黒騎士 その1
ダンジョンの入り口前を離れたものの、王都全体が騒がしく観光ができるような雰囲気では無くなってしまった。
カフェで茶を飲みながらさてどうしようかと思った所で、ギルドカードからりんりんと鈴の音が響いた。
マリカと共に慌てて取り出すと俺のカードだけが黄色く光っている。
初めて見たが説明は受けていた。周辺にいる冒険者を緊急招集する合図だ。
黄色は「30分以内に最寄の冒険者ギルドに集合」である。
ちなみに赤色は「大至急最寄の冒険者ギルドに武装した上で集合」で、これが出されるのは魔物の大発生時くらいだ。
黄色とはいえ、何かとんでもない事態が起きている事だけは確かだった。
「タイヨウ様、これって…」
「俺だけってことは4級以上ってことだな。とりあえずギルドへ行こう」
小走りで10分ほど進むと、冒険者ギルドの建物が見えてきた。
既に人でごった返しており、中に入るのが難しいほどだ。
ギルドの職員と思しき男性が声を張り上げている。
「召集が掛かった人のみ中に入って下さい! 急ぎの用件の方はこちらの仮設ブースで承ります!」
「マリカ、宿に戻っていろ。ディーネ、頼んだぞ」
「うん、分かった」
『はいはーい』
俺は黄色く光ったカードを掲示して建物の中に入る。
奥の会議室のような場所に通されると、30人ほどが待機していた。
おいおい、ここは10万都市の王都だぞ。なんでこれだけしかいないんだ?
…いや、そうか。王都周辺の魔物はそれほど強くない上、騎士団が訓練がてら常に駆逐しているため他の都市に比べて討伐依頼が非常に少ない。
高ランクの冒険者はダンジョン近くの町へ散ってしまい、ここにいるのは護衛依頼を受けに来た低ランクか、たまたま王都に居ただけという者なのだろう。
タイミングから言って緊急招集がダンジョンに関する物であることは想像に難くない。
問題はその内容なのだが、あまり面白そうな物で無い事は確かだ。
10分ほど経ち、もう5人が入った所で会議室の扉は閉められた。
ギルドマスターと思しき禿頭の中年男性が口を開く。
「皆良く来てくれた。王都冒険者ギルドのマスター、アンドレイだ。この場に居るのは4級以上の者で、総員41名。なおこれから話す事は事態が収まるまで口外無用で頼む」
嫌な予感しかしないな。
「王都ダンジョン第一層。最初の部屋から奥へ続く通路を警備していた騎士団の制止を振り切り、2名の賊が侵入した。ダンジョンマスターによると1名はひたすら奥を目指して進んでおり、もう1名は第一層から下へ降りる唯一の階段前に陣取り追撃を足止めしている」
たった二人なのに足止め要員を置くとは余程自信があるのか?
「今から30分前、ドロシア王女から冒険者ギルドへ協力要請があたっため緊急招集を行った。目標は侵入者2名の排除だ。何か質問は?」
一番前に座っていた大柄な冒険者が声を上げた
「敵の強さと得物は?」
「…警備の制止を振り切ったと言ったが、実際はほぼ全員殺されている。二人とも黒い甲冑を着ているため仮に黒騎士と呼ぶが、足止めしている方は見た事の無い魔術杖を使い石礫の魔法を放つ。付呪を施した騎士団のプレートメイルを盾ごしに貫通したそうだ」
室内がざわついた。
付呪付きのプレートメイルが…どうやって防ぐんだ…などネガティブな意見が多い。
石礫の魔法は見たことが無いが、単純な投石であっても形状次第では革鎧を貫通するほどの威力がある。
俺の精霊甲冑ならウインディの矢避けやディーネの水鎧でどうにかなるか?
