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「人形にさかるなんて、やっぱりオタクね」
やれやれというようにオタクへの偏見を口にする鷹乃宮。
「変態さん、近寄らないで」
だんだん口調が滑らかになっていく人形。お前ら、そんなに僕を変態にしたいのか。
「変態さん? どうして泣いているのですか?」
人形は首を傾げた。長い銀髪がさらりと揺れる。
「ほっといてあげなさい。変態は変態なりに思うところがあるんでしょ」
そう言うと、鷹乃宮は人形の手をとり、立ち上がらせた。人形は折れそうな細い足をふるふる震わせながら、ゆっくりと立ち上がる。一人で立つのはまだ無理なのだろう。鷹乃宮の腕に縋りついている。
「大丈夫?」
優しく鷹乃宮が問いかける。人形は魅入られた様子で眼を大きく開いた。
「ん? どうした? 何処か痛むの?」
「……が、痛いです」
「よく聞こえないけど」
鷹乃宮が人形に顔を近づける。
「胸が、痛いです」
顔を真っ赤に染め上げた人形に秋庭が手を伸ばす。
「それはいけない。取り敢えず、胸を見せて」
さりげない動作であったが、秋庭の鼻の下がのびきっている。
「はいはい。お触りはなし。ぶっ飛ばすぞ」
すでにぶっ飛ばされた秋庭が部屋の隅で沈没した。なんだか良く分からないが、取り敢えずかたがついた気がする。
「で、この子、どうするの?」
それについては手をうってある。人形は人工知能の実験と表して、高校に通ってもらう。こちら側の世界を教えるのは、この方法がもっとも手っ取り早い。
学校から与えられた条件は一つだけだった。人工知能であることを分かり易くするために、左胸に『AI』と刻むべし。支給された制服にやたら楽しそうな様子で鷹乃宮が刺繍を施す。
「私、妹欲しかったんだよ。はい、アイちゃん。向こうで着替えてきてね」
いつの間にか人形の名前はアイに決定していた。いちおう本人に名前を聞いてみたのだが、分からないと答えたのだ。
ずっと昔には名前があったらしいが、今は覚えていないそうだ。
アイの入学にたいして、保護者よろしく鷹乃宮と秋庭はそわそわしていた。まるで親子みたいだと呆れながらも、彼らの気持ちもわからなくない。




