※追記 *コーリウスの困惑*
「いったい、どこに行ったのでしょうね」
コーリウスは誰もいないベッドを見つめて途方にくれていました。
王子が襲撃された。
この一報をコーリウスは、医局で聞きました。
騎士団の伝令をつとめる団員が、血相を変えて飛び込んできたのです。
急いで王子の部屋へ入ると、すでにベッドに寝かされていました。
「申し訳ありません。我々がついていながら、王子に怪我をさせてしまいました」
王子に付き添っていた団長達が、コーリウスの顔を見るなり深々と頭を下げました。
今は謝罪を聞いている暇はありません。
謝る団長達の言葉もそこそこに、怪我の様子を見ました。
切り裂かれた衣服。まるで華が咲くように張り付いた真っ赤な血。
まともに刃が体を貫いたような深い傷。出血もひどく、止まる気配がありません。
(ひどい傷。なぜ?)
王子は眉根を寄せ、時折、呻き声も漏れています。痛みがひどいのでしょう。浅い呼吸を繰り返し、ひたいには油汗が浮かんでいます。この分では、熱も出ているのかもしれません。
いろいろ考えるのは後です。まずは止血をしなければ。
コーリウスは薬と包帯と水など、治療に必要なものを用意するようにと団員達に告げました。
それらを受け取ったコーリウスは、
「治療をしますので、誰の取次も無用です」
それだけを団員達に告げると人払いをしました。
治療を施すのに、人は必要ありません。自分一人で充分です。治癒の魔術も使うつもりでいました。あまりの出血の多さに、普通の治療では間に合わないと判断したためです。
この時代には魔術師はほとんどいません。コーリウスはその数少ない一人。禁忌となってしまった魔術を扱えることは王子以外、誰も知りません。ついでに才能のあった王子にも魔術をいくつか教えています。これで一蓮托生ですね。
急いで治療をと思い、寝室に戻ると何故か、王子の姿がありませんでした。
「シェンナ様?」
ベッドの上には、傷から流れ出した血だけを残して。
あの傷では一人で動くなどできるはずはありません。
ですから、最初に思ったのは、敵の再度の襲撃。
王子の宮は常人にはわからないように、幾重にも結界を張り巡らせています。そう簡単に敵が侵入してくるとは思えませんが、何事も完璧にとは難しいことです。もしかしたら、どこかに綻びがあるのかもしれません。
命を奪うつもりだったのならば、このまま終わるとは思えませんから。
すぐに注意深くわずかの痕跡をも逃さないように、敵の気配を探りました。
しばらく神経を集中させて、術を駆使していたコーリウスでしたが、徐々にその緊張を解きました。まったくといっていいほど気配はありませんでした。
何度か大きく深呼吸をして、神経を整えます。
「敵の気配がないのは安心しましたが、それじゃ、シェンナ様はいったいどこに行ったのでしょうね」
寝室をゆっくりと見回しながら、姿を探しますが、どこにも見当たりません。念のため、窓の外も、バルコニーにも出てみましたが、当然姿はありません。
コーリウスはどうすることもできずに、ベッドのそばに椅子を置き座ります。人払いはしてあるので、当分の間近づく者はいないでしょう。
「結界にかからないということは自分自身で、いなくなったってことですよね。あの傷で消えてしまうとは、無謀もいいとこなんですけどね。困った方ですね」
王子の命が失われていないことだけは、確信的に感じていたコーリウスは、のんびりと穏やかに王子のいないベッドに話しかけます。返事など返るはずもなく、静寂さのみが部屋の中を支配していました。
これほどきれいに何の証拠も残さずに、消えてしまうことなど考えられません。主のいないベッドを見つめていたコーリウスは、何の手がかりもないことに自身の無力さを感じます。先ほどまでの余裕の表情はありませんでした。
今は命があるからといっても、重傷を負っているのです。いつまで大丈夫なのかはわかりません。油断はできないのです。
コーリウスは、顔を引き締め、真剣な表情になると、今度は王子を探すために、もう一度神経を集中させました。




