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研究は順調とは言えないまでも進んでゆき、俺はある現象に興味をもった。それは量子テレポーテーションと呼ばれる現象である。
停止している素粒子を、二つに分けると必ず右回転と左回転にわかれる。停止している素粒子は、右と左の回転力が打ち消しあっているからである。
さて、この二つの素粒子をどの方向に回転しているのか確認せずに引き離してみる。一キロ二キロではなく何光年も。
そして片方だけどちら向きに回転しているのか確認する。確認した方が右回転ならもう片方は左回転だと分かる。実は量子論では確認した瞬間に右か左かが決まる。確認する前には右でもあり左でもある状態なのである。
ここで一つのパラドックスが発生する。もしも確認した瞬間に決まるのであれば二つの素粒子の間で光速以上の情報伝達が行われた事になる。
周知の通り、光速以上の早さで移動出来る物などない。
では、この現象をどう解釈すべきなのだろう。俺はこんなふうに解釈した。
情報伝達は此処とは違う世界で行われている。こちらの世界から見れば遠く離れているが、あちら側では極近い状態なのではないかと。
俺はその世界に人の記憶や意志があるのではないかと考えた。
浅はかな考えであるが、他にあてがなかったのだ。
俺はその世界をカレイドスコープと名付けた。
“幻想世界の君”
〈君は何処にいるの、君は其処にいるの、君は彼方にいるの、君はこなたにいるの、君は探せば見つかるの、君は生きているの〉
アイをレイジの所へ返してから家に戻る。すでに日が落ちていたから部屋は暗かった。
誰もいない部屋も心理的にはなかなか効果的だ。自分が一人であると自覚するには。
慣れとは恐ろしいもので、暗くてもスイッチの位置を確認せずに押せる。そしてその後も決まったルーチンを辿る。
靴を脱ぎ、鞄をリビングにあるソファーに放り出し、着替えもせずに絨毯に倒れ込む。
一人暮らしを始めて学んだ。孤独と自由は同義だと。
自由を手に入れるために孤独になり、孤独になれば自由になる。
世の中うまくできている。
自由というのはできる限り束縛を無くすことであるから、孤独になるのは当然の報いといえる。




