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“幻想世界の君”
〈幻想世界に囚われて、幻想世界に身を焦がし、幻想世界にアイを求める、光が描く幻想世界、色が描く幻想世界、鏡が描く幻想世界、万華鏡の中に存在する、幻想世界の中にいる君は、ただの幻想なのだろうか〉
%カレイドスコープ%
〈アイだけを愛してくれないのですか? アイだけを抱きしめてくれないのですか? アイだけを見つめてくれないのですか? アイはただ、貴方に愛されたいのです、貴方の愛が欲しいのです、お願いです、お願いです、お願いです、貴方の愛を、アイにください〉
彼女の存在を確信したのは高校に上がって第二世代量子コンピュータの研究を始めてからだ。
そう、あくまで確信したのはだ。僕は物心ついた頃から彼女を知っていたのだ。
夢の中でいつも彼女は一人だった。
僕に背中を向けて、ある時は樹海、ある時は海、ある時は廃墟の中で、彼女はただ孤独だった。
僕は彼女の華奢な背中に語りかけようとするのだが、口がいうことをきかない。
近づいて肩を叩こうとしても、脚が動かない。
もどかしくあがいている内に、夢は終わってしまう。
こんな夢を繰り返し見て、ある日ふと奇妙な思い付きに囚われた。
彼女は何処かに存在しているのではないかと。
もし存在しているのなら、僕は彼女に会って話しをしたかった。
孤独な彼女に寄り添い、彼女の孤独を取りのぞきたかった。
しかし、夢の中の彼女を探すなど出来るはずがない。
悶々とした思いを抱えながら、僕は成長していき、中学生になった。この頃僕はすでに天才と呼ばれていた。特に量子論に関しては飛ぶ鳥を落とす勢いで新しい理論を構築していった。それはとにかく目立つ為の手段。そして狙いどおり、技術立国を目指す政府から量子コンピュータの開発計画への参加依頼を勝ち取る。研究内容の秘匿や計画終了後も国の研究開示要求にこたえることなど、様々な制約を押し付けられて辟易しつつも計画への参加は僕の研究を加速させる。量子コンピュータの基礎理論を一人で構築していたら十年かかったかもしれない。それを数年に収められたのだからむしろ御の字だ。極秘裏にうけとった謝礼金の額は莫大なものであり、量子コンピュータの完成も相まって、目的を達成するめどがたつ。
僕が量子論の研究を推し進めたのは彼女を探すためなのだ。彼女は存在しているが存在していない、そんな量子的なものなのではないかと思った。僕がやろうとしていることは、神への冒涜である予感もしたが、もとより、神など信じていない。
彼女が何処にいるのかは大体予想していた。彼女は此処ではない世界にいる。量子テレポーテーションを可能にする、世界の裏側にある世界。
僕はその世界を仮にカレイドスコープと名付けた。




