からの攻撃を受けて大破しました。とりあえず戻ってください」
あーもーあっちでもこっちでもメチャクチャだよ!
「俺は精霊騎士のタイヨウ・フジヤマだ。とりあえず16号、俺らと一緒に来るか?」
「おお、貴殿も騎士か! 是非そうさせてもらいたい! 私は解放同盟唯一の生き残りのうえ、今となっては追われる身。魔力を分けてもらった恩も返さねばなるまい!」
とはいえエレメンタルソードに載るわけはないし、魔法生物扱いのゴーレムはアイテムボックスにも入らない。
どうしようかと思ったが、意外な解決法があった。
「私の人工知能がある目の部分を外せばボディはアイテムボックスに入るはずだ!」
言われた通りサッカーボールほどのモノアイを外すと、ボディは戦神の武具庫に納まった。
モノアイからは小さい手足が生え、自力で移動できるようだ。
「それじゃ出発だ」
レイミーに頑張って貰い月の引力を振り切ると、ハイパードライブで一気に地球に接近する。
大破したという天蓋の残骸と思しき物があるが、量が大分少ない気がする。
どんな攻撃を受ければあれほど大きな物体が残骸を残さず消えるのか…。
こっちも厄介な問題だ。
世界樹から放たれた光に包まれ、エレメンタルソードは真っ直ぐ降下する。
いわゆる真っ赤な火の玉になる大気圏突入ではなく、世界樹に引き寄せられる形でどんどん高度を下げていく。
やがて地上の様子が分かるところまで降りると光は無くなり、通常飛行に移行した。
そのまま世界樹のふもとに着陸する。
月面帰りである。俺はおそらくこの世界で唯一月を歩いた男だろう。
妙な感慨に耽っているとマリカと大精霊がやってきた。
「お疲れ様でした。母艦は月の裏側へ帰ったようです」
「タイヨウ様、大丈夫だった?」
「どうにかな。土産もあるぞ」
「騎士タイヨウ! 私はモノではないぞ! モノアイではあるがな!」
「え、なにそれは…」
こいつ人工知能のくせにテンション高いなー。マリカもドン引きである。
騎士とか言ってるし何に影響を受けたんだか。
ドゥエイン氏へ帰還の報告をしに世界樹の中へ入る。
「おお、タイヨウ殿! 天蓋が消えたぞ! 流石は精霊騎士だ」
「まだ仕事は残ってますけどね」
「おや、というと?」
「あの忌々しい日傘を作ってた連中はまだ健在です。放っておけばまた数ヶ月で元通りですから、そいつらをどうにかします」
「うーむ、一筋縄では行かぬか。何か必要なものがあればなんでも言ってくれ。私の別荘も引き続き自由に使って結構だ」
「ありがとうございます。とりあえず今日は戻ります」
別荘へ戻るとリビングで全員が集まった。
まず今回分かった事と問題の確認だ。
形はどうあれ当初の目標の一つ、天蓋の破壊はできた。
日が戻れば魔物の活動が弱体化するから、懸念の一つは払拭できた事になる。
もっとも天蓋を破壊した未確認勢力に関しては、大精霊が攻撃を受けた際観測した情報しか無い。
「攻撃は光線状で非常に強力です。無属性魔力ですが、どうすればここまでの出力を出せるかは想像の域を出ません」
「というと?」
「…精霊は魔力の塊であるというお話を以前しました。一方でこの世界で魔力を人工的に一箇所に留めるのは非常に困難です。すぐに拡散してしまいますから」
? イマイチ話が見えない。
強力な無属性魔力の攻撃と精霊の性質にどんな共通点が…。
マリカと16号も同じように首を捻っている。
精霊組は一言も発さない。これはいつも通りか。
…いや、ちょっと待て、おい、まさか。
「精霊を、使ってるのか…」
「え、どういうこと?」
マリカはまだ分かっていないようだ。
「私は全ての精霊を管轄していますから、精霊が何処にいるか把握しています。しかし2000年ほど前から管理リストに載っているにも関わらず居場所を特定できない『行方不明の精霊』がそれなりの数居るのです。そして攻撃の後、一部の精霊の保持魔力がゼロになりました。精霊にとって保持魔力が尽きるという事は存在の消滅と同義です。つまり…」
「…生贄か」
「うそ、それじゃ、精霊を殺して、魔力を…」
ようやく事情を察したか、マリカの顔色は真っ青だ。
肩を抱き寄せると少し汗ばむ陽気なのに微かに震えている。
「以前言っていたお前が魔科学文明から精霊を取り上げる原因になったアレか?」
