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第六章 休日の過ごし方



「ねぇ」

 声を掛けられ、白井は動きを止めた。

 もう少しで授業が始まるが、隣の堤森が来ていない、そんな時間帯。いつもぎりぎりに入ってくるのを、白井は知っている。

 話しかけてきたのは、クラスで髪を染めているような、女子三人組。このクラスで一番人気である東条の周りを囲んでいるような女の子だった。

 その中で、リーダー格の女の子―――少し切目の茶髪ガングロの女子が、口を開く。

「アンタさぁ。あのオタクと仲良くやってるようなら、無視すっかんね?」

 そんな言葉を、口にするのであった。





 夏休み明け、最初の休みというのは存外早いものである。

 例年にもれず、三日後に土曜日となった今日、コウキは部屋の中で云々唸っていた。

「――――ないなぁ」

 うっすらと光を灯すディスプレイを覗きながら、コウキは顎をさする。

 視界のディスプレイの中に映るのは、失踪事件を扱っているサイトのページ。そのサイトは、古いものなら昭和まで、新しいものなら昨日のものまで行方不明事件の資料をまとめているサイトだ。

 通称、『マヨヒガ』。

ネット情報を片端から集める、いわゆる「ウィキ」と呼ばれるものだ。

 不安をあおるような壁紙を眺めつつ、一人つぶやいた。

「―――まったく『俺』についての情報が出てこない」

 『コウキ』は、実は『堤森 弘毅』ではない。記憶はほとんど消えているが、別人である自覚を持っていたのだ。

 しかし、記憶がないという事は、過去の自分がどんなのだかわからない、という事だ。そのせいか、いまいち存在がきっちりしていないような気がするほどだ。

 そこでコウキは、膨大な情報が眠るネットで、自分の断片を探すことにした。幸い、コウキが目を覚ました日付は、記憶でわずかに残っている日付と近かったのである。

 つまり、コウキが弘毅になった時、どこかで失踪、もしくは行方不明事件が起きていたら、それはコウキの可能性が高いのだ。

 時間にして、おおよそ一か月と一週間ほど。失踪しているなら、少なくとも情報公開される頃合いだろう。

 見つけてどうこうするつもりはないものの、自身のルーツがわからないのも気持ち悪い。

 そういうつもりで探しているものの、収穫は全くなかった。

 机に突っ伏したコウキが、少しぼさぼさの頭を掻く。

「一人でこんなことするのが、土台無理なんだよなぁ………。人格が変わったっていうオカルト話はちょくちょく見つかるんだけど」

 オカルト話は眉唾物なんだよなぁ、という言葉を紡ぐ。自身がその眉唾物なのだと自覚していないようであった。

「もしかして、俺って天涯孤独だったのか? 友達ゼロの? いやいやいや、さすがにそれは―――――」

 なんとなくありえそうな言葉を噛み砕きながら、コウキはマウスを動かしていく。

「とにかく、なんか俺の記憶に触れたものから検索して行こう。うん、それがいい」

 そういいながら、適当にネットを漁る。関係ありそうで全く関係ない情報が、映し出されていた。

 その中で、自分の知っている情報と違う情報を、見つけたのは、少し経ってからだった。

「へぇ。日本のメーカーが世界一位の資産なのか。って、パソコンのOSを作っている会社なのか! へぇ~。これを開いたとき窓だったから、てっきり同じもんだと思ってた」

 『コウキ』の記憶の中で、PCのOSは通称「窓」と呼ばれるOSがほとんどのシェアを占めていたのだが、ここでは「扉」と呼ばれるOSが「窓」を押しているようだ。

 純日本産のOS、「扉」。

 その情報を見て、コウキはうんうんと頷いた。

「そうだよなぁ。使いやすいとはいえ、外国のメーカーなんだから、日本のOSがあってもいいよな。ちょっと気になるな、これ」

 Bookmarkをして、次の情報に目を通す。

「ふむふむ? 南米の方で連合が誕生しているのか。今は、民主議会制を取っているみたいだな」

 隅々まで検分すると、自分の記憶との差異が多いことに気付く。世界情勢も違うようなので、後で世界史をやり直した方がよさそうだ、とコウキは感じた。

 日本で他に変化がないか確認した時、目を丸くした。

「えっと………月極つきぎめグループ!!? そんなのあるのか!? っていうかかなりの資産額だし! って月極って月極つきわめって読むのか?」

 コウキは、かなり驚いていた。

コウキの記憶の中で月極つきぎめというのは駐車場の契約などに使われるもので、決して人の苗字ではなかったはずだからだ。

 会社の概要を見てみると、ほとんどの駐車場の管理、設営、運営をしているようだ。この会社が作った保険のようなものがあり、駐車場での事故やトラブルにある程度の保証がついているのが、人気の秘密のようである。

 ウソのようで本当の内容を読みながら、呆れたような声が漏れた。

「おいおい………。俺の記憶では、テレビでいつも言われるゴランノスポンサーとかと同じもんだったはずだぞ?」

 日本全国津々浦々に存在する「月極駐車場」と、テレビのスポンサー欄で言われる「ご覧のスポンサー(ゴランノスポンサー)」は、いわばただのギャグである。そのうちの片方が存在するのを知って、コウキは頬をひきつらせた。

