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“万華鏡”


〈貴方を愛するこの気持ち。どうすれば貴方に伝わるのでしょう。幾千幾万言葉を重ねても。貴方への愛にはとどきません。ただ愛していると叫ぶだけでは。愛を伝えきれない。貴方への愛は。言葉だけでは足りないのです。伝えきれないこの愛を。貴方の身体で感じて欲しい。貴方の身体で。アイを。愛を。感じて下さい〉


 その世界は寂寞としていた。

 綺麗に立ち並ぶ摩天楼。朽ち果てた廃墟。どこまでも澄んだ海。枯れた商店街。壮麗な美術館。

 世界にはあらゆる時代のあらゆるモノで溢れていたが、ただ一つのモノが欠けていた。ただ一つの輝き。生命がその世界には存在しなかった。

 森に鳥はいなかったし、マンホールの下にどぶねずみもいない。

 ましてや人間など存在する筈がなかった。

 しかし、世界には一つだけ例外があった。

 誰もいない筈なのにマンションの一室に光が灯る。

 世界に存在する唯一の例外。

 そう、この世界にはただ一人だけ人間がいたのである。

 銀糸のごとき銀髪。黒曜石を思わせる澄んだ黒眼。

 華奢な体躯と慎ましやかな胸の膨らみから、その人間は少女であると知れた。

 ただし、年若い筈の少女らしい外見に反して、瞳に浮かぶのは稚気ではなく、悠久の憂いだった。

 世界に時間の概念は存在しないが、少女が体感した時間は永遠とも思えるほどだ。

 その間、少女は一人きりで生きてきた。

 三回だけ他人と過ごせたことがある。だが、それは少女にとって一瞬の幸福。

 悠久の時間に比べれば、瞬きに等しい時間でしかない。しかないのだ。なのに少女はこう思った。

 これから永遠の孤独に耐えねばならないのなら、他人と交わった時間など忘れてしまいたい。

 他人に会う前には、彼女は孤独を知らなかった。

 孤独とは他人がいて始めて発生する概念であるから、他人を知らなかった頃の彼女は孤独感を感じなかった。

 孤独という言葉は知っていた。映画や本で良く出てくるキーワードだ。孤独は人を苛み、追い詰めるものらしい。ところが実際に体験してみると、それだけではすまなかった。

 心臓をわしづかみされ、体温が急低下する。知らず涙が溢れて止まらない。

 少女は理解してしまった。孤独は痛みであると。

 さらに少女は覚悟せねばならなかった。これからの永遠、痛み悲しみながら生きることを。

「いやだ」

 少女は言った。

「いやだいやだっ」

 何度も何度も叫ぶ。

 何度も何度も何度も叫ぶ。

 世界に、この世に、幾度も叫ぶ。

「いやだいやだいやだいやだいやだっ」

 だが、叫びは、願いは、霧散する。

 少女が幾ら声を振り絞ろうと、世界は変わらない。

 叫び疲れた少女は眠りに落ち、目覚めてから、また衝動的に叫ぶのだ。

 いやだいやだいやだいやだいやだいやだっ、と。

 やがて声は枯れはて、涙は底をつく。

 孤独が癒える事はなかったが、いつまでも泣いてばかりはいられない。生きている限りやらねばならない習慣がある。

 顔を洗い、髪を梳かして、着替え、軽く散歩。食事をして、お風呂に入って、夜になれば眠る。


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