第5話 癒しの天使とグロい救護所
「高良!この人、持てる?」
「おう!エル、悪ぃけどさ、今担いでるその人よりこっちの人の方が重傷なんだ。担ぎ直してくれねぇ?」
「大丈夫よ。両方持てるから」
「あ、そういやそうだったな……」
ドラゴンは、いつの間にかいなくなっていた。俺らは、けが人を救護所まで運んでいく仕事を振り分けられた。神様扱いの俺にも仕事がきたのは、……まあ、無理矢理。
それにしても、またエルと一緒にいられるのは嬉しい。エルも、すっかり元通りだし。まあ、元通りすぎて気味が悪くなったけど……。
「救護所ってここら辺なんだよな?」
エルに何度も確認する。
「そのはずなんだけど……」
エルがきょろきょろと周囲を見回す。……救護所らしき建物は、どこにも無い。
「ま、まあとにかく進もっ!そしたら見えてくるわよ。……多分」
最後についた言葉はとても信用ならない。でも、その救護所の場所を知ってるのはエルだけなんだから、信じるべきなんだろうけど……。
「エル?なんか、看板あんぞ」
俺が見つけたのは、道の端っこに立てられた看板。
〈救護所↑この先五十メートル〉
矢印が指す方向は、俺らが歩いてきた道とは逆方向で―――
「エル?」
「なっ、なによ!」
……こいつ。救護所、来た事あるんじゃねぇのかよ。
エルをじーっと見ていると、その視線に耐え切れなくなったのか
「とっ、とにかく行きましょうよ!あっちに!」
と言って看板の指す方向に歩きはじめた。
「おいっ、置いてくな!」
あわてて後を追いかける。
「ここよ!」
「へー。なんか、救護所のイメージと違うな……」
エルがびしっ!と指差したのは、どっかのカフェのようなオシャレな造りの建物だった。この建物のことを知らない人は、この中には戦ったばっかの屈強な兵士たちがいるなんて夢にも思わないだろう。
「すいませーん」
一応断りを入れて、救護所に入る。冷房は完備してあって涼しく、内装もきれいでおしゃれだ。
「はーい。兵士さんですか?ありがとうございます」
包帯を持って出てきたのは、金髪の女の子。かわいい……。ふわっふわの髪の毛は腰まであって、服はナース服。白い肌に丸い大きな目は、まるで天使のようで……。あぁ……見てるだけで癒される……。
「あっ、あの、名前は?年は?スリーサイズは?あ、良かったらメアド教えて!」
思わず口走ってしまう。やってしまった……。スリーサイズ聞くとか、俺は変態か!
「え……?あ、名前はアリシア、年は十五です。す、スリーサイズは……上から九十二、六十、八十七です……。メアド……って、なんですか?」
ちょこん、とかわいく首を傾げるアリシア。見た目が見た目だしその仕草がものすんごくかわいくて……。年下ってのも納得だな。小柄で、小動物みたいだ。こんな子、俺創ったっけな……?まあいいや!
「アリシア……ああ、あの〈癒しの天使〉?」
「そ、その呼び方はやめてもらえるとありがたいです……。恥ずかしいですし……」
癒しの天使?まあ、確かに癒されるような外見だけど。俺も、まるで天使のようだって思ったし。
そんな俺の疑問を悟ったのか、エルが解説してくれた。なんでも、このアリシアは国内で唯一、〈癒しの能力〉とかいうものを持っているらしい。その力を使うと、どんなケガでもあっという間に治せるんだとか。
「まあ、実際に見てもらったほうが早いですよ」
「そうね。私も癒しの能力を使ってるところは見たことが無いのよ」
「見たい見たい!」
「こっちです」
アリシアの後をついて行って入ったのは、一つの部屋だった。
「うぇ……。吐きそう……」
エルが口を押さえて呟く。でも、無理もなかった。
部屋は結構な広さで、布団が敷き詰められている。最初は真っ白だったであろうシーツは、赤黒い血に染まってすっかり変色していた。布団に横たわる野郎共は包帯を巻いているがそれも赤黒くなっている。消毒だけして放置されている傷などは中の肉がモロ見えで、骨まで見えている奴もいた。
本当に、吐きそうなぐらいの地獄絵図。中で必死に手当てをしているナースさんたちがなんで平気なのか、聞きたいぐらいだ。一生懸命になったら、そんなことを気にする余裕も無いのだろうか。
どこかからうめき声が上がった。血を大量に吐く人もいる。フローリングのきれいな床がみるみる変色していって、変な臭いが漂う。とても見ていられなかった。
