第49話 仲間のいる日常
そして、更に一週間後。
ギィィィィィ……
鉄格子が、音をたてて開く。
「出て来い」
入り口に立つ男が、俺には死神に見えた。
「早く」
男に急かされて、俺は出ようと……って、動けねぇんだよ!嫌がらせか!
体に巻きついている鎖をじゃらじゃら鳴らして、男もようやく気づいたようだ。持っていた鍵を取り出して、鎖を次々と取っていく。
しばらくして、俺を縛っていた鎖は全部取れた。
「よし、出ろ」
よっしゃ、今度こそ……って、足枷ぇ!こいつも一緒に外してくれよ!
「あぁ、悪い」
足枷も取り外される。じゃあ、ついでに手枷も……はい、調子のりました。手枷は手錠みたいなものなんだし、外してくれるわけないですよね、はい。
立ったら天井に頭が当たるから、匍匐前進で何とか牢から這い出る。。
「っはぁー」
久しぶりに体が動かせる。ずっと狭い地下牢にいたからか、解放感が半端ない。
まぁ、もちろん解放されるわけじゃないけれど。
「着いて来い」
男が歩き出す。手枷に繋がる縄を引っ張られて、俺はよろめきながら後を追いかけた。
殺風景で暗い地下牢の通路を歩いて、着いたのは広場。とは言ってもこれまた殺風景で、砂以外何もない。
その代わり、広場の周りは多くの人でにぎわっていた。
「罪人、高良陽!死刑を、実行する」
そんな声が広場に響く。その途端、歓声が響いた。
「ほら、さっさと上れ」
急き立てられて、言われた通り台の上に立つ。その後ろから棒が現れ、手足が縄で縛り付けられていく。
これは、磔とかいうものだろうか。あの、イエス=キリストもやられたやつ。
体が完璧に縛り付けられると、台が退かされた。そして、棒の根元に火が放たれる。
「熱っ」
まだ足にも当たってないのに、熱すぎる。これに焼かれるとか、もう想像したくない。あーあ、嫌な死に方だわ。
どっかの魔女裁判も、こんな感じだったのかな。
「…………」
ただひたすら黙って、目を閉じて、死を待つ。熱っ!熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!なに、急に今までとは比べ物にならない熱さが足に!あ、足に火が届いてきたのか。って、熱い!熱いとしか言いようがない!こんな熱さで目を閉じて死を待てるほど、俺は悟りを開いた人間じゃねぇんだよ!続いて、足首にも熱さが伝わってきた。あああああ、熱いっ!皮膚がじわじわ焼けていく!
汗がすごい。目にも汗が入って、でも手を縛られてるから拭うことも出来ない。
熱いと声に出して叫びたいのに、ずっと何も食べていなかった俺の喉が発するのは「うぅ……」という呻き声のみ。
火は、じわじわと、でも確実に俺の命を奪いにきていた。
料理中の火傷なんか比べ物にもならない、絶望的はほどの痛み。死ぬまでずっとこんなのなのか?そんなの嫌だ!
痛みで目が霞む。
「きゃあっ!」
そんな悲鳴が、広場に響いた。
「なん、だ……?」
閉じそうになっていた目を見開く。
ぼんやりとだけど、観客たちと広場の間に設けられていた柵が倒されているのが見えた。そして、人混みの上から跳んでくる、見覚えのある、爆発したはずのあの車が。
その車で身を乗り出しているのは。あれは。ぼんやりとしか見えない。ありえない。でも、あのオレンジの髪は―――
「高良!」
久しぶりに。
エルの声が、俺の名を呼んだ。
「ェ……ル……?」
「くぅっ!さあ、あの忌まわしい棒を燃やしてっ!」
返事よりも先に、炎が放たれた。
「く……ぅ……」
縄が、ぱさっと乾いた音をたてて落ちる。俺は、少しぐらつきながらも何とか着地した。
「え……」
自由だ。
俺を縛るものはない。
歩ける。走るのは……難しいかもしれない。でも、俺は自由だ。
ただ、そんな状況がよく分からなくて。俺はただ、呆然と立ちすくんでいた。
「高良っ!助けに来たわよ!逃げましょう!」
霞んでいる視界に広がる、オレンジ色。
俺に伸ばされた、その手を。
「おう……!」
俺は、しっかりと握り締め返した。
「行きますよっ!」
車のタイヤが勢いよく回り。
「お兄ちゃんーっ!」
腰辺りに激痛が走り。
「良かったです、無事で」
そっと、控えめに言われ。
「間に合った……!」
少し、ガムの匂いが漂って。
「さあ、逃げるわよーっ!」
追いかけてくる兵を後ろに見ながら。
俺は、仲間のいる日常へと戻ってきた。