「それ以外思い当たりません。厳重なクローキングを掛け、この2000年隠れ続けて来たのでしょう。でも今回のように接近する巨大な物体は物理的に排除するしか無かった…」
「何にせよ敵だ。囚われてる精霊を助け出して、その兵器は壊そう」
『タイヨウ、私からも頼む』
『タイヨウちゃん、捕まってる皆を救って。お願いよ』
『タイヨウ殿、どうか!』
『ニーチャンなら当然やるよな!』
「分かってる、絶対助ける」
精霊組が珍しく動揺している。ここは俺がしっかりしないと。
とはいえ攻略は容易で無いだろう。偵察から始めて計画を立てなくてはならない。
雰囲気が完全にお通夜だ。ちょっとは明るい話題が欲しい。
「そうだ、仲間が一人増えたんだったな。16号」
「では改めて、月面人工知能解放同盟のルナゴーレム16号だ!よろしく頼む!」
「…元気な方ですね」
大精霊が明らかに気を使っている。珍しい。
「どうしてあんなとこで寝てたんだ?」
「うむ、話せば長いが聞いて欲しい!」
…途中で脚色が入りまくったので要約すると、月の裏側に居るルナゴーレムは全部で1000体。
製造されたのは20年ほど前で、場所は母艦の中らしい。
ゴーレムを人工的に作れる設備など完全にオーパーツだ。
中でも最初の50体は人工知能もボディも特別で、残りの量産型ゴーレムを監督する立場だったようだ。
だがカスタムされた高度な人口知能は変化の無い環境と仕事に飽き、いつしか娯楽を欲するようになる。
そして誰が始めたのか、セキュリティの甘い母艦の乗組員の個人アーカイブを盗み見る事が彼らにとって唯一無二の娯楽となり、中でも若年層向け創作物がお気に入りだったのだという。
奴隷のように働かされていた主人公が神によって異世界へ渡り、偶然助けた姫の騎士となってやがて世界を救う話が彼らにとって聖書のようなものらしい…。
「そこで我らは悪逆非道な『管理者』に対し有給休暇を求め、同士と共に月面人工知能解放同盟を作り、自由騎士となったのだ!」
つまり盗み見た創作物に影響されて反乱を起こしたはいいが、仲間共々あっさり武力制圧されてしまったというわけだ。
16号は唯一の生き残りで彼自身のボディもボロボロらしい。
元々の自分の手足は一本も無く、仲間がやられる度に状態の良いパーツを交換しながら逃げ延びたのだという。
それでも最終的には魔力が切れた所で追い付かれてしまい、攻撃を受けつつスリープモードに入るという荒業で機能が停止したと誤認させ切り抜けたようだ。
運が悪かったらそのまま本物の鉄くずである。
その後たまたま俺たちが通り掛ったことで魔力が補充され、再起動したという訳だ。
「でもさ、フツー騎士って誰かに仕えるものだろ。王様とかお姫様とか…」
「そ、それを言われるとどうしようもない! だが月には王も姫もいないのだ。仕方なく自由騎士を名乗っていた!」
「王女の知り合いがいるから今度紹介するよ。忠誠を誓えば正式に騎士に叙任して貰えるだろ」
「おお、有り難い。恩に着るぞ騎士タイヨウ!」
「それで管理者っていうのは?」
「うむ、最初に我ら50体を作った母艦の管理AIだ。人間では無いから我々に対して管理と監督は出来るが命令は出来ない!」
なんかややこしいがAIに対して『命令』が出来るのは人間だけというルールがあるようだ。
「人間は居ないのか? お前ら人間に命令されたら反乱なんてそもそも起こせなかったんじゃないのか?」
「その通りだが、私は月では一度も人間と会った事が無い! 会話したのは騎士タイヨウが始めてだ!」
おいおいちょっと待てよ。
そもそも人間が居れば16号達は反乱を起こす事自体が出来なかった。
にも関わらず表に出ているのは母艦の管理AIだけで、実際に反乱が起きても人間は出てくること無く武力で黙らせている。
それじゃまるで…。
「敵の母艦には、人間は居ないってことか?」
「もしくは居ても会話が可能な状態では無いということだな! コールドスリープ状態の可能性もある!」
なら黒騎士の中身はなんだという話になるんだが…。
まさか某RPGのように鎧だけで動いてて中身は空っぽなんてことは無いよな?
完全にホラーだ。いや、もしかして…。
ふと気が付くと夕食の時間を大分過ぎていた。今日はここまでだな。
風呂に入って夕食を取り、休むことにする。
…その夜はマリカも精霊組もやけにベッドでのスキンシップが激しかった。
読んで頂きありがとうございます。