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第五章 真・学校生活 その2

 みんな同じ服装で、その中でも個人を主張するアクセサリーが好きな、大人と子供の中間地点。

 一気に背丈と精神が成長するその学び舎で、カグヤは自分の机に鞄を置いたところで動きを止めた。

「あ、あのさ、カグヤちゃん。お兄ちゃんいたよね?」

 中学三年生というのは、非常に多感な時期である。

 自分とは全く関係ないと思っている兄貴だって、いるだけでなんとなくイライラしてしまうのだ。夏休みになっていくらかマシになったとしても、その兄貴が友達との会話に出てくると、気が気ではない。

 兄の有無を聞いてきたのは、神崎 裕奈。中学校ではぶっちぎりで人気があり、明るくかわいいと評判の女の子だ。確か、夏休み前に転校してきたはずである。

 兄と幼馴染の塚原 紗枝と妙に仲が良い。陸上で全国強化合宿で知り合ったそうだ。

 そんな女の子が。

 この学校でも有名なオタクである、カグヤの兄貴の話題を出したのだ。

 仲が良い友達は気を使って出さない、そんな話題。

「―――――あのくそ兄貴、何かした?」

 やっぱ変わったなんて嘘なんだ、とカグヤは思った。何かしたから、その罪滅ぼしで家の事をやっていたんだ。

 少しだけ見直した自分の純情を返せこのくそおたく野郎、とカグヤが考えた時だった。

「ねぇ! やっぱそうだったんだ! この間すっごい距離走ってたよ! フルマラソンぐらいかな!?」

 そう、興奮しているのだ。

 え? と動きを止めていると、周りに女子が集まってくる。その女子に対して、神崎がオタクである兄貴がいかにすごいか、という話をしているのだ。

「え~? 本当?」

 クラスの女子から否定の声が上がるが、神崎が声を大きくして答えた。

「本当だって! 走るフォームも綺麗だし、体幹も全然ぶれないんだよ!? すごく早かったし!」

 神崎がそんなことを言っていると、別の女子からも声が上がった。

「あ、私も見た!」

 ウソだ。

 そんな言葉が頭に浮かぶが、言葉にできない。それどころか、動くことすら難しくなっていた。

「私が見たのは、商店街で客引きやってた。なんだか、凄く仲良さそうだったよ? そういえば最近、あの商店街綺麗だよね」

「ウソ!? あれがオタク先輩なの!? 商店街のシャッターの落書き掃除してたの観たし!」

「うちも見た! なんか公園の樹木の伐採やってたよ! なんか少し肌に焼けててイケてたし!」 

 周りには、すでに六人ほどの人だかりができている。そのうら若き乙女たちは、自分のオタクである兄貴の話をしているのだ。

 ありえない。あり得るはずがない。

 次々に兄貴の目撃例が挙げられ、活動報告がなされる。自分の兄貴の事なのに、なんだか珍獣の事を聞いている気分であった。

 どうせなら脳みそが分析するのを拒否してほしいのだが、それでも処理していく自分の脳みそ。

それを呪いながら、あることに気付くのであった。

「すごいよね! コウキ先輩!」

 兄貴の話題は、とても腹に立つという事だと。







「―――やっぱ、変わってるし」

 そんな苦笑が、漏れてしまう。

 100m走、12秒59秒。結構速いタイムで走り終えた堤森は、それでも納得いかなかったのか、足を延ばしたり小首を傾げていたりする男子生徒。

 それが気持ち悪いと、周りの女子がクスクスと笑う。それを聞き流しながら、堤森に視線を向けていた。

 筋肉の付きは、一か月の夏休みで改造した割には、申し分ない。それなりに柔軟性もあるようで、全く運動していなかった一か月前に比べ、十分伸びている。

 そんなことを考えていると、周りの女子から黄色い歓声が上がる。

 東条 陣の番だった。少し前の自分なら熱気を持って見ていたかもしれないが、今はなんとなく冷めた視線を向けていた。

 走り出す。フォームも完璧で、力配分も申し分ない、教科書のような走り方。

 100m走、11秒45秒。平均を大幅に超え、先生や周りの女子が褒め称えている。周りの男子も悔しがりながらも、その視線には好意的な色が宿っていた。

 そう。誰もが、彼には好意的な視線を向けているのだ。その中の一人に、自分がいたと思うと、何故かぞっとした。

 確かに、速い。しかしその速さは、どこかちぐはぐな印象があった。

生物なのだからどこかに癖があり、教科書みたい走り方などできないはずなのだ。 トラと猫の走り方が違う、と言えば分りやすいかもしれない。その日の体調で変化するような精細なものだし、それが当たり前なのである。

