第50話 諦めなければいけない
「ごほっ、ごほっ」
リオラに渡された水を飲みながら、軽く咳き込む。
「勢いよく飲みすぎ……」
「しょうがねぇじゃん、俺の胃袋に何かが入るの何日ぶりだと思ってんだよ」
「ちょっと待って……」
「ちょ、計算し始めなくていいから!」
どこかから取り出したノートが、高速に計算式で埋まっていく。これが研究者か……。
「お兄ちゃんっ!無事で、無事で良かったよ~っ!」
「分かった、分かったからいい加減泣き止め。そんで俺の腰からどけ」
くぅも、いきなり腰にしがみついてから離れやしない。なんつーバカ力だ、引っ張ってもびくともしねぇ……。
「リオラ?高良に水を飲ませるのはもう少し後でも良かったんじゃないの?喋れるようになった途端にうるさくなったわよ」
いきなり無慈悲なことを言い出すエル。
「ごめん……」
謝らないで!?
「ひゃっほー!です!」
「ちょ、スピードが速すぎですよ」
「良いじゃないですか!」
「ぎゃああああああ」
前の席ではしゃぐ、アリシアとナオ。
「あのさ……、これからどこに行くの?」
あれ?こういう話、前にもしなかったっけな?
「高良を元いた世界に帰すわ」
「……………………は?」
え、え、ちょっと待って。今、さらっとすごいこと言わなかったか?
「え、なんて……」
「高良を元いた世界に帰すって言ったのよ」
「……………………帰す?誰を」
「高良を」
「……………………元いた世界に?」
「うん」
「……………………ちょっと待って。え?俺を、元いた世界に、帰すって言った?」
「うん、言った」
「何で急に」
「それはまあ……色々」
「どうやって」
「このノート使って」
そう言ってエルが取り出したノートに、俺は飛びついた。
「これ……!」
俺の、大学ノートじゃねぇか……!
「これで、帰れるのか?」
「うん」
「そうか……」
「どうする?帰りたい?」
エルが、俺の目を覗いてくる。
「帰る、か……」
いきなり見つかった、帰る方法。
そりゃあ、日本には未練がある。俺にだって仲の良い友達はいたし、高校生活も結構充実していた。帰りたくない、と言ったら嘘になる。
でも、帰ったらこいつらとはお別れだ。こいつらに出会えたのは、本当に偶然で、奇跡で。きっと、帰ったらもう二度と会うことは出来ない。
気がついたら、五人が揃って俺を見つめていた。
「どうするの……?帰るのも、ここに残るのも、高良の自由だよ……?」
リオラがそう言う。でも、その目は『帰ってほしくない』と訴えていた。
みんなの目も同じ。でも。
「俺は、帰るよ」
俺は、本来この世界にいてはいけない存在だから。これ以上俺がいても、闇雲に歴史をかき回すだけだ。
それに。
この世界に来れた。
みんなと出会えた。
二ヶ月だけだけど、みんなと一緒にいれた。
それは、本来あり得ないことで。
神様が、偶然起こしてくれた奇跡だから。
だから、それだけで充分。
もう、これ以上を望んじゃいけない。
帰りたくない、みんなといる、と言うのは贅沢なわがままだ。
「……そう」
エルが、そう寂しげに呟く。諦めなければいけないけど、諦められないような、そんな複雑な表情で。
みんなも、それは同じだった。
そして、俺も同じだった。




