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アイの身体は人工物だ。構造は秋庭が完璧に理解している。それでも、秋庭には愛が理解出来ない。
これはつまり、愛は生体から発生するものではないか、もしくは秋庭に愛を理解する能力がないか、どちらかだと言うことだ。まったく持って愛は不可思議な感情だ。
「すまないが、聞いても良いだろうか?」
秋庭とアイのやり取りを黙って聞いていた、待合室にいるもう一人の人物が口を開いた。その人物は白衣をまとい、アイの向かい側にあるソファーに腰かけている。
「いまいち状況が掴めない。何がおこっている?」
「いえ、如月先生には話せない類いの話しです」
黒髪黒目、およそ気配と呼ばれるものを感じさせない奇妙な青年。
「ほう。先生にも話せないか」
如月みなは、どうでもよさげに反論した。どうでもよさそうなわりに言葉にトゲが生えていたが。
トゲが見事に刺さったらしい。秋庭は目元を痙攣させた。
「あれ程面倒をみた、この僕にすら話せないのか?」
「いや、如月先生、それとこれとは話しが別です」
てきめんに狼狽しだした秋庭は如月と距離を置きたいのか、ジリジリ後退した。秋庭や鷹乃宮の研究はそのほとんどを大学の研究施設に依存している。天才と呼ばれているとはいえ、レイジと比べれば劣る二人が大学の施設を使えるのは如月先生の後押しがあるからだ。如月から強く問い詰められれば、どうにも断りきれない。
「いや、話しは別じゃない」
涼やかな声がきっぱりと秋庭を否定した。
「如月先生にも協力して貰うから」
待合室に入ってきた鷹乃宮は妙に機嫌よさげに言う。鷹乃宮は車椅子を押していて、そこには精根尽き果てた体でレイジが座っていた。
惚けた様子で見てくるアイにレイジは弱弱しく笑いかけた。
「やあ、アイ」
呼ばれたアイはふらりと立ち上り、夢遊病者みたいにレイジのもとへズルズル近寄った。
惚けた表情のまま、アイはレイジを見下ろす。
「レイジさん?」
レイジは起き抜けだったからか、自分は果たして本当にレイジだったろうかと疑問に思った。
「レイジさん」
もう一度アイがたどたどしく問いかけた。




