黒騎士 その2
前衛でここまで到達できたのは俺とギルドマスターだけだった。
やるしかない。
黒騎士は俺よりギルドマスターの方が強そうだと見るやミニガンの弾幕を集中させ始めた。
目に見えない程の速さで左右どころか上下に回避する相手に、黒騎士の注意が一瞬俺から逸れる。
俺は盾を投げ捨てると、スライディングしながら黒騎士が持っていたミニガンの給弾ベルトを短剣で断ち切った。
「よくやった! 囲むぞ!!」
ギルドマスターはそう言うが、正直どうしたものか。
槍を取り出しつつ逡巡する俺を尻目に、ギルドマスターは大剣を振りかぶり黒騎士に切りかかる。
一方の黒騎士は壊れたミニガンを投げ捨てると、右手にバトルアクスを取り出し大剣の一撃をあっさり受け止めた。
そして左手に持った物をギルドマスターの胴に押し付ける。
…まさか!
バンッバンッという破裂音が連続で響き、ギルドマスターは短い悲鳴を上げて仰向けに倒れた。
拳銃かよ!
板金鎧を着ていた筈だが貫通してしまったようだ。
俺は拳銃を持った左手を狙い夢中で槍を繰り出す。
ギィン!という高い金属音が響き、銃身の破壊に成功するも横合いからバトルアクスの一撃が迫る。
そこで水弾が黒騎士を打ち、動きが止まった。
俺はその隙に距離を取る。
「タイヨウ様! 大丈夫ですか!」
「助かったぜ、マリカ」
「貴方、先行しないで!!」
走ってくるのはマリカの他には2級の後衛2名と4級数名、そしてドロシア王女とその護衛のみだった。
ミニガンの掃射を受けて無事だったのはこれだけのようだ。或いは怪我人を回収中かもしれない。
「ギルドマスターを見てくれ。こいつは俺が抑える。マリカ以外は下手に手を出すな」
「頼んだわ!」
ドロシア王女はうめき声を上げるギルドマスターを引っ張って後ろへ下がっていく。
残ったのはマリカと数名のみ。
だが黒騎士が背中に背負った筒からスポンという間の抜けた音が何度かすると、缶ジュースほどの大きさの物体が地面に着弾し広範囲に炎が広がる。
残った後衛ともこれで分断されてしまった。
黒騎士は階段を背に右手にバトルアクス、左手に長辺1メートルほどの長方形の黒い盾を構える。
俺は槍を武具庫に戻すとメイスを取り出した。
「ディーネ、こっちへ来てくれ」
『はいはーい』
一瞬でウインディとの入れ替えが終わると、俺は間合いを詰めつつディーネに指示を出す。
『上手く行くかしらねー』
「まあやるだけやってみるさ。合図したらよろしく」
黒騎士が盾を構えて走ってきた。質量に任せてシールドバッシュの構えか。
「今だ!」
ぶわっと、周囲に霧が広がった。
同時に水で俺そっくりの偽物を2体作る。
黒騎士は霧を振り払い俺の偽物に突っ込むが、ばしゃっと気の抜けた音と共にただの水になった。
一瞬動きが止まるが、右から迫る俺のもう一体の偽物へ横なぎにバトルアクスを振るう。これも外れだ。
その隙に真後ろを取った俺は黒騎士の左ひざ裏に思い切りメイスを叩き込む。
ドン!っと古タイヤを叩いたような感触だったが、左膝を付かせる事に成功する。
「マリカ! エアハンマーだ!」
「エアハンマー!」
更にウインディを宿らせたマリカのエアハンマーが背中に入り、黒騎士はうつぶせに地面に倒れた。
俺は武具庫から大斧を取り出し、全力で右手首を狙う。
バキン! と金属が砕ける音と共にバトルアクスを握ったままの右手が宙を舞った。
マリカはその間も連続でエアハンマーを叩き込み、黒騎士が立ち上がろうとするのを阻止する。
次は足かと狙いを定めた所で、黒騎士は盾を手放し左手に真っ赤に光る魔石のような物を取り出した。
何もしていないように見えるが光はどんどん輝きを増している。
見た瞬間ピンと来た。
表情を伺うことは出来ない。
それでも、ヘルメットの向こうで奴がにやりと笑ったような気がした。
「全員離れろぉおおお!!」
大斧を投げ捨てて全力ダッシュでマリカをさらった直後、黒騎士が石を地面に叩きつけた。
ドカーーン!!!
