第6話 ドラゴンの巣へ、そして出会ったチビモンスターは
「今日は絶好の戦い日和よ!いぇ~い!」
「そんなピクニックみたいなノリで!」
それに、今雨だし。
「何言ってんの!雨だと、視界が悪いでしょ?足場が滑るでしょ?」
雨での戦いの欠点、熟知してんのかよ。だったらなおさら、何で戦い日和だなんて……。
「だからこそ良いのよ!」
はぁ?そんな困難で喜ぶの、ドMぐらいだぞ?
「確かに、雨は私たちにとって悪い状況だわ。でもね、そんなの相手のモンスターだって一緒なのよ!いいえ、武器を持ってるぶん私たちの方が強いわ!」
卑怯な考え!
「私たちには、大砲もあるのよ!雨でモンスターは大砲が見えないでしょうから、今日は私たちの完勝ね!」
だから卑怯!
「つーかさ、雨だったら火薬湿るから大砲撃てねぇんじゃね?」
思いついた疑問を投げかけてみる。エルが音をたてて固まった。
「で、でも!私たちには刀があるのよ!」
うわ、ポジティブだなー……。
「まあいいや。んで、今日はどこで戦うんだ?」
「はぁ?あんた、創世主名乗っといてそんな事も知らないの?」
そこまで覚えてねぇよ!
「しょうがないわね、教えてあげるわ。今日行くのはとあるモンスターの巣」
「とあるモンスター?」
の、巣?モンスターの巣なんかあんの?
「ええ。これは極秘機密なんだけど、あんたになら教えてもいいかしらね。そのモンス
ターとはね……」
「そのモンスターとは?」
「牛よ!」
「何だ、牛かぁ……」
何だよ、あんだけ期待させやがって。
でもまあ、安心してる自分もいる。あのドラゴンの戦いは怖くてトラウマものだったから、あんまり怖いのはしばらく嫌だったんだ。
「っていうのは嘘で、あのドラゴンの巣よ!」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
あのドラゴンて、あの、前にどっか行っちゃった、炎を吐く、最強の、あのドラゴン!?
「無理無理無理無理無理無理無理」
怖いよ。おっかねぇよ。あんなドラゴンが待ち構えてるとこに、わざわざ自分から行くことねぇよ。わざあわざ死にに行ってるようなもんじゃねぇかよ。
「俺は留守番しとくぜ……」
「あらそう。意外と弱虫ね。人間もどきのくせに」
「人間もどきだって命は惜しいんだ!あと、そう呼ぶなっつっただろ!」
「あ、ほんとだ。悪かったわね。でも、ほんっとうに弱虫なのね。高良のくせに」
「俺の名前を悪口みたいに!分かったよ、行きゃあいいんだろ!」
「そうこなくっちゃ!」
エルは鬼だと、何気なく思った。
「ここが……」
「そう。ここが、ドラゴンの巣よ」
「何つーか……、普通に洞窟なんだなぁ」
「うん。ここで、ドラゴンは子供二匹と一緒に住んでるらしいの」
「へー……。あれ?前に会ったドラゴンって、オス?」
「メスよ?」
「えぇぇぇぇぇぇ!メスであの強さかよ」
「何よ。女をバカにしてもらっちゃ困るわね。あんたも私より弱いくせに」
「悪ぃ……。んで、夫のドラゴンはどこにいんだよ?お前の話だと、一緒に住んでねぇんだろ?」
「んーとね……。知らない。聞いた情報にそんなの無かった」
「ちょっと待て。この話って、どこ情報なんだ?」
「それは言えないわね。信頼出来る、ある筋からよ」
「へー……。あ、でもドラゴンの巣の場所を見つけられるなんて余程すごい人なんだろうな」
「ええ!ミーシャは私の師匠だものね!」
「言っちゃってるじゃねぇかよ……」
「あ」
エルがあわてて口を押さえる。でも、もう後の祭りだ。
「ふぅん。ミーシャっていうのか~」
「いっ、いやっ、そのっ、違うから!」
エルがあたふたと両手を振り回す。
「お前に師匠なんかいたんだ?」
「うんっ!ミーシャはね、かっこよくて、頼りになる、軍の副隊長なの!」
エルの目がきらきらと輝く。きっと、すごい人なんだろうなぁ。一度会ってみたいなぁ。
「隊長、創世主様。静かにしてください」
後ろにいた兵にたしなめられる。
「あ、ああ……」
あわてて口をつぐむ。
ドラゴンに見つからないように少数の部隊で来た俺たちは、草の陰に隠れていた。
