第39話 洞窟の中の人影
「暗いな……」
「それに、結構涼しいわね」
「もぐもぐ、もぐもぐ……」
「くぅ、くぅくぅ!」
「くぅ、言葉分かんねぇから黙っとけ」
ただの雑音にしか聞こえねぇから。
「みなさん、元気ですね……」
先頭のナオが呆れたように言う。
まあ、こんなに賑やかだと俺が今脱獄して逃げてるところだっていうのを忘れそうになるわな。こいつらも、死刑ものの犯罪を犯したっていう緊張感がまったくない。
洞穴に入ってからも、こいつらはまるでピクニックにでも来たようなノリだった。あげくの果てには歌いだすし。そしてオンチ!洞穴の中って響くから、耳が痛いのなんの。
まあ、そんな感じで明るく楽しく洞穴を進んでいた。
そんな明るさを破ったのは、アリシアだった。
「ねえ、あれ、何ですかね?」
真剣な声に、明るい雰囲気はしぼんでいく。俺は、目を凝らしてアリシアの指差す方を見た。
「くぅ、明かり」
洞穴の奥が照らされる。
確かに、誰かがいた。モンスター?それとも……いやいや、ありえねぇ。
頭に浮かんだ単語を必死で消して、俺は影に近づいた。
「やっぱり……」
人間だ。
「おいナオ、どういうことだよ。この場所は、人間は誰も知らなくてたどり着けない場所だったんじゃねぇのか?」
「そ、そのはずなんですけど……」
まあ、ナオが言ってることは正しいんだろう。実際、ここに来るまでにいくつもの分かれ道を通ったし、崖の底の洞穴だっていくつもある。第一、こんな深い崖の底に何かあると思える方がおかしい。それに、万が一そう思っても崖の底にたどり着くのは困難だ。だから、ナオもここを逃げ場に選んだんだし。
結論。あの影は、幻覚だ。うん。
「高良さん?あれ、人間ですよ」
おれがそう結論づけている間に、あの影を見に行ったらしいアリシアがそう言った。
「女の声で励まさないでくれ」
「まったく、注文が多いですね。……これで、いいか?」
んー、その見た目でそう喋られると違和感があるような……まぁいいや、お願いします!
「で、本当にあれは人間なのか?幻覚じゃねぇよな」
「どんな顔かは見えないけど、間違いなく人間」
「崖から落ちた死体、とか……?」
「なんで崖から落ちて洞穴の奥に入るんだよ」
「えーと……ここに住んでる狩人、とか……」
「こんなとこにいたら狩りなんか出来ないだろ。あとそれはもう人間だ」
「じゃ、じゃあ……ここに隠れ住んでる重罪人、とか……?」
「んな非日常な話あるかよ」
今まさに俺その立場なんだけどな!あとお前も!
「とにかく!あれは人間。でも、一人だけだからもし軍の奴でも何とかなる!ってわけで行こうぜ!」
ポジティブだなぁ。まあ、いざとなったらエルが守ってくれるし?ってダメだそういうの!男としてのプライドはないのか!
ぴちゃん……
「ぎゃあああああああああああああああ」
「……高良?なんで私の後ろに隠れるのよ」
……プライドの欠片もなかった。
「くっ、首に、首になんか……」
「水が落ちてきたのよ、きっと。大げさなんだから」
いやいやいや。首筋に水が落ちてくるとか、ものすっごく恐怖体験なんだぞ!背筋がヒヤリとして鳥肌がぞわって立って……
「そんなことより、あの人影……」
「そうですよ、兄さん」
「くぅっ!」
分かってる。分かってるけど……
「近づいたら突然攻撃とかされないよな?」
「このビビリ」
ごんっ
「いってーっ!」
いきなり殴んなよ!人間の頭から鳴ったらおかしい音がしたぞ、今!
「いいから行くわよ」
「ちょっ、エル……っ!」
俺の悲鳴もお構いなしに、エルは人影へと近づいていく。でも、その余裕たっぷりだった顔は、人影に近づくと同時に変な顔になった。何と言うか、ありえないものでも見たような感じの顔。
「博士……」
エルがボソッと呟く。
「え?」
アリシアが、思わず声に出して呟く。他のみんなも、声には出さないものの気持ちは一緒だった。
「く、くぅっ?」
くぅが、そっと影に近づく。くぅの炎に照らされたシワだらけの顔は――立派な白いひげは――そしてその白衣は――
「じいさん……」
そう。その影は紛れも無く、じいさんだった。