 なのに、東条のそれは、まるで教科書。気持ち悪いぐらいに変化がないのだ。

 そう考えてからは、魅力を感じなくなっていた。格好いいとは思うのだが、なんというか、だまされているのではないか、と思ってしまったのだ。

 我ながらさっぱりしたものだ、と思う。それと同時に、苦笑してしまった。

 小学校から陸上を続けている上、それで食べて行こうと熱心だった自分から見れば、コウキは自分の力でその時間を手に入れたように見える。

 それは、努力という上での共感と呼ぶべきものだろう。嫌いではない。

 それに比べ、東条は―――いわゆる、才能の塊であり、天才であるというものだ。しかも、どうなっていればそんな風に動けるのか、という疑問まで浮かぶぐらいだった。

 才能に対する嫉妬、というのかもしれない。

 どちらにしろ、あれだけ燃え上がっていた熱が、水が引く様になくなっていることを、自覚していた。

 その代わりに、視線が彼の方向に向く。


 一人でも、しっかりとした眼差しを持つ、嫌われ者へ。




「――――想像以上に、早かったな」

 コウキはそういいながら、体をほぐしていく。できるだけ緊張状態が続かないように、という事もあるが、一番はクールダウンのためだ。

 ヒートアップも大事だが、クールダウンはもっと大事にしろ、という言葉を覚えているのだが、誰に言われたのかは覚えていない。自然にそうなったのだ。

 そのせいで着替えるのが遅くなり、今は休み時間。教室に戻るまでの渡り廊下中程の自動販売機で、飲み物を買おうとポケットに手を入れた時だった。

「あんたさぁ、ずいぶん足早くなってない?」

 急にそんな声をかけられたコウキは、声をかけてきた人物を見あげた。

 髪を結いあげ、少し日に焼けた顔を少し厳めしくゆがめた彼女へ、コウキは思い出しながら答える。

「ああ、塚原さん。あれからお礼参りは大丈夫? あいつら、あれ以降河川敷で見かけないけど」

「あ、それは、大丈夫」

 そういい、軽い調子で手を振る塚原は、不良のことなど気にしていない様子が窺えた。コウキ自身も、お礼参りを受けてもいないし、先ほどの発言通り、彼らを見かけていない。

 なんとなく気になっていたことを聞いたが、大丈夫だったということで、多少胸をなでおろすコウキ。そのまま自販機でコーヒーを買い、屈んで取り出す。

 その様子を見ていた塚原は、心底怪訝な表情を浮かべて、口を開いた。

「っていうかさ、あんた、本当に堤森?」

「はい?」

 塚原の言葉に、コウキは一瞬だけ、動きを止めた。物珍しそうな目でコウキをなめるように眺める塚原へ、コウキは答えた。

「あ、いや、そりゃ、俺は俺だけど………?」

 内心びくびくしながら、答える。突然そんなことを言われるとは思っていなかったし、『弘毅』の記憶の中でそれほど仲良くない女子に、そう聞かれるとは、予想のうちにもなかった。

 内心で汗をだらだらと流していると、塚原は特に追求することもなく、言葉をつづけた。

「ま、いいけど。汗臭さだけは気をつけなさいよね? 夏だし」

「あ~~~~。忘れてた」

 汗は流せるだけ流す派のコウキとしては、汗のにおいなどは気にしないが、女子には気になるものだ。女性の方が嗅覚は優れているし、周りには女子が多いので気を付けなければならない。

 それなりに気を付けよう、と考えるコウキへ、塚原は再度眉をひそめると、尋ねた。

「でさ。最初の筆問だけど、なんであんなに足が速くなったわけ?」

 塚原の問いかけに、コウキは顔を向けながら答えた。

「ああ、あれ。ま、無酸素運動の結果だよ。無理やり肉体改造したようなものだし」

 瞬発力を高めるのであれば、無酸素運動―――そう、護身術の師範にならったコウキは、いわゆる「シャトルラン」と呼ばれるものを、毎日続けてきた。

 それを聞いた塚原の目に、宿る色があった。その色に嫌な予感を感じたコウキへ、かけられた言葉は予想通りのものだった。

「それ、教えてよ」

「いや、それは………ねぇ」

 言いよどむコウキだが、仕方ないといえる。

 彼の行った肉体改造は、詰まるところ、万人にお勧めできるものではない。成長期なのに貧弱だった『弘毅』だからこそできたことで、常に練習を続けている塚原向けのものではない。

 しかも、自己管理をきちんと行わなければ、成長期の身体では肉離れや成長痛などで痛い目を見てしまう。自己流とはいえ、自己管理を行っているコウキだからこそできる訓練だった。

 どうやって伝えようか、と悩むコウキだったが、意外にも塚原はすぐにあきらめたようで、軽く手を自分の前でふるった。コウキの視線を受けて、改めて口を開く。

「いいわよ、別に。ま、白井さんもこの学校のことわからないんだからさ、きちんと案内してあげなさいよね」

 その言葉に、今度はコウキが目をぱちくりとさせた。ここで白井の名前が出てくるとは思ってもいなかったし、追求がなかったのも意外だった。

(………まぁ、彼女からしてみれば俺とあんまり話し続けてもダメだってことだよな)