ドラゴンをやっつけるのならもっと人数が多い方が良いんじゃねぇかと思ったけど、作戦を聞いてみるとドラゴンの食い物に爆弾を入れるだけらしかった。多分、ドラゴンの皮膚が外部攻撃に対して無敵だったから中からやっつける事にしたんだろう。何ともずる賢い作戦だと思う。まあ、戦いに卑怯も何もねぇんだけどな。そんな事を楽々と言えるなんて、俺も馴染んできたなぁ。
「高良」
「ん?」
「見て」
エルが洞窟を指差す。見れば、デカいドラゴンがのっしのっしと出てくるところだった。ドラゴンが一歩踏み出すたびに、地面が揺れる。
「うわ……」
情けない話、俺はがたがたと震えていた。地面が揺れた事と間近で見たその迫力に、腰を抜かしちまったんだ。トラウマが、あの光景がフラッシュバックする。積み上げられた死体、間近に迫る尻尾、死への恐怖……。
「高良!何やってんの!」
エルに叱咤されて、何とか落ち着いた。
「親ドラゴンが餌を探しに行くんだわ、きっと……!」
「隊長、今のうちに……」
「待ちなさい。今はまだ、気づかれる恐れがあるわ。親ドラゴンがもう少し、巣から離れてから……」
全員で固唾を呑んで、エルからの命令が下るその時を待つ。
あの大きな巨体が見えなくなり、地響きが収まってきたところで、エルはようやく命令を出した。
「今よ!全員、突撃!餌を探すのよ!」
少数ながらも精鋭の兵たちが、我先にと突入していく。エルも、一番乗りで洞窟の中に入った。
「みんな、勇気あんなぁ……」
俺は無理だ。もし、親ドラゴンが帰ってきたらどうする、見つかったらどうする。そういや、子供のドラゴンがいるって言ってたじゃねぇか。子供とはいえ、ドラゴンだ。二匹もいるんだし、見つかったら一発で終わりだぞ……!
そんな後ろ向きな考えが、頭から離れない。
『あいつらに任せといて、自分はここで待ってよーぜ』
そんな、俺の中の悪魔の囁きが聞こえる。同時に、天使の声も。
『ダメだ!高良、お前は創世主なんだろ!誰よりも率先して行くべきじゃないか!』
『だからこそ、だろ!元々、高良は平和な日本で生まれ育った普通の高校生なんだ。何の才能も無い、平凡な。だから、戦いのプロであるあいつらに任せときゃいいんだよ!』
言ってる事ひどくないか、俺の中の悪魔。まあ、本当の事なんだけどさ。
でもまあ、悪魔の言う通りだよな……。戦いに向いてるあいつらに任せとけば……。
『ダメだよ、逃げちゃ!ね、高良?せっかくここまで来たんだし』
励ますような、天使の声が頭に響く。自分の天使に励まされるなんて……。
「そうだよな。行かなきゃ!」
俺は、急いで洞窟へと入っていった。
洞窟の中は意外と広い。まあ、あんなデカいドラゴンとその子供が二匹いるんだったら狭いぐらいかもな……。子供ドラゴンがどんなサイズが知らねーけどよ。
洞窟の中央近くで、エルが兵たちに指示を出していた。兵は、その周りを忙しそうに動いている。
「エル!悪い、遅れて!爆弾はどうなったんだ?」
「高良、遅いわよ!それで、爆弾なんだけど、ちょっと複雑な事になっててね……」
「複雑な事って?」
「え、餌が無いのよ……。爆弾を仕掛ける予定だった餌が……」
「餌?」
作戦で言ってた、爆弾を仕掛ける餌か……。
あー、そういやあの親ドラゴン、飯を探しに行ったんだっけ?探しに行くって事は、もう無いって事……。マジか。
「じゃあ、どうすんだよ」
「そうね。この洞窟を潰そうかと思ってるの」
「洞窟?」
「ええ。殺しは出来なくても、傷は負わせられるんじゃないかって思ってね」
「なるほど……」
「それに、子供がいるんだったら体張って守るでしょうしね。逃げるなんて事のなさそうだから、大丈夫よ」
「……お前、何気にえげつない事考えるよな」
「そう?戦いの世界では当たり前のことよ。この世界は、殺られるか、殺るかだもの」
当たり前のように、どうどうと言うエル。
そういや、さっきから気になってた事があんだけど……
「エル。子供のドラゴンってどこにいんだよ?この洞窟の中にいんだろ?」
見当たらねぇけど。
「あ、本当ね。どこにいるのかしら。みんな!子供のドラゴン見かけた?」
そこら辺を動いている兵たちに声をかける。
「見てないですよ!」
「俺もです!」
「どこにもいないっすよ!」
「…………(ピコピコ)」
「この洞窟は奥に続いているので、そこではないでしょうか?」
「親ドラゴンと一緒に外に行ったのではないか?」
「右に同じ」
「…………見ていません」
ん?今、一つだけ聞き逃せない情報があったような?
