38
こそこそ携帯を取出す。ディスプレイに鷹の一字。鷹乃宮からだ。鷹乃宮も授業中のはずなのに。訝しみつつ通話ボタンを押す。
「アイが連れていかれた」
開口一番、うめく鷹乃宮の声を聞き、俺は素早く教室を飛び出した。無人の廊下を駆け抜けながら、鷹乃宮に説明を促す。
「急に襲われて……何人か追いかけてくれてるけど……」
階段を三段飛ばしにおりていき、そのまま正面玄関から外へ駆ける。
「多分、男が二人、それから……アイをアヴァロンって呼んでた」
その呼び名が、僕の頭をがつんと叩く。しまった。失策だ。奴らがアイを見たら、勘違いするのは当然だ。量子コンピュータ開発計画に関わって以降、俺には監視がついている。多額の資金と引き換えにあらゆる研究成果を報告するという契約を守らせるためだ。
不味い。これは不味い。奴らはプロだ。追いかけている連中もただではすまないかもしれない。
「ごめん……アイが怪我を……私を庇って」
「もういい、喋るな」
僕の声は震えていたかもしれない。隠しきれない怒りが怒髪天を突き破る。怪我人をだすなど、奴らは何を考えている。鷹乃宮との通話を打ち切り、携帯を探知機モードへ。
アイの内部には発信機が仕掛けられている。もともと、迷子対策につけたものなのにまさかこんな時に役に立つとは。ディスプレイに表示された地図の一点が紅く明滅した。
大学部と高等部の間にある講堂だ。あそこは確か私道が通っている。急がないと車で連れさらわれたら手の出しようがない。
周囲を見回すと生垣の横に学校所有の共有自転車があった。迷わず自転車にまたがって講堂を目指す。高等部の敷地から出て、大学部へとつながっている林の小道を全力で駆け抜ける。心臓が爆発しそうなくらい脈打ち、額に汗が浮かぶ。足が激しく疲労を訴えてきてペダルから足を踏み外した。しかし、危ういところで転倒を免れ再度ペダルを踏み込む。
林の小道を抜けると、小さな広場にでた。バロック様式の講堂が堂々とそびえ立っている。広場の端に人だかりが見える。
車のクラクションが甲高く鳴り、人だかりが微妙に移動していく。
どうやら、アイの乗った車を取り囲んでいるらしい。
自転車を乗り捨ててかけよる。
「どうなった?」
野次馬よろしく、高みの見物を決め込んでいた青年に問いかける。青年は肩をすくめた。
「なんか、高等部の女の子がさらわれそうになってるらしいね。いちおう警察呼んだけど」
青年と話している間に、何処から湧いてくるのか広場に人がどんどん集まってきている。




