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 青年と同じく離れた所で見物する者がほとんどであるが、けわしい表情で自動車を睨み付ける連中も少なからずいた。

 自動車は人垣を突っ切るわけにもいかず、のろのろと移動していく。このままだと逃げられるな。なんとしてでも捕まえて、相応の報復をくわえたいのだが。

「あっ、如月先生」

 いつからいたのか、僕の隣に若い男性がたっていた。

「何事だ、これは」

 如月と呼ばれた若い男性は無表情で青年に聞く。白衣をまとい、先生と呼ばれているという事は恐らく大学部の教員なのだろう。

 青年は如月にことのあらましを説明した。

「分かった」

 如月は短く言って講堂の中へ消える。しばらくして講堂から出てきた如月は片手で長椅子を引きずっていた。バロック様式の頑丈そうな椅子である。

 何をするつもりなのか、如月は椅子を引きずったまま人垣へと分け入っていく。そして破砕音が響きわたった。自動車のクラクションが鳴り響き、人垣が崩れる。

「離れろ!」

 鋭い声が周囲を切り裂いた。青年が身軽に真横に逃げるのを見ながら、僕は硬直して動けなかった。

 フロントガラスに、長椅子を突き込まれた自動車が真っ直ぐ突撃してくる。

「おい、早く逃げろ!」

 逃げろと言われても身体が動かない。僕は完全な頭脳派で運動はからっきしなのだ。内心ではかなり焦っていたが、頭脳派らしく僕は自動車を観察していた。

 まったく、科学者の悪いくせだ、観察せねば気がすまないのは。

 長椅子は先程如月が引きずっていたものだ。運転席側に突きこまれていて運転手の姿を隠している。助手席には誰もいない。そして後ろの席では、切羽つまった形相で男がアイを羽交い締めにしていた。

 アイはぐったりとうなだれていて顔が見えない。

 俺の中で怒りがせり上がるのを自覚する。同時に身体が動き出した。眼前に迫っていた自動車のボンネットに足をかける。

 おもいっきり蹴りつけ、身体をボンネットの上へ。蹴りつけた瞬間、足首が変な方向に曲がるが興奮状態にあるためか、痛みは感じない。

 身体を丸めながら回転して助手席側のフロントガラスに体当たり。ひび割れたガラスがあっけなく割れる。砕片が身体に突き刺さっさっても、やはり痛みはない。

 勢いを保ったまま、座席の背もたれを乗り越えて後部座席へ。アイを羽交い締めにしている男が驚愕して目を見開いている。その間抜け面に、力の限り拳を叩き込む。


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