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※追記  *彼の国にて5*

 数百年おきに生まれる紅い瞳の王子。

 紅い瞳の王が統治する時代は、良くも悪くも国を揺るがす大事が起こります。

 そのため、紅い瞳は『動乱の瞳』とも呼ばれています。


 三百年前の紅い瞳の王は、軍神として国民に崇拝されました。英雄として国の歴史に名を残しています。

 広大な国土を誇るのも、この時代に戦って領地を広げたからなのです。



 軍神の再来――


 王子が生まれてから、そう呼ばれてきました。

 野心家の家臣達は、紅い瞳にかつての栄光を夢見るのでしょう。


 すでにこの国は栄華を極めています。

 豊かな暮らしの中で、これ以上何を望むのでしょうか? 

 他国を侵略してまで、もっと、もっと、と欲は際限なく。


 怪我が瞬く間に治ったと聞けば、軍神の名に拍車をかけるでしょう。



 それに――


いやしの聖乙女おとめは、どんな女性でしたか?」


 コーリウスが思ってもいない言葉を口にしました。


「!」


 王子はぽかんと口を開けたまま、驚きすぎて固まってしまいました。

 返す言葉が見つかりません。

 その顔がよほど面白かったのか、コーリウスが声を立てて笑います。


「まったく、間抜け面もいいとこですよ。そんなに意外でしたか?」


 まだ、くすくすと笑っています。

 王子は小さく息を吐きました。


(わかっていたのか? まっ先に怪我の心配をしなかったのは、そういうことか)


「それから、返事はしないでくださいね。肯定されても否定されても、私には必要のない情報ですので。情報過多も戦略の上で妨げになることもありますから」


「・・・わかった」


 肯定も否定もと言われても、答えは王子の様子からわかったはずですが、本人の口から聞いていないということが、重要なのでしょう。





 三百年前、万能の治癒力をもって軍神を助け、万人を魅了する美しい女性がいたと。

 その女性は人々から『癒しの聖乙女』と呼ばれ、国民からも慕われ愛されていたと史実は伝えています。



 同じように、今『癒しの聖乙女』が現れたらどうなるのでしょうか?




「ともかく、今は首謀者を捜すことが先決です。暗殺者を雇った人間ということですが、心当たりはありますか?」


「・・・ないことはないが」


 一人の人物が思い浮かびましたが、口にはできませんでした。


「断言できるだけの確信はありませんか?」


「ないな」


 王子は力なく首を左右に振りました。

 こちらが思うだけで証拠はないのです。どんなに怪しいと思っていても、軽々しく口にできる名前でもありませんでした。


「そうでしょうね。まだ必要な情報が不足しているのですよ。憶測では動けませんからね」


 そういいつつも、コーリウスの中では、戦略が組み立てられているのでしょう。表情は自信にあふれています。


「どう動けばいいんだ?」


 こうなると、王子も首謀者捜しの駒の一つです。

 わかっているので下手に逆らいません。それに犯人を早く見つけるのに、こしたことはありませんから。


「シェンナ様には、一か月間ベッドで過ごしていただきます」


「はあ? 一か月間も? それはやりすぎだろ?」


 ぴんぴんしているのに、大人しく寝ているのも退屈ですし、時間が無駄なような気がします。


「言ったでしょう? 瀕死の重傷だと。本来なら、三か月間は静養が必要なのですよ。それを一か月間に短縮して差し上げたのですから、感謝してください。それとも、軍神として祀り上げられたいですか?」


 いい加減何度も同じことを言わせるなという表情です。こめかみには、青筋がたっているような気もします。


「はい、すみません」


 王子は謝りました。

 つい、逆らってしまいました。

 臣下で王子に頭を下げさせることができるのは、彼ぐらいなものでしょう。こういう時に、日頃の力関係が出てしまいます。


「それじゃ、寝ましょうか」


「もうか? まだ早いだろう?」


「あなたは・・・」


「はい。寝ます」


 今度は比較的早くに素直になりました。


 寝室へ行くと、患部だったところを包帯でグルグルに巻かれました。

 本当に怪我人みたいです。


「また、命を狙われる可能性はありますから、心してくださいね」


「わかっている」


「それから、その言葉遣いはホント似合いませんよ。やめてくださいね」


「いいだろ? これが本当の俺なんだから。それにお前の前でだけだ」


「習慣は怖いですからね。いつ油断して、その言動が出てくるかわからないのですから、私の前でも丁寧な言葉を使ってください。見目麗しい姿に相応しい言葉遣いと所作ですよ。これからは特に大事になってきますから。お願いします」


 コーリウスは丁寧に低頭しました。

 そうなると王子は頷くしかありません。



 コーリウスに出会うまでの王子は、心根の優しい争いを嫌う少年でしたが、少々乱暴な言葉遣いと粗野な振る舞いが玉にキズでした。

 それを子供らしさと取るのか、軍神の素養として取るのか。悲しいかな、後者の方が多かったのです。 

 紅い瞳を持つというだけで、家臣からは畏怖され、または軍神の再来だと称えられ期待されるようになります。


 それが段々と重荷になりかけた頃、コーリウスに出会ったのです。


 黙っていれば、天から舞い降りた天使のような美貌の少年だったのです。

 その容姿に心根に相応しく。

 コーリウスの助言は丁寧な言葉遣いと所作でした。

 鈍な剣を持っているのも、戦わない、戦えないという意思表示のためです。



 戦争をして国土を広げることが、国民の幸せとは思えません。

 どんなに勝利しても、痛みは受けるのです。たくさんの命が失われるのです。それだけはしてはならないことだと思っています。

 だからこそ、軍神にはならない。

 戦いの旗印には決してなりたくないのです。



「今夜はゆっくり休んでください。明日から動きますから。シェンナ様は重傷の怪我人らしく振舞ってくださいね」


「わかりました」


 王子は麗しく微笑みました。

 まるで宗教画から抜け出した聖人のように見えます。

 さっきまでの態度がウソのようです。




 王子の暗殺未遂事件。

 さまざまな要因が絡まったまま、運命が動き出しました。




 眠りに入る瞬間、思い浮かんだのはあの少女。

 可愛らしく、愛らしい『癒しの聖乙女』でした。




 約束通り十年後、彼女に会うために。




 

 これから―――

 王子の戦いが始まるのです。



思っていたより長くなってしまいましたが、完結しました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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