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 逃げよう。

 俺は決心したが、どうにも身体がいうことを聞かない。

「逃げようなんて考えないでね。あなた、かなりの重体できつい麻酔うたれてたから、しばらく動けないし」

 万事休すか。半殺しですむだろうか。すでに半分死んでいるのだが。

「まっ、とにかく時間がないから早急に説明する」

 立っているのが面倒になったらしい。鷹乃宮は両手を俺の顔の左右に置いて、片膝をベッドにかけた。長い黒髪がさらりと揺れて、鷹乃宮の背中からベッドへ流れている。

 一見すればなやましい姿でも、俺は内心戦々恐々である。

「あなた、このままだと死ぬ。すぐに手術をしないといけない。けど、私が思うにのんびり手術を受けている間に、アイが連れさられる可能性がある。だから麻酔で眠っているあなたを無理矢理覚醒させた。ここまではオーケー?」

 鷹乃宮が首をかしげる。その動きに合わせて髪が揺れた。その美しさに見惚れながらも、俺はうなずく。

「まず一つ、アヴァロンってなに?」

「第二世代量子コンピュータの開発コードだ」

 ちっと、鷹乃宮は舌打ちした。

「あなたまさか、それをアイに」

「違う。そもそも第二世代量子コンピュータなんて作っていない」

 鷹乃宮の顔が近づいてきたので、噛み付かれるのではないかと一瞬身を固くする。

「じゃあ、あいつらはそれを知らない? あいつら一体何者なの」

「政府の連中だろ、多分な。俺がアヴァロンを他国に売り渡すつもりじゃないかと、怯えていたからな」

 現在、政府の権限を握る連中は量子コンピュータがもたらす莫大な富によって権力を維持している。もし、俺が第二世代量子コンピュータを他国に売り払ったら、彼らは失職するだろう。

「私が思うに。たとえ量子コンピュータが存在しなくても、政府はアイを欲しがるんじゃない?」

 鷹乃宮の言うとおりだろう。政府は理性ではなく恐怖で動いている。アイがたとえ量子コンピュータでないと理解しても、万が一を考慮してアイを奪取すると思われる。

 鷹乃宮は心底疲れた様子でため息をついた。

「最悪の状況ね。でっ、あなたのことだから何か策があるんでしょ?」

 当然と言わんばかりの口調だ。俺を買いかぶりすぎである。しかし、確かに策ならあった。声は出さなかったが、鷹乃宮は雰囲気で察したらしい。


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