※追記 *彼の国にて4*
夜着に着替えさせられ、王子は先ほどの椅子に座ります。差し向かいにはコーリウス。
テーブルの上には水の入ったグラスが一つ。コーリウスが用意してくれたものです。
外は日も暮れ夜が訪れていました。
もうすぐ冬が近づく季節で、気温も高くも低くもなく、一年の中で、今が一番過ごしやすい時期です。
王子はグラスを手にすると、一気に水を飲み干してしまいました。
そういえば、怪我を負ってから、何も口にしていないことを思い出したのです。
(腹も減ったな。何か食べたい。軽いものでいいからなんか持ってきてもらうか)
国へと帰ってきて、コーリウスにも会い、気分が落ち着いてくると、急にお腹が空いてきました。
「シェンナ様。先に今日の事件の概要から確認していきましょうか? これがすみましたら、あなたの好きにされて構いませんから。食事もお持ちしますよ」
「・・・わかった」
コーリウスに見透かされました。
いつものことなので驚きもしませんが、このことだけではなく、普段から王子の些細な表情を読み取ってくれるので、隠し事をするのは結構難しいことなのです。
痒い所に手が届く的に、側近として頼もしいところがある反面、手のひらの上で転がされているような気がして、悔しい所もあるのです。
いつかはコーリウスを超えたいとは思っているのですが・・・
コーリウスは早速本題へと入ります。
「今日は午後一時から、近衛騎士団の視察が入っていましたね」
この国には現在、三人の王子がいます。王子達には、それぞれ護衛のための騎士団がつきます。今日は自分の騎士団の訓練の様子を見に行く予定でした。
「ああ。団長と二人の団員が迎えに来て訓練所まで行ったな」
王子も一つ、一つ、確認するように思い出していきます。
「その際、私はおりませんでした。薬師が足りないと、急に医局へと呼び出されたからです」
「そのことは、俺が許可したことだからな。団員達もいることだし、薬師としてのお前も超一流だから、緊急の際は声がかかることも当然だろう」
持っている肩書全てが、超一流なのですから、コーリウスに王子の頭が上がらないのは、仕方がないことなのです。
「そうかもしれませんが、そのあとのことです」
コーリウスは、超一流のところは否定しませんでしたね。謙遜という言葉は彼の中にはないようです。
「まあな。予定自体は滞りなく、時間通りに終わったから、団員達に送ってもらって、自分の宮へ帰る寸前だったな。衛兵に門を開けてもらった後だったから」
「護衛についていたのは誰です?」
「団長と副団長と三人の団員だった」
「そうですか。団長、副団長もですか。団のトップがいたわけですね」
強調するように、王子に確認します。
「ああ。まあ、いつものことだろう」
視察の際は、帰りは彼らが護衛に付いて、部屋で会議をすることが、いつもの行程になっています。
「それはそうですね。それで、そのあとは?」
「門を入ってすぐだった。急に人が切りかかってきて、あっという間だったな。すぐに俺達は囲まれたからな。五人はいたと思う」
「一人に一人ですか。何か異変は感じなかったんですか?」
「気づいたときには遅かったっていう感じだった。あれはトップクラスのプロだろう? 俺が防戦できなかったからな」
王子は苦々しい顔をしました。
小さい頃からコーリウスに剣の腕を叩き込まれています。それ以上に防戦術を身につけています。
「暗殺者ですか? それにしても、ふがないですね。騎士団のトップが揃っていながら、シェンナ様に怪我をさせるとは。何のための騎士団でしょうか。これは厳罰ものですね。どうしましょうか? 謹慎や減棒では軽すぎますよね。王子を守りきれなかった団長と副団長には降りてもらって、もっと優秀な人材を・・・」
「待て。そこまでは」
王子は、どこまでもエスカレートしそうな言葉を遮ります。
「おや? ご不満でしたか? それならばいっそのこと、団を解散して、新たに結成しなおすというのはどうでしょう? さらに優秀な人材が集まると思いますよ。選抜のおりには、私も参加させてもらいましょう」
さらにエスカレートしてしまいました。
王子は、罰も人事異動も団の解散も考えていないのです。
「やめてくれ。お前が言うと冗談に聞こえない」
王子は頭を抱えます。
