おいしいの?
「いやしのおとめ?」
イブは初めて聞く言葉に首を傾げます。
(まさか本当に出会えるとは)
青年は心が打ち震えるような、随喜の表情でイブを見ています。
青年の胸の内など知らないイブは、別のことを考えていました。
(いやしのおとめ? おとめ・・・おとめ・・・おとめ)
いやしのおとめは、初めて聞きますが、おとめという言葉には聞き覚えがあります。
確か、いちごの名前です。この前食べたいちごが、何とかおとめ、似たような名前だったような気がします。
大きくて真っ赤ないちご。中まで赤くてとても甘くておいしかったのです。また食べたいとママにリクエストしたくらいです。
だったら、このおとめも。
「ねえ。いやしのおとめって、おいしいの?」
もしかしたら、いちごの種類かもしれません。
イブはソファーにのりだすようにして青年に聞きます。
その瞳は期待に満ちてキラキラしています。
突如、思いもかけない質問をされ、喜色満面だった青年の顔が一瞬色を失います。
今、何を言われたのでしょうか?
青年は二、三度大きく瞬きをします。意味が分かりません。思考が停止してしまいました。
「ねえ、おいしいの?」
驚いた顔をしている青年に、もう一度話しかけます。
イブにとってはとても興味をそそるものです。
先ほどの物足りなさが残っているせいかもしれません。
「えーと。癒しの聖乙女がですか?」
半ば放心状態の青年が聞きます。
「うん」
黒紫色の瞳が青年をとらえます。
青年もイブが『癒しの聖乙女』であると、はっきりと言ったわけではないのですから、気づかないのも無理はないのかもしれません。
それにしても、『癒しの聖乙女』を食べ物と勘違いするなんて、無邪気すぎます。
小さいから仕方がないのでしょうか?
青年は大きなキラキラとした瞳に見つめられ、何と答えようかと思い巡らせます。
イブが『癒しの聖乙女』だと教えてもよかったのです。
そうすれば、自分の勘違いに気づくでしょう。
背ほどまで伸びた銀色の髪と柘榴のような紅い瞳、少し冷たさを感じさせるほどの整った顔立ち。まるで宗教画から抜け出したかのような清冽な美しさです。
聖人のような顔をした青年は、口の端をちょっとだけあげて、悪巧みでも考えたかような顔になりました。
でも、それは一瞬のこと。
いつもの顔に戻ります。
イブは青年の感情の機微など気づきもしません。
今や興味は『癒しの聖乙女』だけです。
「おいしいと思いますよ」
青年は何食わぬ顔で言いました。
おいしいと聞いては、居ても立ってもいられません。
「おいしい? 甘いの? いちご? ケーキ?」
さらに乗り出すように、矢継ぎ早に質問するイブを、微笑ましいような表情で目を細めるようにして、じっくりと見つめてから、
「きっと、甘いでしょうねえ」
と、青年はその味を想像するように言いました。
(甘いんだあ!)
イブはますます興味がわいてきます。
「食べたーい。食べさせて」
甘いと聞けば、待ちきれません。
青年の血もとても甘かったのですが、それ以上なのでしょうか?
おねだりするように、口元で手を合わせます。
懇願する姿が可愛らしく、紅い瞳に映ります。
あまりの純粋さにふっと笑いがこみあげてきます。
かわいすぎます。
理知的な瞳をした大人びたイブはもういません。
いつもの少し食いしん坊で、甘いものが大好きな五歳の少女が、青年の目の前にいました。
「残念ながら、女の人は食べられないのですよ」
「えー」
食べられないと聞いてショック。ショック。大ショックです。
「いやだあ! 食べたい。食べたーい」
口をとがらせて、思いっ切り、不満顔でダダをこねます。
甘いと聞いたばかりだったので、期待度はマックスだったのです。
「あれは男の食べ物なのですよ」
青年は澄まして答えます。
「男の食べ物・・・うそ・・・」
イブはショックを通り越した声でつぶやきます。
知りませんでした。
男の人しか食べられない物があるなんて。
イブはがっかりです。大きく肩を落とします。
おいしそうだっただけに、落胆はひとしおです。
本気で食べ物だと勘違いしているイブの落胆ぶりが、ちょっとおかしくなりました。
「それじゃあ、王子様はどうでしょう?」
青年は口の端をちょっとあげて、紅い瞳に悪戯っぽさをのぞかせて言いました。