ゆびきりげんまん
「えっ!」
「王子様なら食べられますよ」
イブは食べられるものがあると聞いて、顔をあげます。
「王子様は、女の人向けですね」
青年は聖人のような顔で、さらににっこりと微笑みます。
「おうじさま?」
これは聞いたことがあります。
(おうじさま。おうじさま・・・ カレーのおうじさまぁ)
そうです。イブがいつも食べているカレーの名前です。
辛いものが苦手なイブは、甘口でもダメなのです。だから、幼児向けの甘いカレーを作ってもらうのです。
では、青年の言う『おうじさま』もカレーなのでしょうか?
「カレー?」
イブは聞いてみます。
「カレー? 辛くはないと思いますよ」
青年は頭をひねりながら答えます。
とんちんかんな答えです。きっとカレーを知らなのでしょう。
カレーでないのなら、どんな食べ物でしょうか?
今度は王子様に興味がわいてきました。
癒しの聖乙女は、すでに意識から追い出されてしまっています。
「おうじさまって、おいしいの?」
カレーじゃなかったら、果物かな? お菓子かな? それとも・・・
否が応でも期待は高まります。
「おいしいですよ。」
青年は自信満々に断言します。
「甘いの?」
イブにとってのおいしさは、甘いかどうかにかかっています。甘さがおいしさの基準なのです。
「ええ。とても。舌が蕩けそうなくらい甘いですよ」
ここまで会話すれば、少女が甘いことが好きなことくらいはわかります。
期待感いっぱいに、一層興味をそそるように、優しく囁きました。
「食べたーい。食べさせて」
案の定、イブは思った通りの言葉を口にします。
(舌が蕩けそうって、どんな食べ物なんだろう?)
癒しの聖乙女より興味を煽られます。
今にも食べたそうなイブの顔です。
目の前に『王子様』という名の食べ物を差し出したら、すぐにでもかぶりつくかもしれません。
「でも、すみません。子供には食べさせられないのです」
青年の一言に、またもや、
「えー」
です。
「どうしてダメなの?」
あれだけ期待させておいて、まるで餌を目の前に、おあずけをさせられている子犬のようです。
「もう少し、大きくならないと」
青年はちょっと困ったように、イブに言います。
「大きくって・・・どのくらい?」
もう泣きそうです。食べられるものなら、食べたいです。
「そうですねえ。あなたは何歳ですか?」
青年はイブを見つめながら問います。
「五歳」
「そうですね。十年経ったら、食べてもいいかもしれませんね」
「十年?・・・」
言われても検討がつきません。
幼いイブにとって、十年後は遠い遠い未来のことです。
またもや、食べることができないのでしょうか?
かなり期待しただけに、二回ものおあずけはつらいです。
十年後でも。それでも、食べられるのなら。
舌が蕩けるような甘いものと聞いては、諦め切れませんでした。
食いしん坊のイブらしいです。
「じゃあ、十年経ったら食べさせてくれる?」
「はい。もちろん。喜んで」
青年はニコニコと、すぐに快諾してくれました。
(よかった)
食べられると聞いてイブは一安心です。
楽しみは先にあると思えばいいのでしょう。
(そうだ)
イブはあることを思いつきました。
「お兄ちゃん。小指出して」
イブは右の小指を青年の前に差し出します。
「小指ですか?」
怪訝そうな顔をしながらも、青年も小指を出しました。
その指に自分の指を絡めると、歌うように、調子を合わせて手を振ります。
「ゆびきりげんまん、うそついたら、針千本のーます。指切った」
それから、指を切るように手をはらいました。
青年は何をされたのかわからずに、自分の小指を見つめます。
すごく物騒なことを聞いたような気もします。
「針? 千本? 飲む?」
ぶつぶつとつぶやきます。
「約束の印だよ」
イブが言いました。
「約束?」
「十年経ったら、おうじさま、食べさせてね。うそついたらダメだよ。ゆびきりげんまんしたからね。約束は守らないといけないの」
「それで、針を千本? もしかして約束を破ったら飲むんですか?」
「うん。そうだよ」
なんともまあ、『王子様』が命を懸けた約束事になってしまいました。
青年も驚きです。
そこまで執着されるとは思ってもみませんでした。
紅い瞳を見開いて、呆れるようにしながらも、面白そうにイブを見てしまいます。
それにしても、イブは真剣そのものです。
いいのでしょうか?
約束をしたのはイブなのですから、その時がきたら、責任・・・とりましょうね?