「アリシア……。悪ぃ、一回外出るわ……」
「私も……」
二人で口を押さえたまま、部屋の外に出る。俺は口に手を当てたまま壁に手をつき、エルは血の気が引いた顔のまま座り込んだ。
「ぷはーっ。すげぇな……予想以上だったぜ……」
「ほんと……。アリシアもよく平気よね……」
「そういやさ、お前救護所来たことあんじゃねぇの?なのに、なんでそんなに……」
思いついた疑問を口に出してみる。エルだって兵士なんだし、救護所には来たことある的なこと言ってたから……。
「救護所は、女の兵士の部屋とさっきの男の兵士の部屋に分かれているの。今日みたいにケガ人を運んでくることはあっても、入り口で渡してさっさと帰ってたし。あの部屋に入るのは、今日が初めてよ」
「そうなんだ……」
確かに、あの部屋には男しかいなかったっけ……。まあ全部見たわけじゃないから、見たかぎりでは、だけど。
「ふーっ。だいぶ落ち着いたかしら」
さっきと比べると顔色が良くなっているエルが、壁に手をついて立ち上がる。
「そうだな。……んで、どうすんだ?もう一回あの部屋に入んのはごめんだぜ?」
「私もよ」
「あの……」
「ん?」
「なにかしら、アリシア?」
「さっきはすいません。ちょっと、別の部屋までご案内いたします」
アリシアが、「こちらです」と言って歩き出す。ついて行ってみると、その部屋は広間だった。おしゃれな内装にぴったりの、木製の机、イス。アンティークな飾りもあって、さっきと同じ家とは思えない。
「どうぞ」
勧められるままに、イスに腰かける。ずいぶんマシになってきたものの、さっきのショックがまだ抜けきらない。
「アリシア。なんで、あんなところで働いてんの?というか、あんなに気持ち悪いのに
よく耐えられるわね」
イスに座るなり、エルが質問する。エル、俺もそれは同意見だけどさ、ストレートすぎなんじゃ……。
「……私の能力が役立つのなら、喜んで役に立とうと思ったんです。それに、確かに気分が悪くなりましたけどそれは最初だけで、ずっと見ていると慣れるものですよ」
いやな慣れだな……。
エルが、さらに質問する。
「なんで、こんなおしゃれな建物が救護所なの?」
確かに。おしゃれなクリーム色の壁に、あんな地獄絵図。アンバランスもいいところだ。他に建物が無かったとしても、こんなオシャレな建物人気なはずだけど……。
「それは……この救護所の最高責任者の方が、昔ここでカフェをやってたんです」
カフェみたいだと思ってたら、本当にカフェだったんだ……。でも、納得だ。確かに、ここがカフェだと言われた方がぴったり来る。
「それは初耳ね……」
「はい。カフェが潰れてしまったのはずいぶん昔らしいですから、エルさん?が知らないのも無理はないと思います」
「へぇ……。でも、ここら辺の通りはグルメスポットで有名だし、こんなオシャレなカフェ人気だと思うけど。あ、あと私はエレオノーラよ。エルさん、はやめてちょうだい」
エルが苦笑いする。
話についていけねぇ……。つーか、この世界にもグルメスポットってあんだな……。
「なんでも、従業員の方がお金を持ち逃げしたそうですよ」
うわぁ……いきなり現実的になった……。そういうのは、どこも変わんねぇんだな……。
「ふぅん。それで、救護所になったのね」
ふんふんと頷くエル。
「それで、私の能力を見たいっていう件なんですけど……、どうします?」
おずおずと言い出すアリシア。エルと、多分俺も瞬時に苦い顔になった。
「んー……」
「さっきの部屋は嫌だけど、見てみたいなぁ……」
癒しの能力。俺が創った能力……だと思う。あんま覚えてない。サブキャラだったんだろうか。
「じゃあさ、女の兵士の部屋に行ってみれば?」
自分も能力が見たいと考えてたエルが提案する。
「女の兵士の部屋?」
「あんまグロくないわよ」
「んー……」
「あ、それ良いですね!」
アリシアが手を叩いて賛成する。でも、なーんか乗り気になれなかった。
「そうだな……」
「なによ、なにが不満なの?」
エルが頬を膨らませて聞いてくる。いやー、なんつーかな……。
「女の子が寝てる部屋に入っていいのかな……」
「え?」
俺が考えてることをそのまま言われて、俺は混乱して顔を上げた。
「なーんて、思ってるんじゃない?」
テーブルに肘をついたエルが、にこっと笑う。なに、透視?テレパシー?