 月極つきわめグループと呼ばれる存在を知ったのを皮切りに、様々な差異を、コウキは見つけることになった。

 日本が海中資源に目をつけて、実用化までもう少しだという事。

世界的に有名なテログループの本拠地が、日本にあるのではないかという噂がある事。

 テログループどころか、秘密結社や宗教団体までいる噂がある事。

 それに対抗するため、警察の中に武装警察が存在し、活躍している事。

 挙げればきりがない差異の内容に、眩暈がした。 

 目頭を押さえながら、コウキが絞り出すように言葉を吐く。

「どうなってんだ………いったい」

 その言葉を言いたいのはおそらくコウキの家族なのだが、それを誰も指摘などしない。頭が痛くなってPCを閉じた時、階下から声が響いた。

「私出かけてくるからね~!!」

「お~」

 声をかけてきたのは、カグヤだった。別に声をかけることもないのだが、いつの間にか習慣になっていたのだ。

 時計の針を、見る。時刻は午前十時を少し回ったところだ。

「ミソラは友達のところに遊びに行っているみたいだし、今日は体を休める日だし、改装もほとんどやっちまったし。何すっかなぁ」

 背伸びをした時に、背中がパキパキと音を立てる。その音以上に筋肉痛による痛みがあるが、もう慣れたものだ。

「いや、ウソ。マジで痛みにはなれないわ」

 慣れる、というよりは痛みに鈍感になるだけで、慣れたりはしなかった。それでも、筋肉痛の時には体を動かした方が、治りが早いのである。

 痛む体をさすりながら、今日の事を考えていた。

「………」

 ―――――思えば。

 堤森 弘毅に友達がいなくてよかったと、コウキは思う。幼馴染はいるようであるが、友達でもいたら、間違いなく病院送りにされているはずだ。

 塀の高い向こう側の病院に興味はあるものの、お世話になるのは避けたいコウキにとって、今の環境は素晴らしいものである。

 なら、早くこの町に慣れなければならないだろう。

 この、岬町に慣れるために。

 筋肉痛を治すのにも、軽い運動をした方がいい。

「出かけるか」

 堤森 弘毅が絶対に選ばない選択肢、「外出」を選ぶのであった。


 夏用のジーパンにサンダル、袖なしのシャツと薄いチェック柄の半袖パーカーを着こんだコウキは、家の戸締りをしっかり確認すると、つま先を蹴ることによって直す。

 家の周りは閑静な住宅街だが、そこかしこから生活音が聞こえ始めてきた。

「さて、どこにいこうかね」

 自転車を引っ張り出しながら、いろいろと考える。それなりに発展している岬町の中心には商店街があり、その周りは田園地帯、隣町という土地だ。

 とりあえずコウキは、商店街へ向かった。

 自転車でおおよそ20分。土曜日なのに人の少ない商店街の入り口に、コウキはついた。

 商店街の中心通りは歩行者天国になっているので、自転車を適当な位置に止める。ポケットに財布が入っているのを確認しながら、商店街へ歩き出した。

「お、コウキちゃんおはよう。今日は、運動はお休みかい?」

「お、酒屋のおッちゃん。おはようさん。今日はゆっくりするんだ」

 声をかけてきたのは、この商店街で酒屋を構える大宮と呼ばれる男性だ。それなりに髭をこさえた老人は、老体に似合わず二箱のビールケースを持ち上げていた。

