新たな力
「アイアンゴーレムが溶岩に落ちるまで玄室への扉は開かないわ! それまでに組み付いて!」
否応無しに戦闘が始まった。
黒騎士の得物は巨大な両手斧だったが、ブースターらしきものが付いている。
あれでアイアンゴーレムの足を叩き斬ったか。
俺はウインディの風を纏いひたすら走る。
黒騎士がこちらに気付いた。だが遅い!
大盾を出して構えつつ接近する。
黒騎士はこちらに向き直り両手斧を構えるかと思いきや、振りかぶると全力で投擲してきた。
ブースターによって回転が増した両手斧が大盾を紙くずのように吹き飛ばすが、俺は上に大きくジャンプしていた。
黒騎士は両手に拳銃を取り出し乱射するが、ウインディの矢避けによって弾道が逸れる。
さらに俺の着地点を読んで背中の筒からいくつもの榴弾を発射したが、後ろから飛んできた水弾に飲み込まれそのまま奈落へ落下する。
ナイスだマリカ。
俺はその隙に着地し、更に加速した。
黒騎士は拳銃を捨てて武器を取り出そうとしていたが、一瞬早く素手で組み合う。
膠着状態に持ち込めればそれでいい。
これでマリカが奴の背中に魔法を打ち込めば形勢は傾く。
「マリカ、今だ!やれ!」
俺は組み合ったままじりじりと体を入れ替え、マリカが黒騎士を狙えるようにする。
「よーし、ウォーターショット!!」
ドドドドドドドド!!
黒騎士の体を一瞬で何百もの水弾が連続して叩く。上手く背中へ集中させているようだ。
両手が塞がっていては足止め役のように自爆もできまい。我ながら完璧な作戦だな! ハッハッハ。
が、次の瞬間黒騎士が吼えた。
ウォオオオオオオオと獣のような声を上げると組んだ手に力を込め、俺を奈落へ押し出そうとする。
咄嗟に踏ん張るが、水弾の残骸…つまり水が撒かれた床は滑りやすくなっており、俺はずりずりと後ろへ下がっていった。
「ウインディ、なんとかならないか!」
『駄目だ、完全に力負けしている! このまま我々と一緒に心中する気だ!』
「ど、どうしよう! タイヨウ様が落ちちゃう!!」
『落ち着いてマリカー!とりあえず接近してー!』
だが黒騎士は力を増し、俺はどんどん押されていく。
くそ、どうにかならないのか!!
と思ったその時だった。
『騒がしいので何かと思って上がって来てみれば…。何やらピンチのようですね、精霊騎士殿』
幼さを感じさせるやや冷たい印象の少女の声がした。俺を精霊騎士と呼ぶって事は…。
「精霊か?!」
『土の精霊で御座います。我が力が必要なようですね。風の精霊、そこを退いて下さいませ』
『またこのパターンか…』
ウインディが退くと同時に精霊甲冑に土の精霊が宿った。
だが俺の体はもう…。
「だあああああああ落ちるぅううううう!」
黒騎士と共に空中にあった。
『心配は要りません。私が宿っていますので溶岩に落ちても大丈夫です』
「マジかよ!! ウインディ、マリカとディーネに大丈夫だと伝えろ!!」
『分かった!』
黒騎士は組んだ手を振り解こうとするが、俺は逆に胴へがっしりと組み付いた。
俺の意図が読めたのか、黒騎士はガンガンと俺の頭を叩く。
だがいつのまにか俺の甲冑は岩と砂で覆われほとんど衝撃は無い。
やがて視界のほとんどが赤で染まり、溶岩が近づいてきた。
大丈夫とは言うけどやっぱこえーよ!!
「うおおおおおおおお!」
ドッパーン!!
