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僕はエンジニアなんだ。常に冷静に観察しなければならない。自身を叱咤して視界を広げ、集中力を高める。アイの外傷は意識を失う程ではない。
胸が上下しているから呼吸もしている。
顔色は悪いし、体温も下がっているが致命的なものとは思えない。
なんだ、目覚めない理由は?
心を宥め、必死に考える。
アイの身体は生体に近い。脳は電子脳。
あっ、そうか。
今まで気付かなかった自分に腹が立つ。
過剰な刺激に耐えられず、サスペンスモードになっているんだ。
「root権限、声紋認証、パスワード、『万華鏡は世界への扉』、休止状態解除」
アイの閉じられていた瞳が開いた。緑色の文字が走り、少しずつ黒い色が濃くなり、やがて文字が消えた。
パチパチと、まばたきしてじっと俺を見上げる。休止状態から復帰したばかりで視界はぼやけているはずだ。
「アイ?」
恐る恐る問いかけた。ショックでハードの記録が消し飛んでいたらどうしよう。たかが二週間そこそこの思い出に過ぎなくても、アイとの時間が無かった事になるのは悲しすぎる。
「あれ? 変態さん?」
肩から力が抜けた。この期に及んで変態さんとは。俺はアイに顔を近付けた。何故か視界が霞んでアイの顔がよく見えなかったから。
「痛む所はないか?」
聞く、するとアイは目を見開いて俺の首に手を伸ばした。
「わたしは大丈夫です。けど変態さん、首が赤いですよ、えっ?」
ぽたりと、アイの顔に赤い斑点がついた。視覚を完全に取り戻したらしい。ぎょっとして俺を見上げる。いや、見上げたらしい。
何故か視界が暗転して、身体から力が抜けていく。
「変態さん? 変態さん!」
なんだ? 急に寒くなってきたな。
アイの声もやけに遠い。
「血、血が、変態さん! お願いです、返事をして!」
アイ、どうしてそんなに叫ぶんだ。ちゃんと聞こえているよ。たとえ聞こえなくても、君の声は俺に届く。