エルも同じ事を思ったんだろう。返事をした兵のうちの一人に声をかけた。
「ちょっと?私が問いかけてるのに無視してゲームてどういう事よ!良ーい根性してんじゃない!」
違った!エル、注目すべきはそこじゃねぇ!確かに、精鋭しかいねぇはずの部隊でサボってゲームしてる奴がいんのはあれだけどさ、今はもっと重要な事があるだろう!ほら、五番目に言った奴が言ってたじゃねぇか!「この洞窟は奥に続いてる」って!
「…………」
「ちょっと?答えなさいよ。ていうか、あんたまず誰?見かけない顔じゃない」
あちゃー……。エル、怒っててまったく話聞いてねぇ……。こうなったら、ちょっと奥行ってみっか!怖いけどよ、ドラゴン見つけたらすぐ逃げ帰ってくりゃいいんだし?ここでエルの怒りが静まるまで待ってる間に親ドラゴンが帰ってくる可能性がある。はっきりいって、そっちの方が怖ぇ。
「んもう!いつまで黙ってんのよ!」
エルがわめく後ろを、そーっと通る。すると、エルに責められていた男が口を開いた。
「仕事がもう終わったからだ」
「は?あんたの仕事はねー、この巣に爆弾を仕掛ける事なの!」
「ハッ」
言い聞かせるようにして凄みを利かせるエルを、男が鼻で笑った。
「な、何よ!何か文句あんの?そのために集められた兵でしょ?」
「それは違うな」
「へ?」
「俺の仕事は確かにここに爆弾を仕掛ける事だが、あんたらとは目的が違う。あんたら
はドラゴンを倒す事、俺は……」
男が、内ポケットの中から何かを取り出した。
「スイッチ……?」
抜き足差し足忍び足で洞窟の奥へと向かってた俺も、〈それ〉に吸い込まれるようにして動きを止めた。
「俺は、あんたらごとこの洞窟を壊すように言われてんだ。……跡形も無く、木っ端微
塵にな」
「へ?」
男が、ポチッとスイッチを押した。その途端、洞窟の壁が怪しく点滅し始める。違う、壁が点滅してるんじゃない。壁に取り付けられた大量の何かが、一斉に点滅してるんだ。そして、さっきの話が本当だとすれば。この点滅してる黒いものは……爆弾!
「この壁中の爆弾が爆発するのは、あと十秒だ。せいぜい生き延びるんだな」
どっかで聞いたような決め台詞を残して、男はボムッと消えた。エルは一瞬ぼーっとしていたが、すぐに正気を取り戻した。
「みんな!出来るだけ遠くに逃げるのよ!急いで!」
兵たちが出口へ向かう。くそっ、ここからだと出口にたどり着くまでに十秒が過ぎちまう!奥に向かってたのがまずかったか!
「こうなったら、出来るだけ奥に……!」
とにかく、爆弾から離れないと。足が自然に動き、とにかく奥へと向かう。火事場のバカ力ってやつだろうか。今五十メートル計ったら、絶対に個人記録を超えてると密かに思った。
あと八秒。
「急げ!」
あと七秒。
「って、道が分かれてるっ?いったいどっちに……。んー、こっちで!」
あと六秒。
「うおっ、カーブ!」
あと五秒。
「また道が分かれてるし!もうどっちでもいいや!こっちで!」
あと四秒。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ。何か、いきなり一直線だな……。まあ、こっちの方がスピード出せるからいいけどよ!」
あと三秒。
「エルたちは無事に逃げれたかな……」
あと二秒。
「って、今度は十字路かよ!まるで迷路だな!……まあいいや、まっすぐで!」
あと、一秒。
「え、モンスター!?何でここに」
ゼロ。
ピッ
ドゴーンッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!
