【第四話】 悪☆Ryo
ある日の放課後。職員室での用事をすませ、私は教室に戻るところだった。そこへ、
「ひょうごけーん、ひょうごけーん♪」
快活な歌声が廊下中に響いてきた。はっと、歌声の方を振り返ると、友だちの津山 美咲が機嫌よさそうに歩いてくる。とはいっても、美咲は普段からこんな感じだ。美咲の歌はさらにつづいた。
「こうづきーさよはーひょうごけーん♪」
「私!?」
思わず叫んだ。云うまでもなく、上月 佐代とは私の名前である。
「あっ、佐代」
私を見て、美咲はぱっと歌うのをやめた。たたたた、と駆け寄ってくる。というか、私がいることに気づいてなかったのか――。
「何なの、今の歌?」
私の質問に、美咲は得意げな笑顔をみせる。
「さっき作ったばかりのオリジナル曲。作詞・作曲、ザ・私!」
「できれば、歌詞に勝手に私の名を使わないでほしいのだけれど……。そもそも、どうして私が兵庫県なの?」
私は兵庫県の生まれでもなければ、住んでいた経験もない。
「上月 佐代って名前、兵庫県にゆかりがありそうじゃん」
「いや、知らないから――」
「兵庫県っていっても、最西端の方だよ」
「そんなこと云われても分からないって」
その地方にどんなゆかりがあるっていうのだろう。まぁ、ちょっと気になるから、後で調べてみようかな。
「因みに、私は岡山県だけれどね」
その表現も、同じくして意味が分からない。そもそも美咲は関東の出身のはずだ。
ふと、それから美咲は声をひそめた。
「ねえ、佐代。ちょっとあなたに云わなきゃならないことがあるんだけど」
「え、ど、どうしたの?」
急に深刻な顔になった美咲に、私はたじろいだ。
「耳貸して……」
美咲は私の耳元に口を近づけた。そして、ぼそりと云った。
「あなたの後ろに、悪霊が憑いてる――」
「ひえっ!?」
思わず身体をビクンとなった。
「ちょ、ちょっと、悪い冗談やめてよ……」
本気で怖がってしまった私に、美咲はへらへらと笑ってみせる。
「あ、そうだ!」
美咲は唐突に叫んだ。何かがひらめいたらしい。
「今から合唱部の部室に行ってこよう。部室でカビを培養していたという、とても見込みのある男の子がいるのだったー! じゃあねー」
美咲はそう云うと、スキップしてさっさと行ってしまった。
「はぁあ――」
私はため息をついた。美咲が向かった合唱部には、クラスメイトの竹原くんがいる。かなり個性的な子なので、美咲とは息が合うのかもしれない。まぁ、カビを培養していたなんてとんでもない話、やったのが本当に彼かどうかは分からないけれど。
ともかく、美咲が誰と関わろうが、私が口を出すようなことじゃない――。
――
学校からの帰宅途中――。
私は背後に気配を感じた。何となく、ジトッとした視線のようなものを感じるのだ。先ほどの美咲の言葉が気にかかる。まさか、と思いつつ、私はおそるおそる振り向いた。
「ぎゃあっ!」
私は叫び声をあげた。そこにあったのは、輪郭のぼやけた女性の顔だった。もちろん、この世の者とは思えない。美咲の云ったことは本当だったんだ――、と今さら気づいた。
『オマエ、ウランデヤル、ノロッテヤル……!』
悪霊は抑揚のまったくない、かすれた声で云った。私は恐怖で喉がつまりそうだったが、何とかこらえて声を出した。
「ど、どうして……? 私、怨まれるような覚えない……」
すると、悪霊は答えた。
『ワタシハ、ヒョウゴケンノオトコニダマサレ、ジサツシタ。ダカラ、ヒョウゴケンノヤカラ、ミンナウラメシイ……』
「そんな理不尽な――」
私は云った。悪いのはその男じゃないか。何でそんなとばっちりをくわなくてはならないのだろう。
あれ――、というか、何かおかしいな……? そう思った矢先、私は決定的なことを思い出した。
「――というか私、兵庫県民じゃないよ?」
『……エ?』
「そもそもここ、兵庫県じゃないし。お隣の大阪府だし」
『ウ、ウソダ……!』
「いや、嘘じゃないって――」
私はかばんから学生証を取り出し、悪霊に見せた。学生証にはこう書かれていた。『大阪府立S高等学校』。さらに中をめくると、住所が載ってある。もちろん、そこに書かれているのも大阪の文字だ。兵庫県なんて、一文字も書かれていない。
「ほら、ね?」
『…………』
悪霊はしばらく愕然としていたが、やがて、
『ゴメンナサイ、マチガエマシタ』
と謝った。素直な悪霊さんだ。
『クソゥ、シシテナオ、ホウコウオンチノキライガノコッテイタトハ……!』
悪霊さんはそう云い残してすぅっと消えていった。
「今度は間違えないでねー」
私はもと悪霊さんがいた場所に向かって、軽く手を振った。
まぁそんなワケで、悪霊さんは今ごろ兵庫県に向かっていると思います。
兵庫県民の方は、お気をつけください――。