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“アイの欠片”


〈途切れる縁 途切れぬ縁 結ばれる縁 結ばれぬ縁 同じ縁なれど 不遇の縁あれば 恵まれる縁あり 渇望せれど 不遇なる縁は結ばれず されど 片割れの存在を 知らぬ縁は無きなりき 会えずとも 聞けずとも 縁者の存在 傍らに感ず〉


 川原学園学内には桜が大量に植樹されている。種類も様々であるが、特に染井吉野が多い。入学式が行われる季節になると一斉に咲き誇り、まさに圧巻である。

 舞踊る桜吹雪の中。一人の少女が歩いていた。川原学園高等部の敷地には不釣合いな若さである。歳のころ12くらいだろうか。先ほど入学式を終わらせたばかりなのだろう。真新しい制服があまり似合っていない。透けるような銀髪、黒真珠を思わせる漆黒の瞳。好奇心の強そうな顔立ちをしていて、見る人に猫を連想させる少女である。

 少女はしなやかな足取りで幾つかある校舎の一つに入った。その校舎はかなり古ぼけていて、なかなかに年季が入っていた。

 少女はろくに掃除もされていそうにない廊下を進み、階段を駆け上がった。そしてとある部屋の扉をノックもせずに開いた。

 殺風景な部屋である。くすんだ白い壁。薄汚れた白い床。部屋の中央にはかつて何かが置かれていたのだろうか。僅かに、床の色が違っている。

 今は何も置かれていない部屋の中央に少女によく似た女性が立っていた。ただし、こちらの女性は少女に比べて大人であったし、猫というより白い花である。

「お母さん」

 少女は女性の背中に呼びかけた。女性はゆっくり振り向いて、少しだけ眉の角度を上げた。

「愛鈴、レイジさんの所に行くようにいったでしょう?」

「だってお父さん、お母さんがいないと機嫌悪くなるし」

 女性は複雑なため息をつき、しゃがんで右手を床につけた。そっと立ち上がり、愛鈴の隣に並び小さな手をしっかりと握った。

「レイジさんはそんなに機嫌が悪くなるの?」

 女性がいない時のレイジを、女性自身が見られるはずがない。

「レイジさんはとっても意地悪だけど、気のいい人なんだけどな」

 何故か女性は『意地悪』の部分だけ強調した。

「うん。お父さんは凄く意地悪。でも、気がいいのはお母さんと私にたいしてだけだよ」

 どうゆう分けか、愛鈴も『意地悪』を強調した。

 女性は、ふふっと、色っぽく笑って愛鈴の手を引く。

「本当にレイジさんは意地悪だから」

 少女もまた、おかしそうに微笑む。

「ほんと、しょうがない人だよねぇお父さんは」

 二人は楽しそうに話しながら部屋から出ていく。

 部屋は再び沈黙に沈んだ。

 ただ一つ。

 部屋の中央に手向けられた、薄桃色の小さな花だけが、誰かの心情を僅かばかり語っていた。


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