遠くで爆発した音がした。曲がり角や十字路を突き抜けて、爆風が押し寄せる。こんなに曲がりくねったとこまで爆風が届く時点で、爆発の凄まじさが分かった。
ごろごろごろ
石や岩ででこぼこしてて痛い道を、爆風で吹っ飛ばされる。
「あんな爆発でエルたち大丈夫か……?」
まあ、俺よりも体力のある奴らだし、俺よりも遠くに逃げられただろう。
「それより、自分の心配しないとな……っと!」
かけ声と共に、何とか起き上がる。
「お前も大丈夫かー?」
少々打った頭をさすりながら、俺は腕の中の奴に声をかけた。
「くぅ!」
丸々っとした体に、やわらかそうな毛並み。頭の上にちょこんと生えた角。笑った時に見える牙は鋭い。くぅくぅという謎の鳴き声を発していて……。なんか、とにかくかわいい。
そいつ―――モンスターは、俺の腕の中でにこっと笑った。
「にしてもお前、何でこんなとこにいたんだ?」
入り組んだ迷路の中で。あと少しで爆発するという時に見つけた、小さなモンスター。立たせたら俺の膝まではありそうだ。
「よっしゃ、俺はここから出ないとな。どこから来たっけ?」
「くぅ」
「あ、あっち?」
「くぅくぅ!」
「そっか。じゃあ行ってみっか」
「くぅ!」
チビモンスターが指差した方向に行ってみる。
「あちゃー……」
道は、きれいに潰れていた。多分、爆発の衝撃でだろう。やばい、出れなくなったかも……ていうか、洞窟の中が潰れてんなら俺が今いるところが潰れんのも時間の問題じゃねぇか!何か、がらがらっていう嫌な音も聞こえるし!
「やばいやばい」
こっから奥に行っても、余計に迷うだけだ。でも、これ以上前には進めない。奥に行かないと洞窟が崩れてきてるし……。でも、その奥もいつか潰れる。
……詰んだ。もう、どこに行っても死ぬ。この世界に来てから詰んでばっかだな、俺……。
「悪ぃな。もう、ここから出れねぇみたいなんだ」
チビモンスターの頭を撫でる。ふわぁ、気持ち良い……。
「くぅ」
「ん?」
「くぅ、くぅくぅ」
「え?ここの瓦礫をどかせば出れるって?無理だってそんなの」
「くぅくぅ!」
「やってみないと分からないなんて言われてもなぁ……。見るからに無理だよ。ここ、出口から結構遠いから結構な量の瓦礫があるだろうし。どかしてる内に崩落に巻き込まれて死んじまうって」
「くぅくぅ!」
「え?お前が何とかしてみせるって?」
「くぅ!」
何でだろう。チビモンスターとコミュニケーションが取れてる。
「無理だって。いくらお前がモンスターでも、まだ子供……」
「くぅっ!」
ボォォォォォッ
「…………え?」
道を塞いでた瓦礫が。
一瞬で、消え去った。
「え、お前、今……」
間違いない。見間違いなはずがない。こいつは今、火を噴いた。子供といえども、その火力は桁違い。そして、俺はその炎を見た事がある。
「お前、まさか……」
洞窟の奥。桁違いの火を噴き、牙が鋭く、角が生えてる。
「お前……、ドラゴンの子供!?」
「くぅ!」
「マジか……」
「くぅ?」
チビ……いや、ドラゴンが心配そうにこっちを向いてくる。『怖い?』って聞いてるような気がするのは、多分気のせいじゃないだろう。
「怖くなんかないさ!」
なんかの曲の歌詞を呟いてみる。こんなかわいいモンスター、ぜんっぜん怖くない!うん、怖くない、怖くない。いや、でもあの火力を見たら……。まぁでも、見た目はかわいい。ゆるキャラみたいな感じだ。
「そっかー。親があの凶暴なおっそろしいドラゴンだっていうからどんな奴なのかって思ってたんだけど、なんだ、こんなにかわいかったのかー!こんなのに怯えてたのか、俺は。ははっ、情けねぇ」
親のドラゴンは硬くて最強なのに、何でこいつはこんなにやわらかいんだ?
「くぅ、くぅ」
「え?あぁ、洞窟が壊れそうだからさっさと出ようって?その通りだな!急いで出るか!」
こいつが消してくれた瓦礫のおかげで、出口が見える。俺はチビを抱えなおすと、急いで走り出した。