 それを見て、コウキは苦笑交じりに告げた。

「あ~、又ぎっくりにならないようにしてくださいよ? あれ、本当に癖になるんですから

 以前、ビールケースを運んでいる時にぎっくり腰をやらかしてしまい、コウキがそれを助けたのだ。職業柄、腰が曲がってしまい体幹も歪んでいるようだ。

その男性の整骨を進めながら、代わりに納入を手伝った。

手伝ったことと、整骨をしてかなり楽になったことからか、コウキは気に入られていた。荷台に乗っている一升瓶を持ち上げながら、大宮は笑顔で口を開いた。

「おう、坊主! これでも飲んでけ!」

「未成年に酒をすすめんな!」

 コウキの突っ込みに気をよくしたように笑いながら、大宮は手を振っていた。

 本来の『コウキ』ならお酒に食指を伸ばしたいが、今はさすがに自重する。 たとえ、高校生の時に少し飲んだ記憶があったとしても、だ。

 ちょっと後ろ髪をひかれる思いで、商店街に向かう。ほとんどの店が開き、それなりに騒がしくなっている状況だ。

 とりあえず本屋に立ち寄り、近代歴史の本を購入する。ついでに料理の教則本、レシピ本なども一緒に買っておいた。

 外から見える店内でいろいろと物色していると、とある本が目についた。

(お? こういうオカルト系も気になるな)

 夏真っ盛りからか、オカルト関係の本が特集コーナーに置かれたりしていた。そのコーナーの一冊を手に取ると、ぱらぱらとめくりながら胸中でつぶやく。

(あれか、こういうのって、意外とバカにできない情報源だよな。オカルト的な立場にもういるんだし)

 いろいろと差異のある世界だが、オカルトはオカルトであった。大衆娯楽としての面が強いが、その中にコウキの問題を解決する方法があるかもしれないのだ。

 とりあえず手に取った《週刊オカルト マー》を買う本に重ねながら、他の本を吟味しようと手を伸ばした時だった。

「あ、堤森君!」

 声をかけられて、振り返った先には黒髪の少女が立っていた。

 艶のある長い髪の毛と赤と白の髪飾りに、白と黒のワンピースと薄い上着、小さな肩下げ鞄を肩にかけている。今までかぶっていた白い帽子を、片手に掴んでいた。

 その子は、コウキに声をかけたところで視線を下にそらしていた。おずおずと見上げてくるその女子を見て、コウキは絞りきった声を出した。



「君、だれ?」



 コウキの言葉に、黒髪の少女がショックを受けていた。



「あ~、そういや、そんなことしてたな。あの時は置いてって悪かったな」

 ガコン、と、飲み物が落ちる音がする。取り出し口から飲み物を取り出すと、黒髪の少女へそれを差し出した。

 困ったような笑顔を浮かべながら、コウキの渡した飲み物を受け取った少女が口を開く。

「あ、ありがとう。あ、あの、本当に名前、覚えていない?」

 場所は、商店街にある小休憩用のスペース。まばらな人を視界に収めながら、少女に注目する。

 かなりかわいい部類に入る少女である。コウキの記憶にはなかったが、『弘毅』の記憶に、彼女の名前があった。

(『霧島きりしま 芽衣めい』。同学年であの学校でも有名な女の子―――らしい。でも、弘毅も別段顔見知りじゃないようなんだよなぁ。好きだったみたいだけど)