溶岩に落ちたが、本当になんともない。仄かに暖かさを感じる程度だ。
一方黒騎士は獣のような悲鳴を上げながら溶岩に沈んで行く。
やがて爆発が起きたのか、ずんっという衝撃と共に溶岩が大きく盛り上がって弾けた。
やれやれ、なんとか倒せたか…。
溶岩の中でも平気とはいえ、ずっと居るのは精神衛生上良くない。
俺はロッククライミングの要領で上を目指すが、途中で横穴を発見したため少し休むことにする。
「いやー、間一髪だったな。助かったぜ」
『私にかかればあのような相手に力負けする事は無かったでしょう。もう心配は要りません』
『相性が悪かったのは認めるがな…』
土の精霊は得意げだが、人魂状態のウインディは不満そうだ。
『では精霊騎士殿、私に名前を付けて下さいませ』
「えーと、じゃあランディで」
『ランディ…、良い名前です。ありがとうございます、精霊騎士殿』
「タイヨウでいいよ」
『分かりましたタイヨウ殿』
うーん、まあいいか。今はそれより早く上に登らないといけない。
だがふと横穴の奥に目をやると何やら扉のような物がある。
「これ、なんの扉だろ」
試しに押してみると扉はぎぃという音と共に抵抗無く開いた。
同時に魔石灯の仄かな明かりが室内を照らす。
20メートル四方ほどだろうか。部屋の中には誰もいないが、古い実験機材のようなものが散乱している。
奥には風呂くらいの大きさの水槽があり、中には人間のようなシルエットの物体があった。
のっぺらぼうのマネキンのようだが、今にも動き出しそうな生々しさがある。
「これが何か分かるか?」
ランディに尋ねると答えはすぐ返って来た。
『これはホムンクルスですね。我々精霊が宿ることが出来る上質な依代です』
「ホムンクルスということは生きてるのか?」
『いいえ、大昔人の手によって造られた人工物です』
精霊が宿る事が出来るのは精霊の巫女を除けば基本的に無機物だけだったか。
『ふむ、試しに私が入ってみよう』
ウインディがそう言うと、緑色の人魂がマネキンに飛び込んだ。
マネキンはぶるぶると震え、すぐに変化が始まった。
のっぺらぼうだった顔に目と鼻と口が現れ、髪がざわざわと伸びる。
体は丸みを帯び、女性的なフォルムとなった。
ホムンクルスは水中でぱっちりと目を開けるとざばりと水音を立てながら体を起こした。
「ふむ、成功のようだ。精霊甲冑には劣るが、これもなかなか居心地が良いぞ。魔力をあまり貯められないから魔法は使いにくいが、かなり力があるな」
「分かったから体を隠してくれ」
俺はアイテムボックスからタオルとマリカの服を取り出して渡す。
普通に全裸の女性にしか見えない。
身長は170センチ弱ほどあるだろうか。すらっとしたモデル体型に腰まである濃い緑色の髪。
目つきはややきついが何処と無く愛嬌のある顔をしている。
ウインディのイメージにぴったりだ。
「…服が少しきついな」
「マリカのじゃ小さいだろうな。我慢してくれ」
というかそのままじゃ帰れないな。
奈落の底にあった隠し部屋で、精霊が宿れる人形を拾いましたなんて言える訳無い。
ウインディが出るとホムンクルスは元のマネキンに戻った。これならアイテムボックスに入るだろう。
『タイヨウ、この宝石は魔力を感じるぞ』
ウインディが見つけたのはピンポン玉ほどの大きさの赤、青、黄色、緑の宝石だった。
売ればいくらかになるかな? 一応貰っておこう。
他に目ぼしい物も無かったため、隠し部屋を後にする。
その後30分ほど掛けて壁を登り、無事通路まで戻ってきた。
「タイヨウ様、おかえりなさい!」
「無事だとは聞いていたけど本当に登ってくるなんて。大した物だわ」
「というかそれ以外ここに戻る方法が無いですから」
ランディが宿った状態だと壁と手の間に砂が入り込み、容易に登る事が出来た。
ラストガーディアンは倒されたものの、ダンジョンコアがある玄室の扉はもう閉じたそうだ。
10時間で復活するそうだが、俺達はもう戻って大丈夫らしい。
黒騎士の撃破には成功したし、とりあえず一段落である。
魔力切れになっていた支援隊は既に後続部隊が回収したそうで、俺たちが地上へ戻ったらドロシア王女が終息宣言を出すそうだ。
「それにしても見事な戦いぶりだったわね、タイヨウ。4級にしておくには惜しいわ。ギルドマスターには私から3級へ推薦しておきます」
「ありがとうございます、王女殿下」
基本的に級が上がることで発生するデメリットは無いから、ありがたく上げて貰うとしよう。
外に出ると日は完全に暮れていたが、騎士団はもとより多くの市民が待っていた。
ドロシア王女が仮設の台に上り、騒がしくなった人々に語りかける。
「侵入した賊は騎士団と冒険者の協力により排除したわ! 思う存分祝杯を挙げなさい!」
わっと歓声が上がり、王女を讃える声が響いた。
「ドロシア王女殿下万歳! ダンジョンマスター万歳!」
「王都騎士団万歳!」
「冒険者もバンザーイ!!」
集まっていた人々はひとしきり喜びを分かち合うと、家や宿屋や酒場へそれぞれ消えていった。
ドロシア王女は台から降りると大きく息を吐いた。
俺とマリカも黒騎士との2回の戦闘に加え、往復10時間近い行軍でへとへとである。
早く赤鷲亭に戻りたいが、ドロシア王女が話しかけて来た。
「タイヨウにマリカ。ご苦労だったわね。今日はゆっくり休んで明日冒険者ギルドに出頭して頂戴。貴方たち二人には特別報酬を出すわ」
「分かりました。今日はこれで失礼します」
「失礼します!」
公衆浴場は閉まっていたため、酒場で適当に食べて宿へ戻る。
赤鷲亭に戻るとドミニクさんが迎えてくれた。
「タイヨウさんどうだったんだ? 賊は倒したのか?」
「ええ、もう心配要りません。さっき広場でドロシア王女が終息宣言を出しました」
「そりゃ良かった! …疲れてるみたいだな。公衆浴場はやってないし、お湯と手拭をサービスするぜ」
「助かります」
体を拭い終わるとマリカ共々早々に夢の世界へ旅立った。
読んで頂きありがとうございます。GW中も日に一度の更新です。