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体勢が悪く、あまり威力はなかったが、男の手が緩みアイが僕に倒れこんできた。
しっかり抱き止め、後ろ手でドアを探る。
「くっ、この!」
事態を飲みこんだらしい男がアイに手を伸ばした。
「触れるな!」
ドアはまだ開かない。不器用に鍵を外しながら、男を蹴り付ける。
「このっ、無駄だ! アヴァロンは接収する!」
やはり、勘違いしていたか。くそっ、アイがアヴァロンでないと言っても無駄だろう。考えあぐねている間に、男の手がアイの腕を掴む。
ほっそりしたアイの腕の掴まれた部分が赤く変色する。
「だから……」
身体中をざわざわと虫がはい上がるような嫌悪感。嫌悪感の出所を自覚しないまま、僕はもう片方の足を突き出していた。
「気やすく触れんじゃねぇ!」
蹴りが見事に男の腹にめり込み、アイから手が離れる。苦しそうに喘ぐ男を睨み付け、鍵を開け、ドアを開く。
「ただではすまさんぞ!」
男の負け惜しみに構う余裕はない。アイをしっかり抱きしめる。状況に不釣り合いな青空が視界を覆い隠した。そして次の瞬間、衝撃が身体を突き抜けていく。
関節が上げる悲鳴を無視して無理矢理転がって勢いを殺す。青い空と茶色い大地を交互に見て、何回転もした後にやっと視界が固定された。軋む頭と吐き気に耐えながら、注意深くアイから腕を離す。
痺れた腕はなかなかアイから剥がれなかった。いや、案外僕がアイを離したくないだけなのかもしれない。
地面に座し、アイの上半身を支える。アイの目は固く閉じられていた。制服のあちこちに切り裂かれた跡。いくつか制服を貫通したらしく、血が滲んでいた。
心なし冷たいアイの身体に不安のとばりが降りてくる。
「アイ……アイ!」
僕は叫んでいた。涙すら流して叫んだ。頭の芯が痺れる。
吐き気すら伴う喪失感が身体の中をはい回った。
「アイ! どうしてだ、なあ、アイ」
くそくそくそ!
落ちつけ!




