第48話 真実を告げるエル、責任に苦しむ高良、希望を捨てないアリシア、仲間を助けるリオラ
「高良、大丈夫……?」
「大丈夫。それより、三人は大丈夫か……?」
「大丈夫よ。それより、自分の心配をしなさい」
あの顔面蒼白から何とか持ち直したエルの、元気な声が響く。
「そうですよ、高良さん。高良さんは、私たちよりも大変なはずなんですから。牢屋から出たら、きっと治してあげますからね」
アリシアの声が、横から聞こえてきた。俺が牢屋から出れることなんてもう無いだろうに、わざわざ明るく振舞っているのが辛い。
俺の入っている牢の右隣に、アリシア。正面に、エル。左隣に、リオラがいる。
三人は、前に俺が入っていた普通の地下牢だ。
けれども、俺が入っている牢は違う。天井が低くて立ち上がることも出来ず、鎖で何重にも拘束されて動けない。飯は無し、鉄格子には触ったら気絶レベルの電流が流れている。もう絶対に逃げないようにするための特別製の牢だ。
それでも、俺の周りに三人を入れてくれたことがとても嬉しかった。
「大丈夫だよ」
周りに、みんながいるから。だから、前より辛くても、耐えられる。
「高良……」
リオラの心配そうな声が聞こえてくる。
「ん?」
「死刑……、来週なんだよね……?」
「ああ」
見張りの兵が、そんなことを言ってた。
「まだ会議中だったのにいきなりそうなったのって、私たちが脱獄させたから……?」
「それは……」
顔が見えなくても、今リオラがどんな顔をしているのか分かる。
「違うよ。それより、三人とも明後日にはここから出られるそうじゃん。良かったな」
本当に良かった。全部、俺のせいなんだから。リオラのせいじゃない。俺のせい。だから、三人が出られるのはとても嬉しい。
「話を逸らさないで……!」
隣から、叫び声が聞こえた。いつも、淡々と喋るリオラにしては珍しい声。
「それよりって何!私は、私たちは、高良が殺されるのを見たくない……!だから、だから兵に頼んだ……!私も、高良と一緒に殺してくださいって……!なのに……」
「リオラ。俺だって、気持ちは同じだ。俺のせいでリオラが殺されるのを、俺は見たくない」
「でも……っ!高良を犠牲にして、私は生きたくない……!」
「リオラだって、もう犠牲になった。エルも、アリシアも。三人とも、立場を奪われて。居場所を奪われて。人の目を気にしながら、これからも生活していくことになる」
「でも……っ!」
リオラが言えたのはそこまでだった。嗚咽が喋るのを邪魔して、声が出ない。
その代わりに、エルが口を開いた。
「ねぇ、高良。前に私、言ったわよね?『今の立場とか、金とか、どうでもいいわ。そんなものより、高良の方が大事。みんな、その気持ちは同じなの』って。覚えてる?」
「ああ」
脱獄の時。遠い昔のように感じるけど、あれからまだ一日しか経ってない。
忘れるはずがない。生きるのを諦めかけていた俺に向けられた、希望の言葉。エルがそんな風に言ってくれたことが、とても嬉しかった。
「だからね?高良を犠牲にした上に立つ幸せなんかいらない。そんなもの、求めない。そして、そんなものを幸せとは呼ばない」
「でも、それもこれも全部、俺のせいなんだから……」
「高良のせいじゃないのっ!」
俺の言葉を、エルの叫びが遮った。悲鳴とも取れるような、悲痛な叫び。
「俺のせいじゃないって……どういうことだよ」
「高良は……なんで、自分のせいだと思ってる?」
「俺が、嘘をついたから。だから、捕まった。それは自業自得なのに、みんなが逃がしてくれた。そのせいで、こうなってる」
「高良は、嘘なんかついてないでしょ?高良の予言は、当たり続けていた。それが外れ始めたのは、高良が私を助けてから」
「でもっ、エルがそうなるように創ってしまったのは俺だ……っ!」
「そうよね。でも、高良がこの世界に来なかったら。私が死んでも、高良は気にしない。本の中で、私は読まれるたびに死ぬ。それだけの存在だった」
「でも、この世界に来たんだから!そして、エルに出会った。見殺しにするなんて、出来るわけがない……!」
「じゃあ、高良がこの世界に来なければよかった。そしたら、この世界の歴史は狂わされずにすんだ。高良は、こうならずにすんだ」
「そんなこと、言っても……!」
エルは何が言いたいんだ。そんなことを言っても、この世界に来たのは本当に偶然だったのに。
「今の状況は、全部、高良のせいじゃない。私のせいなのよ!」
「…………え?」
いきなりの言葉に、驚くしかなかった。
「それって、俺がエルを助けたからこうなったってこと?」
「違うのよ!高良が、この世界に来てしまったのは……」
いつの間にか泣いていたエルが、鼻をすすった。
「私の、せいなのよ!」
「…………え?」
そう言うしかなかった。え、え、え?ちょっと待て。俺がこの世界に来たのは、エルのせい?え?