ダンジョン内に爆音が轟き、腕の中でマリカが悲鳴を上げながら耳を塞いだ。
爆風で20メートルほども吹き飛ばされる。
視界左上の赤いゲージが半分まで減っていた。
ウインディが気を利かせ、ふわりと着地する。
爆風で後衛と俺たちを分断していた炎は消えたようだ。
黒騎士が自爆した場所まで戻ると、容易に傷が付かないはずのダンジョンの床に深さ1メートル、直径5メートルほどのクレーターが出来ていた。
後には元が何だったか分からないほど消し炭と化した残骸しか残っておらず、火はいつまで経っても消えなかった。
ジリ貧と判断した途端あっさり自爆するとは、そこまで証拠を残したくないのか。
ミニガンやパワードスーツをじっくり調べたかったのだが…。まあしょうがない。
足止め役は排除できたものの被害は甚大だ。
ギルドマスターは回復魔法で命は取り止めたものの、大量の血を失ったため戦える状態では無くなってしまった。
一緒に突っ込んだ3級の前衛12名のうち6名は助からず、もう6名もギルドマスターとそう変わらない状態。
4級の前衛は更に悲惨で、俺を除く17名中10名が死亡。残りの7名も全員が重軽傷という有様である。
後衛も石礫の流れ弾だけで死者3名、重軽傷者名4名を出しており、無事なのは防御と回復で魔力を使い果たした2級の4名のみ。
戦闘が可能な状態なのは俺とマリカ以外ではドロシア王女とその護衛くらいである。
先行している黒騎士も同じくらいの強さと考えれば、追撃は難しい状況だった。
ドロシア王女は止めを刺した格好の俺に話しかける。
「見事だったわ、貴方名前は?」
「4級冒険者のタイヨウ・フジヤマと言います。こっちは相棒で5級のマリカです」
「よ、よろしくお願いします」
王女様と話す機会なんて皆無だったろうから緊張してるな。
俺は異世界の王族と話す緊張より、この先の事が気になっていた。
「王女殿下、追撃しますか?」
「そのつもりよ。侵入者は今21階層だけど、10階層と20階層にいたエルダーガーディアンは10分と持たず倒されているわ。今からすぐ追いかけても追い付けるかどうかは微妙な所よ」
「黒騎士相手にラストガーディアンはどれくらい持ちますか?」
「正直分からないわ。そもそも王都ダンジョンのラストガーディアンであるアイアンゴーレムは、侵入者との交戦記録がほとんど無いの。防御が固いから粘ってくれるかもしれないなどと楽観はできないわね。さっき見せたような強力な魔法で瞬殺される可能性もあるし。そうなればダンジョンは黒騎士の手に落ちてしまうわ。目的は不明だけど、私たちにとって良い方向へ転ぶ可能性は皆無よ」
ダンジョン制覇の報酬は主に二種類。
一つは新たなダンジョンマスターとなり、ダンジョン経営で利益を上げる方法。
良質な鉱石を産出できるように調整すれば、コアの魔力が尽きるまで継続的な利益が見込める。
もう一つはダンジョンコアを売り払い、巨万の富を得る方法。
通常の魔石とは比較にならない魔力を秘めたダンジョンコアは、オークションで一生遊んで暮らせるほどの値が付く。
だが黒騎士がダンジョンマスターとなった場合、魔物を沸かせるようにするか、コアを持ち去るか、破壊すると予想される。
通常ダンジョンマスターの座は、ラストガーディアン撃破後に開く玄室最奥のダンジョンコアに触れる事で入れ替わる。
だが王都ダンジョンのマスターは代々王族が儀式によって継承してきた。
この1000年連綿と受け継がれた歴史が終わるかどうかの瀬戸際である。
追撃隊は俺とマリカにドロシア王女とその護衛。そして支援隊として近衛騎士団長以下10名だ。
支援隊の一人がスタミナ回復魔法を掛けながら全員で走って移動し、魔力が尽きたら次の者がスタミナ回復魔法を掛けるという強行軍である。
魔力が尽きた隊員はその場で置き去りになるが、魔物はいないので問題は無いという。
ダンジョンコアを奪われて魔物が沸くようになった時の事は考えないほうがよさそうだ。
既に走り出して2時間が経ち、20階層を過ぎた所である。
このペースなら最下層である30層まではあと1時間といったところか。
最短ルートが分かっているとはいえ、1階層を6分ほどで突破している事になる。
「限界です、後はよろしくお願いします…」
7人目の隊員が力尽き、8人目がスタミナ回復魔法をかけはじめた。
「なんとか間に合いそうだけどぎりぎりね」
ドロシア王女は走りながらも侵入者の状況を確認しているようだ。
「タイヨウ、最早貴方たちだけが頼りよ。どうか王都を救って頂戴」
「最善を尽くします」
騎士だったら命に代えてもとか言うんだろうけど、こういうのは口に出すとどうしても安っぽくなっちゃうからな。
それにどの道やる事は変わらない。黒騎士を倒すだけだ。
更に1時間弱走り、29階層の途中まで来た。支援隊は最後の近衛騎士団長を残すのみだ。
ドロシア王女が声を張り上げる。
「黒騎士は最後の階段を降りているわ! 扉に入られる前に捕捉するわよ!」
「殿下、どうかご無事で!」
近衛騎士団長が力尽きた。後は俺達だけでやるしかない。
最後の階段の入り口が見えたが、まだ黒騎士の姿は無い。
階段を降りついにその姿を捉えたが、ラストガーディアンが待つ最後の部屋の大扉はもう閉じかかっていた。
「まずい、急いで!」
全員更にスピードを上げるが、無常にもごぉんという音と共に扉は閉まってしまった。
「少し待って! 今開けるわ!」
どうやらダンジョンマスターの権限で戦闘中開かないはずの大扉を開けるらしい。
ほどなくして扉は開いたものの、目に飛び込んで来たのは崩れ落ちるアイアンゴーレムの姿だった。
「そんな、アイン!!」
王女が悲痛な叫びを上げる。アイアンゴーレムの愛称か?
扉から真っ直ぐ伸びた幅20メートルほどの通路。
両側は暗い深遠が覗いているが、遥か下の方にかすかに赤いものが見える。
どうやら落下した先は溶岩らしい。
その溶岩へとアイアンゴーレムは真っ逆さまに落下していった。
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