第36話 笑顔が大事
「ほら高良っ、行くよ!」
エルに軽々と持ち上げられる。待て、この体勢はなんか見覚えがある。そう、確か研究所で……
「おりゃーっ!」
やっぱりぃぃぃぃぃぃ!
俺の体はものすごい速さで車の上に着地した。
「いいな、お兄ちゃん、楽しそうっ!」
くぅ。これはまったく楽しくないからな。酔うだけでものすごく気持ち悪いからな。良い子は絶対にマネしちゃダメっていうアレだからな。
ブルルルル
車のエンジンがかかる。
「待て、俺が降りるまで待ってくれ!」
「大丈夫ですよ!高良さんなら、走ってる車の上からでも降りられますから!」
「降りれねぇよ!」
アリシア、お前は俺をなんだと思ってるんだ。そんなサーカスみたいな芸当、俺に出来ると思ってんのか?
「つーか、エルまだ乗ってな……」
俺の言葉に誰一人反応せず、車が発車する。だから、エルまだ乗ってないんだって……え?
「え?」
エルは―――車を、追いかけてきていた。
「お前本当に人間かよ!」
置いていかれるどころか、あのスピードだと車を抜かせそうだ。
「ほいっと!」
ほら、追いついた。しかも車のドアを開けて飛び乗るとか、人間業じゃない。お前こそモンスターじゃねぇのか?
「ん?って、うわわわわわ」
車のドアがもう一度開く。そこから手が伸びてきて、俺の腕をつかんだ。
「ちょっ、引っ張るな!落ちる、落ちる!」
俺の叫びも気にせず、その手は思い切り俺を引っ張った。地面が近づいてきて―――俺、死ぬ!と思ったら、また引っ張られて間一髪で車内へと滑り込んだ。
「おー、すごいすごい。さすが高良!人間とは思えないわよ」
人間とは思えないのはお前の足の速さと脚力と腕力と体力だよ!車内でも暑苦しいコート着てんのに汗一つ流さないとか、ガチで人間とは思えねぇ。
「なぁ。この車、どこに向かってるんだ?」
まさか、行くあてもないなんてことは無いだろう?
「僕が知ってる、森の奥の場所に向かっています。人間は、誰も知らないはずです。知っていても、たどり着けません。モンスターでも、知らない人は多いです」
「そんなところに、俺らも行けんのか?」
俺らも人間だけど。
「そこは大丈夫です、兄さん。僕らもサポートしますし、みなさん行けそうですから」
「そっか……」
人間は誰も知らない場所。知っていてもたどり着けない場所。そこに行ったら、確かに捕まることはないと思う。
でも、俺はそこに行ってどうするんだ。
一生を、そこで終えるのか。俺の嘘の巻き添えをくらった、みんなと一緒に。
十年も二十年も経てば、俺らもことを覚えている人なんかいなくなるかもしれない。
そしたら、また戻れる。あの町に。
でもそこでの生活は、いつバレるか、知っている人がいないかびくびくしたものになるだろう。
俺の居場所は、もうないんじゃないだろうか。
俺の首一つでみんなが普通の生活に戻れるのなら、安いもんじゃないだろうか。
俺は、いつかまた―――
―――あの家に、生まれ育ったあの世界に。戻れる日が、来るのだろうか。
「こーらっ」
こつん、と頭を叩かれて、ふっと我に戻る。
「辛気臭い顔しないのよ。もう、後戻りは出来ないんだから。後悔してんのか知らないけど、後悔してもするだけ無駄よ?」
「そうだよっ!それに、お兄ちゃんがなんと言おうとボクたちはお兄ちゃんを助けたからねっ?」
「一度失敗しても、なんとしてでも助け出すから……」
「その通りです!」
「お兄さんに辛気臭い顔は、似合いませんよ?」
「確かにー!」
「みんな……」
みんな、たった一、二ヶ月の付き合いなのに。
それでも、こう言ってくれる仲間がいる。
俺は―――独りじゃ、ない。俺の居場所は、ここだ。
「うんうん!やっぱり、高良にはその顔が一番よ!」
「へ?どんな顔だ?」
「笑顔、ってこと……」
「そうか?」
いつの間にか、笑顔になっていたらしい。
「よっしゃ!飛ばして行くぜーっ!」
「「「「「おーっ!」」」」」
かけ声と共に、車はスピードを上げた……。