「本当なの。高良がこの世界に来た時の話を聞いて、気づいたのよ……」
エルと目があう。その強い目に、俺は目を逸らすことが出来なかった。
「高良は言ってた。『お願い』って声が聞こえたって。ひたすら、何度も何度も。そして。本が光った。最後に、『助けて――!』って聞こえたって」
「あ、ああ……」
「それで、私、思い出したことがあるの」
涙を流しながら、エルは静かに語り始めた。
「あれは、お父さんとお母さんに襲われた日。目の前でお姉ちゃんが殺されて、お父さんとお母さんも殺されて。軍に保護された後すぐに解放されたけど、まだ実感が湧いてなかった。このまま家に帰ったら、みんながいるんじゃないかって……。暖かい笑顔で、『お帰り』って言ってくれるんじゃないかって……。でも、家は悲惨だった。銃弾が散らばっていて、床は血だらけで。暖かい笑顔なんて、どこにもなかった。静寂だけが、私を迎えてくれた」
きらり、とエルの瞳が光った。
「その時、私は初めて現実を受け入れたの。もう、誰もいない。家の暗闇が、お前は一生独りぼっちなんだって笑ってる気がした。だから、逃げた。家から。暗闇から。静寂から。これが夢だったら良いのにって思った。それで……」
そこで、エルが一旦区切る。
「あの丘に、行ったの」
思わず息を呑んだ。目を見開いて、エルを凝視する。今まで黙って話を聞いていたアリシアとリオラも、驚いたのが気配で伝わってきた。
「ふらふらになって、丘の頂上まで登って。寝転がって、星空を見つめながらどうしようか考えてた。これから、私はどう生きていくのか。このことを、忘れることが出来るのか。きっと―――無理だと、思った。それで、ナイフで……自殺、しようとした」
エルの瞳が大きく揺れる。その時のことを思い出したのだろうか。
「その時に、見つけたの。ぽつんと落ちてるノートを。何だろうと思って、開いてみた。そしたら、びっくりしたの。だって、それに出てくるヒロインは、とても私に似ていたから。……ううん、似てるどころじゃない。同じだった。名前も、外見も、境遇も」
言葉は尚も続く。
「預言書だと、思ったの。神様が、間違えて落としでもしたのかなって……。どうしても気になって、読んでみた。自殺をするのも忘れて」
「その物語に出て来たヒロイン―――エレオノーラは、復讐しようとしていた。でも、とある丘で勇者の主人公に出会って。同情されるどころか、怒られて、でも慰められてた。羨ましいな、いつかそんな人が私の前に現れたらいいな、って、そのノートを読みながら夢見てたわ。でも……」
エルがうつむく。暗いせいで顔はよく分からないけど、きっとこの明かりに負けないくらい暗い顔だろうなと思った。
「ねぇ、高良。エレオノーラは、最後にどうなるか知ってる?」
「え」
エレオノーラは……。最後に……。
「死ぬ、のよ。勇者を守って、ドラゴンと戦って」
また、両隣の牢から息を呑む音が聞こえた。でも、二人にも言ったはずだけど……
「兵として、モンスターと戦って死ねるのなら本望。私が死んでも、勇者の彼はエレオノーラを忘れない」
「私は、ナイフを投げ捨てて、ノートを抱きしめて泣いた。この人に、勇者に会うまでは死ねないって誓って。そして、何かある度にノートに『お願い』したの」
「それで……」
とにかく『お願い……』と言っていた、あの声を思い出す。あんなに言うなんて、そんなに辛いことがたくさんあったんだろうか。
……さっきから気になってる、時間差については放っといておこう。異世界だし!な!
「だから、この状況は私のせい。分かった?」
「なっ……。だから、この状況は俺のせいだっつってんだろ!エルはただ、拾ったノートにお願いしてただけだ!それが偶然俺のノートで、偶然この世界に来たってことだろ!」
自分で口に出して言ってみると、本当にすごい状況だな、俺。
「だから、私のせいだって言ってるでしょう!私が……私が助けを求めなかったら、高良はこの世界に来ずにすんだ!それに……私を助けたから、こんなことになったのよ」
「お前、まだそんなこと気にしてたのか!?」
俺が、エルのことを見殺しにできるわけがない。それは、エルでも理解しているはずだ。
「あのさ……」
それまで黙っていたリオラが、口を開いた。
「結局、こうなったのってさ……、全て、偶然なんだと思うの……」
「偶然?」
「うん……。ほら、さっき高良も言ってたでしょ……?『偶然』だって……」
「あー……」
そういやそんなこと言ったなぁ。思いつくがままに喋ったから、そんなこと気にしてなかった。
「それに、エル……?じゃあ、エルは高良に出会ったことを後悔してるの……?」
「っ!……後悔なんか、してない。ノートに書いてあった通りにこの丘で出会った時は、この人が私の勇者様なんだって思った」
ん?そのわりには本気で攻撃してきてたような?
「じゃあ、エルのせいじゃない……。高良のせいでもない……。本当に、偶然起こった奇跡なの……。二人とも、無駄なものは背負わないで……?」
そんなリオラの言葉に、エルは涙を流し。
俺は、静かに目を伏せた。
それ以来。
誰も、口を開くことはなかった。
そして、それから二日後。
三人は、地下牢から釈放された。




