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 他人と過ごす時間はとても新鮮なモノでした。オセロやチェスなどはCPU戦とは違う醍醐味がありました。特に一つの事実が少女を戸惑わせました。『……』はどのようなゲームであれ、罠をはるのを好みました。罠は巧妙で、何時も少女は罠に嵌ってしまいます。

「『……』さん、意地悪過ぎます」

 少女がむくれていうと『……』は寂しそうに笑ってこう言いました。

「アイが素直すぎるだけだよ」

 楽しそうなのに、悲しそうな声音です。どうしてそんなにはっきりしない声なのか、少女は気になりましたが聞きませんでした。それが礼儀と思ったのです。


 少女はいつの間にか『……』がいるのを日常と感じるようになりました。今まで一人でいた分だけ『……』との関係は様々な発見を少女にもたらしましたが、それもだんだんと日常に溶けてしまいました。

 朝起きて『……』と食事をして、『……』と散歩をして、『……』と読書をして、眠りに落ちる時には『……』と手を繋ぐ。

 それはとても安心感のある優しい時間でした。こんな時間が何時までも続いていくのだと、少女は初恋に熱をあげる乙女のように信じました。

 けれど少女は知るのです。

 時間の無いこの世界においてさえ。

 久遠など無いことを。


「今日はかくれんぼでもしてみようか」

 唐突に『……』は提案しました。かくれんぼは何度か遊んだことがあります。でも、この世界には隠れる場所が多すぎて遊びになりません。少女は別の遊びがいいと反論しましたが、『……』は譲りませんでした。

「アイはこの世界の何処にでも隠れて良いよ。そうだな、隠れる場所を変えてもいいし、歩き回ってもいい。私がアイを見つけるまで、待っていてくれないかな」

 気のせいかもしれませんが、少女は『……』の優しい瞳に、何か揺らがないものを見ました。少女はこくんと頷きました。頭がぼーっとしてふわふわします。

「それじゃ、隠れてきて」

 いつもならすぐに姿を消してしまうのに、今日に限って少女はゆっくり『……』から離れていきます。

 何度も何度も不安になる度に振り向いて、『……』の姿を確認しては落ち着きます。

 胸が苦しいのです。とてもとても苦しいのです。どうすればこの苦しみが消えてくれるのでしょう。

「見つけて……くれるの?」

 少女はか細い声で問いました。不思議な問いです。見つけて貰えなくてもかくれんぼが終われば会えるのです。これではまるで、二度と会えないみたいです。

「ああ、見つけるよ。アイ、君が何処にいても、君の声は私に届くんだから」

 『……』は微笑みました。少女の心に安らぎを与えてくれる、特別な微笑みでした。


 少女は隠れて待ちました。『……』は見つけてくれませんでした。

 少女は隠れるのをやめて歩き回ってみました。『……』は見つけてくれませんでした。

 少女は怖くなって『……』を探しました。でも『……』は見つかりませんでした。

 少女は待ちました。

 ずーとっ、ずーとっ待ちました。けれど『……』は来てくれませんでした。

 少女は気づきました。この世界にはもう、『……』はいないのだと。『……』は何処かに行ってしまったのだと。

 考えてみれば当然です。『……』は外からきたのですから何時かは帰るに決まっています。『……』がいなくなっても、元の誰もいない世界に戻るだけです。少女は『……』を探すのは諦めました。

 朝起きても隣に『……』はいません。会話もせず、ただもくもくと食事をします。散歩も一人です。寄り添う相手はいません。読書も一人です。背中を合わせて寄りかかりあう相手はいません。夜眠るときも手を暖かく握ってくれる人はいません。寒くないのに、手はひどく冷えました。

 ただ誰もいないだけなのに。胸に空いた穴はなんなのでしょう。身体の一部が抜け落ちて、消えてしまったみたいです。

 どうして『……』は少女の前から去ったのでしょう。こんなに苦しく、こんなに悲しくするためでしょうか。

 少女は違うと思いました。

 『……』はすごく意地悪でしたが、少女を苦しめたり、泣かせたりはしませんでした。

 それに『……』は言いました。「ああ、見つけるよ。アイ、君が何処にいても、君の声は私に届くんだから」

 『……』は約束してくれたのです。必ず少女を見つけてくれると。

 少女はときおり『……』の名を呼びました。

 ある時は砂浜で。

 ある時は樹海で。

 ある時は廃墟で。

 かつて引き裂かれた、想い人を呼ぶように。もう二度と会えない愛し人を呼ぶように。

 少女の呼び声は、世界に響きました。切ない声は世界を満たし、やがて溢れて別の世界に届きました。

 そしてある少年が声を聞きました。しかし、少年に届くころには声は掠れていて、聞き取る事は出来ません。でも少年は声を感じました。声に込められた悲しみと切なさを聞いたのです。少年は思いました。どうして君はそんなに悲しそうなの?

 やがて少年は決意します。どんな手段を使おうと、少女の悲しみを拭い去ると。

 これが物語の始まりです。本当にあったのかどうかも怪しい始まりです。

 すべては絡み合い、すべては止揚してやがて集約します。

 物語のエンディングへと。


FIN


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