 そんなことを考えながら、言葉を紡いだ。

「霧島さんだったよね、確か。あの後、あの三人に絡まれたりしてない?」

「え? あ、そ、そうだね。あ、あの三人には絡まれてないわよ」

 そういい、視線を外す霧島。なんかよくわからない反応に、コウキが小首を傾げた。

 『弘毅』の記憶では、霧島はかなり高圧的な態度を見せる女性だったはずだ。クラスは違うものの、中学校時代に同じクラスだった時、かなり弘毅へ冷たくしていたはずだ。

 しかし、視界にいる少女にそんな横柄な態度は見えない。

 ややあって、霧島が口を開いた。

「そ、その、さ。中学校時代は………ごめんね。あの時、君に助けてもらわなかったら、私――――」

 ぞっとしたように、自分の身体を抑えた。

 『弘毅』の記憶によれば、あの時襲っていたのは、彼女の取り巻き連中だったようだ。いつも通り帰っているところで、襲われるのを見た『弘毅』が―――というところだ。

 それは、彼女の精神に多大な影響を与えたのだろう。記憶にある露出の高い服より、今はおとなしい恰好をしていた。

(………災難だよな)

 襲われることを覚悟して行動する人間など、ほとんどいない。彼女だって、他の人に注目されたい一心で、行動していただけだ。 

 それでも、少しは元に戻ったようなので、コウキは安心した。

 一口コーヒーを口に流しながら、口を開く。

「ま、無事でよかった。あの三人には、後々で社会的制裁もするとして、元気そうでよかった」

 そういっていると、霧島が少し気恥ずかしそうに視線をそらそうとして、何かに気付く。

「そういえば、堤森君って、見た目に似合わずにブラックなんて飲むんだ」

「見た目にって、どういう事なのか小一時間詳しく聞いたろか」

 思わず突っ込みながらも、口にした缶を見て眉をひそめた。

(そういや、何も考えずに無糖のブラック飲んでたけど、高校生はこんなの飲まないよな)

 コウキが無糖のコーヒーを飲むのは、その苦味が好きだから、である。とはいえ、その味覚は大人になってから得たもでのあって、高校生の時から飲んでいるわけではない。

 しまったなぁ、と思っていると、霧島が声をかけてくる。

「ちょっと見ないうちに、本当に変わったよね。ありがとう、って言おうと思ってずっと探してたけど、本当に気付かなかった」

 グイッと、缶をあおる。一気に飲み干した彼女は、空気を吐き出した後、口を開いた。

「………なんか、大人っぽくなったよね。あ~あ、なんか、もったいないことしたかな」

 そういいながら、霧島は立ち上がる。すでに空っぽになっている缶を空き缶入れに投げると、うん、と頷いた。

 振り返る。満足げな笑顔を浮かべた彼女は、コウキに向かって口を開いた。

「じゃあ、またね。今度、一緒に遊びましょ!」

 そういい、彼女は振り返らずに走っていってしまった。

 その後姿を見送った後、コウキはつぶやく。


「結局、なんだったんだ? 感謝したいだけだったのか?」


 何も察していないコウキであった。

 無事だったのは喜ばしい事ではあるが、それよりも、大事な事がある。

 つまり、霧島はコウキと弘毅が入れ替わった瞬間を見ていたはすだ。という事は、その頃のことを話してもらえれば、何か役に立つかもしれない。

 そう考えながら、自分も空の空き缶をゴミ箱に放り。


 それは、見事に外れるのであった。

 






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