「エル……。お前にも、アリシアみたいに能力あるんじゃねぇの?」
「無いわよー。私は、ただの一般人」
「ふーん……」
ほんとかよ……。半信半疑だわ……。
「あ、でも、他にも私みたいに能力を持っている人はいますよ」
「そうなんだ」
アリシアの言葉に、エルが少し考える素振りを見せる。
「あー……、確か、水を操るとかそんなだっけ?」
「はい。触れた物を瞬時に破壊出来るという実戦向きな能力もありましたよ」
「へー!良いじゃない、それ!」
「他には……ビーム、とかでしたっけ?」
「それも良いじゃない!」
この世界創った俺が言うのもなんだけどさ、チート能力多すぎねぇ?
エルとアリシアの能力談議はまだまだ続く。
「植物を自在に咲かせる能力がありましたよ」
「へー、風流ねぇ」
「まだ発見されていない能力、っていうのもありますよ」
「あー。あとは異能力?」
「そうですね。異能力を持つ人はとても少ないと言われていますよね。私、異能力を持
つ人に一度会ってみたいんです」
「ああ、それなら……」
「ちょっと待てぇーっ!」
よく分かんねぇことをべらべらと喋る二人に、待ったをかける。
「なによ」
「なんですか?」
「あのさ、それでアリシアの能力を見たいって話なんだけど……」
一番最初に戻す。
「ああ、高良のヘタレの話?」
エルが、にやにやしながら身を乗り出す。
「いーやっ!女が寝てる部屋ぐらい入れるさ!」
「またまたー。強がっちゃって~」
「本当だ!ほら、アリシア。さっさと行こう」
「はい……」
アリシアを促す。アリシアが部屋に向かって歩き始めると、エルも大人しく後をついて来た。良かった……。
「あのー……」
「ん?」
例によってオシャレな廊下を、アリシアと肩を並べながら歩いていると、アリシアが声をかけてきた。
「エレオノーラさんが、高良……って呼んでましたよね?」
「ああ。俺の名前は高良陽だ」
「高良……陽、ですか?」
「おう。あー、でもこの国じゃ珍しいんだっけ?みんな名前カタカナだもんな」
エルが珍しがってたのを思い出す。まあ、俺の名前は漢字だし、俺、小説完璧に異世界風にしてたし。
「ほんっと。珍しいでしょー」
俺とアリシアの顔を顔の間に、ひょこっとエルの顔が出て来た。今はフードを被ってないから、髪の毛が首筋に当たる。
「はい。初めて聞いた名前です」
「まあ、しょうがないわよ。こいつ、神様なんだし」
「……………………………………………………神様……ですか?」
「ま、まあ、一応な……」
エルめ。余計なこと言いやがって。
「あの、噂のですか?モンスターに襲われてて網で捕まって研究所に送られて地下牢に閉じ込められたとかいう噂の創生主様」
アリシアの容赦ない一撃が胸にぐさっと来る。……横でエルが爆笑してるのは、気にしないでおこう。
「……………その通りです」
ええ、そうですとも!この俺が、モンスターに襲われてて網で捕まって研究所に送られて地下牢に閉じ込められたアホでバカでマヌケな噂の創世主様ですとも!
「そっ、そうなんですか!一度会ってみたかったんですよ、噂の創世主様!まあ、身分違いにもほどがあるので諦めましたけど」
アリシアが目を輝かせながらじりじりと近寄ってくる。うぅ……、そんなご大層な人じゃないんだよ、身分違いにもほどがあるのはきっとこっちなんだよ……。あぁ、更に落ち込んできた……。
「じっ、自己紹介しなきゃですね!私、アリシアです!十五歳!救護所で看護師やらせてもらってます!」
知ってます。それどころか、スリーサイズまで知ってます。
アリシアはパニックになりすぎて、一度俺に自己紹介したってことを忘れたみたいだ。まあ、あれは質問した俺こそ恥ずかしいから忘れてもらって結構だけど。
「ほら、あんたも自己紹介しなさいよ」
エルに小突かれる。そっ、そうだな……。
「おっ、俺は高良陽。十六歳。神様、やらせてもらってます」
「知ってるだろうけど、私はエレオノーラ。十七歳。女騎士、やらせてもらってるわ」
エルがついでに自己紹介する。へー、十七歳だったのか……。十七……。じゅうなな……え!?
