第47話 全員捕縛
「おいお前ら、脱獄とその共犯の疑いで地下牢まで連行する!」
背後から聞こえたその声に、もう俺は逃げる気力も無かった。
飛んできた網に、黙って捕縛される。
横を見ると、アリシアとリオラが網の中でもがいていた。
「隊長!ここにいるモンスターらしき二匹は、どうしますか?」
「射殺」
「はっ!」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
ここに着いてからずっとぐったりしていた二匹も見つかったようだ。突然聞こえてきた『射殺』という言葉にびくびくしながら、必死でこっちを見ている。
「何だ。罪人は黙っておけ」
隊長と呼ばれていた男が、俺を睨む。うわ、目つき悪ぃ……。こいつの方が罪人っぽいぜ……。
「黙っとけるかよ!そいつらはなぁ、俺の家族なんだ!」
「家族?モンスターが?しかも、片方はどう見てもドラゴンの子供じゃないか。あぁ、あれか?ペットのことも『家族』と言い張る、バカな種類なのか、お前も?」
「バカ、だと……!」
俺の中で、何かが切れた。
「そいつらはなぁ、確かにドラゴンの子供だ!俺が洞窟で助けて、それから一緒にいる!何回も助けられた!何回も癒された!ケガした時も、痛いことなんざ忘れさせてくれた!一緒に買い物に行って、一緒に飯食って、一緒に遊んだ!そいつらは関係ねぇんだ!俺のせいでこんなところにいるだけで、そいつらは悪くねぇんだよ!」
「…………黙れ。だからどうした。こいつらは、モンスターだ」
「そんなの関係ねぇだろ!」
「関係はある。モンスターは、人を殺した。ましてやこいつらの母親は、とんでもない恐ろしい怪物だ。こいつらが成長した時、俺たち人間が襲われない可能性がどこにある」
「そいつらは人を襲わねぇ!」
「断言出来るのか?人を襲わないと」
「ああ、出来る!」
「何故、どういう根拠を持ってそう言える」
「こいつらは、何度も俺たちを助けてくれたんだ!」
「だからどうした」
俺が声が掠れるのも無視して叫ぶのに対して、男は冷静に反論してくる。
「危険な芽は、早めに摘んでおくべきだ。おい、銃の準備を」
「はい!」
俺たちの言い争いをぼーっと見ていた兵が、慌てて銃を用意し始める。
「あの銃……」
見たことがある。
確か、前にエルが持っていた。普通の銃だとモンスターにあまり傷を負わせられないと言って、モンスター専用の銃を見せてくれた。あれが、その銃のはずだ。
一発で仕留めるつもりなんだろう。くぅもナオも、網に絡まって動けない。銃口は、二人を狙ってピタリと止まっていた。
「くそっ……」
歯軋する。まただ。また痛感する。俺は、無力だ。
「どうする、高良……」
そんな中、耳元で聞きなれた声がした。
「リオラ!」
「高良さん、どうするんですか!」
「アリシア!」
二人とも、いつの間にこんなに近くに。
「しっ……。あまり大声を出すと、気づかれる……」
「あ、あぁ。悪い」
「黙って、気づかれないように、くぅとナオを、助けるの……。分かった……?」
「おう!……ところで、エルは?」
「あれですよ」
アリシアが指差した先を、何とか向く。そこでは、エルが微動だにせず捕まっていた。顔は、さっきのまま蒼白で。あまりに動かないから、抵抗はないと判断したんだろうか。網ではなく、後ろ手の状態で縄で縛られている。その縄は兵が気まずそうに持っていて、少し飼い犬みたいに見えた。
「射殺、用意」
突然、そんな声が聞こえた。
「やばい、どうする?」
「どうするって言ったって、この状態じゃ何にも出来ませんよ」
「私に、考えがある……」
リオラが神に見えたのは、多分錯覚だろう。
「あの銃……。あれは、見た事がある……。モンスター専用の、銃……」
「あぁ、それは知ってるけど、でもそれが……」
「それは、あくまで『モンスター専用』……。でも、くぅとナオは人間になれる……」
「あ」
それ、忘れてた。
「で、でも、外見は人間でも中身はモンスターでしょう?」
看護所勤めだけあって人体に詳しいアリシアが、横から口を挟む。
「違う……。前にも言ったけど、くぅとナオに飲ませた薬に入ってる成分は、モンスターの体内にある細胞と混ざると化学反応を起こす……。正確に言うと、モンスターの細胞がその成分と融合することによって、人間の細胞に変化する……。器官の成分とか唾液の成分とかはさすがにそのままだけど、あのモンスター専用の銃は、弾がモンスターの皮膚を弱めて貫通させる物……。くぅとナオの皮膚は、人間になったら人間と同じ細胞の皮膚になる……。だから、大丈夫……」
相変わらずな長ゼリフを喋り終えたリオラの顔には、妙な達成感があった。
「……難しすぎてよく分かんねぇけど、とにかく人間になりゃあくぅとナオは無事だってことだよな!」
「そういう、事……」
そんなこんなしている間にも、あの男の冷酷なカウントダウンは始まっている。
「でも、人間になっても網の中にいるんだから、普通の銃で撃たれては終わりですよ?」
「!そ、それは……」
アリシアの何気ない疑問に、リオラが固まった。
そんなことに気づかず、アリシアが追い討ちをかける。
「それは?」
「っ、その時はまた、モンスターに戻ったらいい……」
「じゃあ、またモンスター専用の銃で撃たれたら?」
「また、人間に戻る……」
「おい、それ根本的な解決になってねぇぞ」
「黙ってて……」
「それに、もう網に入ったまま連行されたら終わりじゃね?」
「あ」
そんな間にも、男はカウントダウンを続ける。
「やばい、あの男今『二』って言ったぞ!」
「どうします!?」
「と、とりあえず叫ぶ!」
「なんて……?」
「とにかく今は、生き延びるしかねぇ!だから、とりあえず『人間になれ!』って叫べば良いんじゃねーの!?」
「そういくしかありませんね!」
「おう!」
大きく息を吸う。
男の『一』という声が聞こえた。
さあ、撃つのと叫ぶのと、どっちが先か。
「くぅ、ナ……」
叫びかけて気づく。あれ、これって……!
とっさに考えついたことを、俺は思わず叫んでいた。
「くぅ、ナオ!人間になれ!んで、炎で網焼いて逃げろ!」
俺の叫びを聞いて、くぅとナオが人間になれると知っている人はハッとした。知らない人――男や兵たちは『何言ってんだ、この人』という目で見ている。
くぅとナオは、それを聞いてハッとなったようだった。瞬時に、人間の姿に変わる。
バァン!
兵によって撃たれた弾は、ナオの腕に当たると砕け散って落ちた。
「人間……?」
銃を撃った兵が、信じられないような顔で呟く。
兵たちは、誰もが時を止めて、ただ立ちつくしていた。
「今だ!」
「くぅ!」
俺の叫びに応えるようにしてくぅが叫び、炎を吐いた。
網は、跡形も無く燃えていた。
「兄さん、ごめんなさい!助けますからね!」
ナオはそう言うと、モンスター姿のくぅを抱えて丘を駆け降りていく。その姿は、あっという間に見えなくなった。
「って、熱っ!」
おい、草燃えてる!くぅ、炎の威力強すぎだ!
「ちょっ、熱っ、おい、そこの兵!ぼけーっとしてないで炎消せ!死ぬ!」
結局、兵たちが熱さに気づいて炎と消したのは『モンスターが人間になった』という事態から十分後のことだった。
そして俺たち四人は、地下牢へと連行された。