 そう思い立った時に、少しだけ悲しくなったがあまり気にしないようにしつつ。

「はいはい」

 その塚原に軽く手を振りかえしながら、コウキはうなずいた。




「あ、あの!」

 放課後。帰りのHRが終わったタイミングで、コウキは白井に呼び止められた。周りのクラスメイトが部活や帰宅の準備の中、彼女としては必死に、それでも小さな声に、コウキは振り返る。

「おう。どうし―――どうかした?」

 あくまで自然体な態度で言葉を返すコウキに、白井は帽子を深く被り直しながら、あたりをキョロキョロと見渡しながら、口を開いた。

「あ、あの………。この近くにショッピングセンターって、ありますか?」

「ショッピングセンター?」

 意外な単語に、コウキが目を丸くしていると、彼女は身を委縮させながら言葉をつづけた。

「わ、私、晩御飯つくらないといけないんです………。それで、買い物できる場所がわかればって」

 その言葉を聞いて、コウキは感嘆の表情を浮かべた。自分のように家事を受け持つ同級生がいるとは思っていなかったからだ。

(ま、一人暮らししていた男と一緒に考えるのもおかしいか)

 必要に迫られて、というのは互いに同じだろうが、やはり動機と年季が違うのだろう。

 コウキは、辺りにあまり人がいないことを確認してから、了承した。

「いいよ。近くのスーパーまで一緒に行こうか」

 そのコウキの言葉を聞いて、彼女の表情がぱっと明るくなった。白い髪の毛と帽子で顔の一部は隠れているものの、人形のような顔立ちでかわいい部類の女の子の笑顔は、さすがにコウキもドキッとしたほどだ。

 しかし、彼女はすぐに表情を戒めると、「お願いします」と頭を下げてしまう。

その態度は、今の自分の行動を恥じてか、もしくは他の感情があるのか―――どちらだろうと考えながら、コウキは自分の机横にかかっていたバッグを、持ち上げるのだった。




 学校から出て西側の、最初の交差点。交差点のちょうど反対側、南西の方向にスーパーがあるので、二人は帰宅途中の学生に紛れながら、会話をしていた。

 ちなみに、目的はここから南の方向に歩いて、新緑公園と呼ばれる公園入口を右に曲がれば、地元のスーパーがある。

 道順を脳内でシミュレーションしながら、コウキは口を開いた。

「いや、まだ暑いからさ。なんか、栄養が付くものがいいよなっておもって」

「そうですね。どうしても、偏りがちになっちゃいますし」

 互いに家事をすることを打ち明けたからか、二人の会話によどみはなかった。ある程度、周りに対して白井が気まずそうな雰囲気をまとっていたが、会話させることによって気をそらすことはできたようだ。

 そこら辺も人生経験の差だよなぁ、とコウキはしみじみに思いながらも、信号が変わったのが視界に入った。

 周りの人間がゆっくりと動き出した時に、コウキと白井も足を踏み出し――――。

「きゃ――――」

「おっと」

 何かに蹴躓いたのか、白井がバランスを崩す―――が、さすがに注意を向けていただけあって、コウキがすぐに腕を持ち上げるように支えた。

 本来来るはずの衝撃も無く、体勢を崩しながらも倒れてない自分に驚いているのか、目をぱちくりさせている白井へ、言葉をかけた。

「ほら、とりあえず向こう側に行こう」

 茫然としている白井を立ち上がらせ、とりあえず交差点を渡る。白井はなぜか後ろを気にしているようで、何度か振り返っている。

 そして、彼女の顔は、青ざめていた。

「どうかしたの?」

 交差点を渡り、新緑公園のほうに歩きながらコウキは少しだけ怯えている様子の白井に、声をかけた。コウキの言葉に、見上げた白井は「いえ………」と言葉を区切ると、辺りを見渡した後、おずおずと口を開いた。

「ちょっと、気分が悪くなったんです」

「そうなのか? ちょっとどっかで休むか?」

 そういいながらコウキは、辺りを思い浮かべる。一番近いベンチなどを思い出しながら、ついでとばかりに辺りも見渡しておく。

 もしかしたら、誰か押したのかもしれない、と思っての事だ。

周りに何人か同じ学校の人間はいたが、あまり人目に触れないように道路の端っこに並んでいた。

 しかし、後ろから誰も来ていなかった、とは思えない。だが、蹴躓いた白井を抱えた時、後ろ側から誰か通った様子はなかった。

小首をかしげていると、白井は困ったような笑顔を浮かべ、首を左右に振った。

「だ、大丈夫です。立ちくらみですから………」

 恥ずかしそうに委縮した白井は、顔を真っ赤にしてそそくさと歩き出す。

 その、遠目から見ても小さな背中を眺めながら、コウキは違和感を覚えていた。

 それでも、後ろには何もいなかった。







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