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 もう、この手を握る事はないのだと思うと、自然に力が籠もってしまう。

「いつっ、レイジさん?」

「あ、ごめん」

 慌てて手を離す。急に恥ずかしくなって目を逸らした。

「いいですよ。レイジさんになら痛くされても」

「そんな言い方されると勘違いするよ」

 笑いながら注意する。しかしアイは笑わなかった。

「勘違いなんかじゃないです」

 アイはそっと俺の手を握る。

「レイジさんになら、痛くされても良いです」

 濡れた瞳に俺の姿が映っていた。生気の失せた、情けない男の姿。

「時間、ないから」

 アイから顔を反らして手をひく。今にも倒れかねない俺に、アイを抱きしめる事は出来なかった。


 朝焼けと共に雀が鳴いた。

 冷え込む空気に包まれて、秋庭は一つくしゃみをした。隣を歩く鷹乃宮がうっとおしそうに横目で睨む。

 閑散とした高校構内を、二人は第四実験室を目指して歩いていた。事が全て終わったら集合する手はずになっている。あらかじめ開けておいた用務員室の窓から校舎に入り、階段を登る。

「遅かったな」

 階段の踊り場に、如月が直立不動していた。如月の足元では冬馬が壁に寄りかかってコートにくるまり寝息をたてていた。

「レイジは?」

 どこか敵意を含んだ声で鷹乃宮が聞く。焼けつくような瞳にさらされても、如月は淡々としていた。

「第四実験室だ。行かない方がいい」

 その忠告は果たして本音だったのだろうか。鷹乃宮は早足で靴音を響かせながら廊下を突っ切る。

「おい待て、藍」

 不安を感じた秋庭が鷹乃宮を呼び止める。しかし、秋庭の制止は無視された。何時もぶっきらぼうな鷹乃宮でも、答えすら返さないのは稀だ。力付くでも止めるべきか、秋庭が迷っている間に鷹乃宮は第四実験室の扉を開けていた。


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