対立
実技試験から3日後、その日ポロニ国南側、通称ポロ南に配られた号外は、ありえない程現実味がなく、けれど確かに現実としてポロ南民に迫ってきた。
その号外の一ページ目、一番大きい見出しに書かれていたのは……、
アケードタンとポロ北、対立。ポロ南まで標的に。
曇天。濁る青空、どんよりとした黒い雲が広がっている。
「雨降りそうだなぁ……」
正確に積まれたオレンジの煉瓦と白い屋根で造られた4階建ての建物。そこの3階の窓から、いや、華凜は自宅の3階の窓から空を見つめて呟いた。
「華凜ーー!! 起きてるのー?学校行く時間よーー!!」
華凜の母の声。どうして母親というのはこんなに声がでかいのだろう。
「はぁーーい!!」
ドタバタと1階まで一気に降りていき、学校の制服に着替えながら食パンを食べる。今日の食パンはチョコクリームがたっぷりと塗ってある。父が苦いブラックコーヒーを飲みながら華凜におはよう、と言う。
パンを飲み込み、洗顔をし、歯を磨く。そんなときにインターホンが家に響く。小さい液晶画面から誰が鳴らしたのかを見る。
響と千春だ。
「はーい、ちょっと待ってて!」
早口で言い、3階まで一気に駆け上り、息を切らし、学校指定のやたら重い鞄を持ち、1階まで駆け降りる途中で転びそうになり、なんとか踏ん張り、1階にたどり着き、キレイなフローリングを滑り、玄関で靴を履き、ドアを開け……、
「いってきまーす!!」
…これが当たり前の生活だった。
「おはよう!」
華凜が元気よく言う。
「おはよー!」
千春が滑らかに言う。
「おはよ」
響がぶっきらぼうに言う。
学校までの道を3人で話しに華を咲かせる。今日は実技テストの話しが盛り上がった。
いつもの角を曲がると綺麗に並んだ家や建物が並ぶ。蛇のようにくねくねした道だ。
5分くらい歩くと号外を配っている人がいる。週1くらいの頻度でいる人だ。珍しく響はその号外を受け取った。いつもは3人とも苦笑いで通り過ぎていたのに。特に響は。
「珍しいね、響! 号外受け取るなんて」
華凜が驚きを隠せずに言う。
「ホントホント。どしたの響」
千春もそれに続いて言う。
「なんとなく!」
響は笑いながら言う。
どんな事が書いてあるのか気になった華凜は、響に号外を読ませてもらった。何気なく見た1ページ目の見出し。思わず2度見した。いや、3度見した。
「千春、響、これって……どういう事?」
何が?と言わんばかりの表情で、響と千春は華凜が持っている号外を覗き込んだ。
「アケードタンとポロ北が対立……、ポロ南までターゲット!!?はぁ!?」
響はご丁寧にその見出しを読み上げ、驚きと怒りの声を上げた。千春も静かにそんな感じの顔をしている。
「って事は、すでに被害を受けた人がいるって事か!?」
「号外が出るってそういう事よね。怖いわ……」
そうこう言ってるうちに学校についた。下駄箱から教室に行くとき、職員室が見える。今日はとても慌ただしかった。
「先生達がすごい忙しそうだけど…、この学校に被害者がいるのかな……?」
本当にそうだったなら…。そう仮定した3人は微かな恐怖を覚えた。そんな時、黒いサングラスをかけ、黒いジャケット、黒いジーパンを着た黒づくめであり、ジャケットの下にどこかの民族衣装を着た男が、大理石でできた広い職員玄関から口笛を吹きながら入ってきた。
「おはよ~、確か……、華凜ちゃんと響くんと千春ちゃんだったかな!」
「あ、おはようございます~。確か教頭の孫の…用務員さん!」
「そ、俺は偉~い用務員ね、ついでにチョ~信頼されてる用務員ね。頭の中に入れといてね、じゃ!」
チャラい上に少しナルシスト…、これでも用務員兼事務なんだ……。その用務員とすれ違った時気づいた。血の匂いがした事。気のせいかと思い込み、教室へとむかった。
「なぁ、あいつ妙な格好してたよな」
響が何か感づいたのか、怪しそうに華凜と千春に小声で言った。
「あいつ、ジャケットの下にどっかの民族衣装着てたぜ。普通の仕事でそんなの着るか?」
「それしか服が無いんじゃないの?」
三人は千春のキツイ言葉に大きな声で笑った。
教室につき、辺りを見回すと、ある異変に気が付いた。
真弓がまだ学校に来ていないのだ。
真弓が欠席する事はこの16年の中の8年間、一度も見たことも聞いたこともない。まだ欠席かどうかはわからないけど…。
キーンコーンカーンコーン……チャイムが鳴った。
伊勢がドアを勢いよく開け、教壇に姿勢良く立つ。号令が…かからない。いつも真弓がやっているからだ。しょうがない、と伊勢が大きい声で号令をかけ、出席をとりはじめた。その時。
伊勢に負けないような勢いでドアを開けて入ってきたのは……真弓だった。
「遅れました……」
いかにも全力で走ってきたような……、靴下は下がり、制服はボタンが掛け違えており、髪は乱れてボサボサ。そのくせ目には珍しく薄く化粧がしてあった。もちろんクラスの皆の注目を浴びた。
真弓はゆっくりと自席に着くと、一呼吸おいて荷物の整理をゆっくりと始めた。それはこの学校の生徒にとってはじめて見る光景だった。
出席確認が終わり、再びチャイムが鳴り、休み時間に入る。
華凜は左斜め後ろの席、真弓のところに行った。
「真弓! おはよう!」
「……。」
真弓は私の事に気づいていないようで、ずっと前を見ている。
「真弓!!」
真弓は体をビクッとさせた。そしてはじめて華凜のほうを向き、華凜の存在にはじめて気が付いた。
「あ……、華凜、おはよう」
明らかに真弓の声には元気というか、生気が無かった。
「どしたの? 真弓が遅れるなんて初めてじゃない? それに、なんか元気ないけど……、大丈夫?何かあったの?」
真弓は華凜の言葉に目を泳がせた。そして、目に涙を浮かべた。
「華凜……」
「え!? ちょ、真弓、どうしたの!? と、とりあえず外行こ!?」
いつもは絶対に授業をサボるなんてしないし許さない真弓は、授業開始2分前にも関わらず、華凜とともに遠慮もなく外に行った。
華凜はいつもの授業のサボり場、校内庭園へ真弓を連れ出した。
濃い緑色の柔らかい芝生に桃の花びらが散り、自然の絨毯をつくっていた。その絨毯の上に2人は座った。
「真弓、大丈夫? 何があったの?」
真弓は涙をぽろぽろと零していた。たまらず華凜は真弓の背中をさすった。
そうしていると真弓はゆっくりと口を開いた。
「……いちゃ……だの……」
「え?」
華凜は真弓の背中をさすっていた手を止め、聞き返した。
「じいちゃんが……死んだの……」
2人の間を静かに風が通り抜け、花びらが空中に舞った。真弓の黒い髪が瞬時宙に浮く。
「え……? 嘘……でしょ?」
華凜のその問いに真弓は首を横に振った。
「誰かに殺されたの……」
真弓は拳を固く握った。
「殺され……た……?」
灰色の鳥が2人の頭上をかすめて曇天の空を飛んでいった。
最後まで読んでいただきありがとうございます(^^*
作者は先週から通院をしているので更新が遅くなります、ごめんなさい(><
でも執筆できるときはしていくので気長に待ってくれると嬉しいです♪
次話も見てくれると嬉しいです!!