「冗談でもないんですけどね。それくらいの重大事だということですよ。世継ぎの王子を、暗殺者から守りきれなかったということは」
コーリウスは、真剣なまなざしを王子に向けました。
「わかっている。お前の言いたいこともわかる。言い訳にしか聞こえないかもしれないが、彼らは俺を守ってくれた。ほんの一瞬だった。俺があの殺意に負けてしまった。それだけだ。彼らに非はない。だから何もしなくてもいい」
王子に向かってきた相手は、今まで感じたことのない殺意を放っていました。
とっさに感じた命の危険。自分の身を守るために、戦わない剣の意思を無視して剣を抜いたのです。
鋭い殺気を放たれては、王子を守るために、剣も切らざるを得なかったのでしょう。
その結果、相手は倒したものの、剣の凄まじい声を聞いたのです。
心の中に響いてきたのは後悔、散華、断末魔のような叫び。
剣の思いにふれた刹那、何も考えられませんでした。その一瞬の隙を狙われたのです。
彼らのせいではありません。自分が弱かったからです。剣の思念に勝てるだけの精神力を持っていなかったからです。
「そこまで言われるのでしたら、これ以上は言いません。王子の騎士団ですから、シェンナ様にお任せします。けれど、これだけは言わせてくださいね。今までの訓練では生ぬるかったようなので、もっと厳しいものにしましょう。どんな敵が相手でも、対等以上に強くなくては困ります」
正統派の貴公子のように微笑んだコーリウスが、悪魔のように見えました。
彼のことです。訓練内容にまで口を出す気でしょう。
訓練が厳しいと、生半可な表現ができるものではないとはわかっていましたが、罪に問うよりずっとましなことのように思えました。
「ほどほどにな」
「わかっていますよ。やるときには徹底的に。楽しみですね」
あれやこれやと考えていそうなコーリウスを前に、団員たちの顔が思い浮かびました。
ご愁傷さまと言ってあげたい気分です。その反面、強くなればそれはそれで、OKかとも思う王子でした。
「話がずれてしまいましたね。それでそのあとは?」
「俺に一太刀あびせて引いていったと思う。そのあと、部屋に連れられてきたんだろう?」
「そのようですね。私が駆けつけてきた時には、あなたはベッドに寝ていましたから、そのあと、姿が見えなくなったので」
「それじゃ、大騒ぎだったんじゃないのか?」
朦朧とした意識の中で、気づいたときには少女の世界にいたのです。
王子が姿を消したとなれば、どれだけの捜索がかけられたのでしょうか。今も探しているのかもしれません。
「いいえ、あなたはずっと、ここにいたことになっていますから」
「どういうことだ?」
「最初に人払いはしましたから。怪我の様子がひどいようでしたので、それに治療をするにしても人がいたら邪魔ですから。この私がちょっと目を離したすきに、あなたはいなくなったのですよ」
「じゃ、探したのは?」
「私が自分でシェンナ様の気配を探ったのです。でも、どこにもいらっしゃらなかったので、心配していたのですよ」
超一流の魔術師でもある彼は、術を駆使して探したのでしょう。
コーリウスの術が届かないということは、やはり少女は異世界の人間なのでしょう。
「それじゃ、騎士団の連中にも、俺が無事なことを知らせてくれないか。そうだ、直接姿を見せた方が早いか」
王子はすぐにでも席を立って、部屋を飛び出して行きそうな勢いです。
「お待ちください」
冷静なやんわりとした声で止められました。
立ち上がっていた王子が、なぜ止めるんだという顔で眉を顰めます。
「最初に言ったでしょう? あなたは瀕死の重傷だと、お忘れになりました?」
「そうだったな。でも、いいだろう? この通り元気だからな。顔を見せて安心させてやりたいし」
どうだとばかりに胸を張る王子でしたが、呆れるように大きなため息をつかれました。
お前はばかかとコーリウスの顔に書いてあります。
王子はムッとしました。
「どうしても、というのなら止めませんが、あとで困るのはシェンナ様ですよ。いいんですか?」
「困る? なぜだ?」
「私が面会謝絶の瀕死の重傷だと判断を下したんですよ。その上、団長達にも怪我は見られていますよね? その怪我がその日のうちに治ったとなれば、どうなりますか?」
「・・・あっ!」
小さな叫びと共に、王子は急に力が抜けたように、椅子に腰を落としました。




