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 ならばおそらく、彼女の名はアイではない。

「レイジさん」

 アイはゆっくりと、名残を惜しむように身体を離した。俺は倦怠感を覚え、壁に寄りかかる。

 アイと向き合う形になり、今やタオルすら脱ぎ捨てたアイの身体が俺の瞳に飛び込む。透けるような白い肌。豊かではないが、女の子であることを主張する膨らみ。すらりとした足、腕、だが十分な柔らかさも宿していた。

 無意識にアイの頭を撫でようと手を伸ばしていた。柔らかそうなアイの髪に触れたところで異様な感触が指をすり抜ける。

 何も感じない。其処には何もないと証明したげに、空間だけがある。

 気配で何が起こったのか察したのだろう。アイは弱弱しく俺に歩み寄って抱きついてきた。しかし、何も感じられない。

 その姿さえ、揺らぎだしている。

 輪郭が陽炎と化したアイはふわりと顔をあげた。微笑んでいたが瞳からは涙が流れている。唇がわななき、こみ上げる嗚咽を必死に耐えていた。

 涙を拭おうとしたが、手はすり抜けた。

「アイ」

 呼び掛ける。聞こえている様子はない。

「迎えにいくから」

 ぽつりと、それが当然であるかのようにいう。

「君が何処にいても、君の声は俺に届く。必ず、必ずだ」

 心の奥底でくすぶっていた燃えかすに火がともる。

「迎えにいく」

 最後の言葉は伝わらなかっただろう。アイはもう消えていたから。

 けれど消えないものも残った。

 それは決意と呼ばれる、頑なな誓いだった。


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