※追記 *彼の国にて3*
忘れていなかったようですね。
うまい具合に話が逸れたので、ごまかされてくれるのかと思ったのですが、無理でした。
医師としての責任もあるのでしょう。
これ以上抵抗して、強硬手段をとられたら困ります。どちらかというとそっちの方が怖いです。何をされるかわかりませんから。
仕方なく体を診せることにしました。
(しかし、どうやって説明したものか)
王子は頭を悩ませます。
とっさに治ったと言ってしまったことが、悔やまれます。傷はなかったことにしておけばよかったのかもしれません。
それも無理はありますが、強引に押し通せば何とかなったかもしれません。我ながら、往生際が悪いと思いつつも、希望的観測をしてしまいます。
王子の冷や冷や、ハラハラの気持ちをよそに、コーリウスは冷静に対処していきます。
「ベッドに行きますか? 横になった方が診やすいかと思いますが」
「いや、ここでいい」
どこで診てもらっても同じです。傷はどこにもないのですから。
「そうですか?」
コーリウスは怪訝そうにしながらも、座っている王子の体に目を向けました。
異世界から帰ってきたまま、椅子へと座り込んだので衣服もそのままです。
(着替えておくべきだったな)
あとのことも考えて行動していれば・・・今となっては遅いですが。
ぼろぼろに近い服装を上から、下まで、じっくりと観察しながら、コーリウスは眉をひそめます。
「はあ。結構、服はザックリといっていますね」
「出血もかなりあったみたいですね」
「この様子では傷も深そうですね」
コーリウスの実況がいちいち生々しく聞こえます。
切り裂かれた衣服には、大量の血の跡が残っています。時間が経過しているために、赤黒く変色していました。
改めて見ると、酷い有様でした。自分でも恐ろしいくらいです。この手のものが苦手な人間なら、卒倒していたでしょう。
少女も着替えを用意したがったはずです。
切られた後のひらめくような、痛みも苦しみも尋常ではなかったのですが、少女から治してもらった後には、ケロリとそのことは忘れていました。喉元過ぎれば、何とやらです。
ですから、衣服のことなど気にもかけていなかったのです。
(証拠隠滅しとけばよかった)
思慮の足りなさが次々と出てきて、自分の愚かさに目を覆いたくなります。
コーリウスは、いよいよ衣服を脱がせて、怪我をしたあたりを診察しました。
「えっ? 怪我は右の脇腹あたりでしたよね。ないですね。おかしいですねぇ」
しきりに頭をひねります。
上半身を診回しながら、怪我がどこにも見当たらないことを確かめると、何やら考える風に王子を見ます。
「シェンナ様?」
王子は癒しの聖乙女のことを話そうか迷いました。
隠しておきたい。そう思いました。
まだ五歳のあどけない少女。誰が癒しの聖乙女だと思うでしょうか。
この世の中の汚さなど知らない可愛らしく愛らしく、純粋な女の子。
自分の胸の奥深くに隠しておきたいと。
少女は紅い瞳を宝石のようだと褒めてくれましたが、彼女こそが宝石のようです。発掘したばかりの原石。
これからどのように磨かれ美しく輝くのでしょうか? 自分だけの自分だけしか知らない宝物のように、誰にも見せずに、ひっそりと隠しておきたい。今はまだ。
王子の秘めやかな願望です。
心配なのは、コーリウスを目の前にして、秘密を突き通せるかどうか・・・
老成した星のような賢者の瞳が、王子の紅い瞳をとらえます。
目をそらすわけにはいきません。それこそやましさを持っていることがばれてしまいます。
沈黙の時間がやけに長く感じます。
コーリウスは無言のまま、何を考えているのでしょうか。
深淵の海を思わせる深い緑色の瞳で、心の中を探るように見られると、言葉で問われるよりずっと、威力があるのです。心の中がざわざわとして、妙に落ち着かなくなってしまうのです。
じーと見つめられ、とてもじゃないけれど耐えられませんでした。
自分の教育係であるコーリウスに、これ以上隠しておけるとも思えません。
(仕方ない。すべて話すしかないか)
降参です。白旗を上げるしかありません。
「コーリウス。あの・・・」
口を開きかけた時、コーリウスの柔らかい声が聞こえました。
「怪我がないのでしたら、いいでしょう」
「?」
「私の見当違いだったのかもしれませんね」
なぜその結論に至ったのかわかりませんが、コーリウスは、あっけないくらいにスルーしてくれました。
外見を見ただけでも大怪我とわかる傷が、すぐに癒えるわけはありません。何かあったのではと疑問に思うのは当然のことです。
実はネチネチと質問攻めにあうかもと、覚悟していたのです。
頭がいいだけに、要所、要所を的確についてくるので、最後にはやり込められてしまうのですから。
今回もそのパターンかと予想していたのですが、あっさりと引いてくれたので、逆に拍子抜けしてしまいました。
王子としては言及されなかったので好都合なのですが、コーリウスらしくないことに、少し引っかかりは感じました。が、
ともかくも秘密は守れたので、一安心です。
「シェンナ様がお元気なら重畳。何よりです。それでは、本題に入りましょうか?」
マリンブルーの瞳を細め、それからコーリウスは表情を引き締めました。
あけましておめでとうございます。
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