いや、大盾を構えて突っ込めば…などと考えているとギルドマスターの声が響いた。
「皆落ち着け! 人数が不足している事も、相手がとんでもなくヤバイ事も分かっている。討伐にはドロシア王女と私も同行する!」
ざわついていた室内がぴたりと静まった。
オイオイ、王都の危機とはいえ王族が前線に行くとか正気かよ。
周囲からひそひそ聞こえる声からするとギルドマスターは元1級冒険者であり、実力は十分なようだ。
ただ数日前に王都から3日の平原でドラゴンが目撃されたという情報があり、数少ない上位冒険者はそちらへ行ってしまったらしい。
改めてメンバーの確認が行われたが、集まった者の中に1級冒険者はおらず、2級冒険者は回復か補助魔法しか使えない後衛が4名のみ。
3級冒険者は前衛12名だが休暇や観光で訪れている者が多く、半数が鎧や武器を修理に出してしまっていた。
十分な装備で前衛を張れるのは6名だけで、あとの6名は慣れない借り物で参加する事となった。
4級冒険者は25名で、前衛は俺を含め18名。回復や補助魔法を使える後衛が7名だった。皆不安な表情を隠せていない。
時間さえかければ戦闘の才能が無くても4級までなら上がることが出来る。
果たしてまともに戦えるのがどれだけいることやら。
そうだ、マリカを連れて行って良いか聞いておかなくては。
「相棒が5級の魔法使いなんだが、連れて行っていいか?」
「本人が希望するなら構わないが、今の話を聞いて行こうと思うかね?」
「大丈夫だ。俺が行くと言えば必ず来る」
というより来て貰わないと困る。
質問が出なくなったため、一旦解散して武装し1時間後にダンジョン入り口に集合となった。
なお時間までに来なかった場合は厳しいペナルティが付くそうだ。
俺は急いで宿へ戻ってマリカと合流し、事情を説明しながらダンジョンへ直行した。
そのまま中に入り最初の部屋で待機する。
全員来ている事が確認されると、時間を待たずギルドマスターから説明が始まった。
「ここから第二層へ繋がる階段までは20分ほどだ。既に2度突破を試みたが失敗している。今は3度目の攻撃中だが、これで駄目なら我々の出番となる。俺含む前衛が全員突撃するが、この時後衛は可能な限り守りと矢避けの魔法を掛けてくれ。接近したら四方から囲んで袋叩きにしろ。今言えるのはこれくらいだ」
烏合だから数と個人の質を頼んだ力押ししか出来ないのは分かるが、あんまりな気もする。
そもそも騎士団だって同じ手を使って失敗を繰り返してるんじゃないのか?
俺の考えと同じような冒険者が声を上げた。
「騎士団はどんな状況なんだ?」
「1度目は大盾を2枚重ねて隊伍を組んで接近しようとしたが、強力な火魔法と思われる攻撃により壊滅。2度目は弓と魔法による遠距離攻撃に徹したそうだが、効果が見られず逆に石礫の魔法による反撃を受け撤退。3度目は霧を発生させたうえで軽鎧に矢避けの魔法を掛け全員で突撃するそうだ」
だが直後に伝令から3度目の攻撃が失敗したという報告が入る。いよいよ俺たちの出番だ。
ドロシア王女が声を張り上げる。
「先行している侵入者は間も無く15層を過ぎ、最奥である30層まで半日と掛からず到達します。ラストガーディアンを撃破され、ダンジョンコアを奪われれば王都の安全が脅かされるわ! 冒険者の諸君、どうか力を貸して頂戴!」
応! と、王族の手前一応返事だけは大声でしておく。
どうなるか分からないが、覚悟を決めるしかない。
ギルドマスターとドロシア王女を先頭に、隊列が進み始めた。
第二階層へと続く階段の手前。
横幅50メートル、奥行き100メートルほどの回廊の中、階段を守るかのように黒い甲冑の騎士が居た。
もっともダンジョンの中は薄暗くて奥までは見通せず、シルエットしか確認出来ていない。
俺達は部屋に入る直前の曲がり角から中の様子を伺っていた。
そこかしこに鎧や盾や剣だったものが転がっているが、死体は無い。
既にダンジョンに吸収されてしまったようだ。
ギルドマスターとドロシア王女を囲んで最後の打ち合わせが始まる。
「ではドロシア王女は一番後方で後衛の指揮をお願いします。前衛組みは俺の後ろに遅れず付いて来い。後衛は我々に補助魔法を掛け、前衛が突っ込んだら支援に徹しろ。最悪俺が死んでも王女殿下だけは命を懸けて守れ。以上だ」
雑と言わざるを得ないが、他に手の打ちようも無いのが現実だ。
…最悪何もかも投げ捨ててマリカを連れて外へ逃げよう。
王都の安全は大事だが、命を張れるかと言われれば答えはノーだ。
まあやるだけの事はやろう。俺は戦神の武具庫から大盾を取り出す。
「マリカ、水盾を頼む」
「はい!」
マリカが大盾を水で覆う防御魔法を掛ける。
更に精霊甲冑に宿ったウインディが矢避けを発動させ、俺の準備は完了した。
他の前衛も後衛からあらん限りの支援魔法を掛けられている。
全員の準備が整った事を確認し、ギルドマスターが突入までのカウントダウンを始めた。
「5、4、3、2、1、ゴー!!」
25人の前衛が一斉に飛び出し、散らばって走り出した。
一塊でいれば強力な炎の魔法で一網打尽にされかねない。
石礫の魔法を各自で凌いで肉薄する作戦だ。
だが。
ドドドドドドドン! ドドドドドドン!
硬質の物体が間断無く後ろの壁や地面を叩く音がする。同時にいくつもの悲鳴がそこかしこから上がった。
俺は盾を斜めに構えてとにかく走る。
爆発音と共に前方を走っていた一人が天井近くまで吹き飛ばされた。
途中2度石礫を受けたが、大盾は矢避けで逸らし切れなかった礫を受けてぼろぼろになりながらも仕事を果たす。
残り30メートルほど。黒騎士を直接視認出来る距離まで来て正体が分かった。
くそ! なんだよコイツは!! こんなのありかよ!
心の中で愚痴るがどうしようもない。
黒騎士と呼ばれていた敵は漆黒のパワードスーツを身に着け、ミニガンを乱射していた。
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