「エル、俺より年上!?」
「そうよ、敬いなさい」
「嫌だ」
エルが年上?信じられない。行動も言葉も、同い年ぐらいかと思ってたのに。
「あ、ここが部屋ですよ」
アリシアが、いきなり立ち止まった。前を見れば、見慣れないドアが立っている。いつの間に……。話してたら着いたのか。
「失礼しまーす……」
そぅっと中に入る。こっちの部屋は、変な臭いもしなければ肉がモロ見えなんてことも無かった。……シーツは、赤黒く変色してるけど。
顔の二分の一を包帯で覆ってる人、髪の毛が焼けて変色してる人。そんな人一人一人に、エルが声をかけていく。
確かにグロくは無いみたいだ。まあ、それでもこんな場面初めて見るけど。さっきの男兵士用の部屋よりはこじんまりとしていて、壁や床にもシミ一つ無い。女の方が血を吐くなんてことが無いのかと思ったけど、よくよく見ると、吐く時に汚さないようにと気を使ってる様子だった。こんなケガでも床や壁の心配なんて、すげぇな……。男共は、遠慮なく吐いてたぞ。
ここも自分が創ったのだろう。そう思うとなんか妙に感動しちゃうぜ。
「あの……、高良さん?目的、忘れてません?」
「もっ、もちろん覚えてたぜ!どいつを癒すんだ?」
「ほんとですかぁ?」
アリシアが、じーっと俺を見てくる。ふわっふわの金髪に長いまつげ、人形みたいにキレイな顔に思わず見惚れそうで……っていかんいかん。
「じゃあ……、あの方を、癒してさしあげましょうか」
きょろきょろと辺りを見回していたアリシアが、部屋の隅っこを指差す。そこにいたのは、真っ白な布団に眠る女の子。といっても顔のほとんどが包帯で隠されているため、どんな顔なのか分からない。ここにいるから女の子だって判断しただけだし。
その女の子は顔だけじゃなく、足や手、腰などにも包帯が巻かれている。その包帯には血が滲んでいて、痛々しい。女の子らしい体のラインがはっきりと分かる。って、どこ見てんだ俺!あの包帯の下は裸なんだろうか、なんて考えてしまうこの煩悩を破壊したい。
「じゃ、じゃあ、始めますね」
人前で力を使うということがあまり無いのだろう、アリシアが緊張しながらもそっと女の子の上に手を置く。その途端、アリシアの手が青く輝いた。女の子の体も青い光に包まれていく。今までとは比べ物にもならない清浄な空気が部屋を満たし、アリシアのキレイな金髪がふわぁっとなびいた。
誰かが、ごくんと唾を飲む。気づけば、俺の隣でエルが真剣な目でアリシアを見つめていた。
光が、より一層強くなる。そのとき、俺は見た。光と同じ青色だったアリシアの目が、きらりと輝くのを。でも、それも一瞬。瞬きした時には、光と共に消え去っていた。
「はい、終わりましたよ」
手を下ろして、にこっと微笑む。まさに、天使の如き微笑み。
「あれ……?」
その女の子が、ぱちっと目を覚ました。……と、思う。さっきも言ったけど、何しろ顔のほとんどが包帯で隠れてるし。
「治った……のかしら?」
俺の横で一部始終を見ていたエルが、アリシアに質問する。まあ、一瞬だったから疑問に思うかもしれないけど。
でも、俺は何となく分かる。あの、アリシアの光った目を見れば、誰だって信じると思う。
「私……」
むくっと起きた女の子が、しゅるしゅると包帯を解いていく。いや、暑いんだろうけどさ、ここでそれをやっちゃあ……。
胸の辺りの包帯がはだけて、あわてて目を逸らした。見ちゃダメだろ、やっぱ。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!いくらなんでも、ここでしちゃだめっ!」
エルが、俺とその子の間に立ちはだかった。俺に、その光景を見せまいとしてるらしい。
「たっ、高良は出てって!」
エルが、俺を部屋から押し出そうとする。
「いっ、言われなくても出てくよ!」
何でそんあに強く押すんだよ。お前怪力なんだから、そんなに強く押されたら……
「うわあっ!」
ごろんごろん。
思ったとおり。エルの押す力が強すぎて、俺をエルはそのまま転がった。
「ちょ、高良!痛いわよ!」
「悪いって!」
苦戦しながらも、なんとか身を起こす。その瞬間、エルから非難が飛んできた。
「ちょっと。高良!何でこけるのよ!」
「お前が押すからだろ!何でそんなに焦ってんだよ。俺、この部屋出てくって言ったじ
ゃねぇかよ」
「そっ、そりゃあ……」
エルが、口の中でもごもご言う。何なんだよ、まったく。
「……だって、あの子、私よりも巨乳だもん……」
「へ?」
今、何て?
「なっ、何でもない!ほら、早く出てって!」
どぉん!
「うわぁっ!」
エルにいきなり蹴飛ばされて、俺はそのまま部屋から出た。手荒だなぁ。本当に、何をそんなに焦ってんだ?
それからしばらくして、俺たちは救護所を後にした。




