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代わり映えしない生活であったが、少女にとってこれらはとても重要な習慣である。他人がいないこの世界で、ルーズになってしまえばどこまでもルーズになってしまう。せめて人らしい生活をしていたかった。例えそれが虚構であっても。
どうゆう仕組みなのか、電力や水道などは供給されていた。生活に不自由はなく、娯楽にも困らない。
スーパーに行けば食料が溢れている。
今日の献立はどうしよう?
考えながら買い物する。
トマトを手にとり、サラダにしようか炒めようか悩む。
「レイジさん、何か食べたいものはないですか?」
トマトを棚に戻してピーマンを手にする。
「青椒肉絲なんてどうですか?」
返事はない。ここにレイジはいないのだから当たり前だ。それでも少女は訥々と続けた。
「レイジさん、なんでも良いなんて言わないで下さいね」
意味はない、だが、止まらない。止められない。
「リクエストがないなら、カレーにしちゃいますよ?」
失われた過去。もう帰れない場所。暖かい世界。みんなが、レイジさんがいる世界。
帰りたい、帰りたい、帰りたい。
少女の瞳から、一筋の涙が零れた。
だが、それでも少女は独り言をやめない。
帰れない時を思う時間だけが、少女の唯一の救いであったから。
どれほど時間がたったのか。
もはや少女にも分からなくなった頃。
少女は不思議な夢を見るようになった。
青々とした草原。風が草を撫で、爽やかに駆け抜けていく。
空を遮るものはなく、地平線まで続いている。
雲さえ無い青空。嘘くさい程の完璧なブルー。
だが一点だけ不浄が混じっていた。
あれは、鳥?
鳥は何度か旋回してから何時も同じ方向へ飛んでいく。その方向へ目をやると、見覚えのある学舎が建っている。
そこで夢は終わる。
鳥が学舎に入ったのかも見ていない。こんな夢を何度も見ているうちに少女は気付いた。この世界に存在するはずのない生命。




