※追記 *彼の国にて2*
ゆっくりとドアが開き、人影が見えた瞬間、王子は一層、緊張感をつのらせました。
(誰だ? 王子の部屋にやすやすと忍び込むやつは・・・)
殺気は感じませんが、昼間のことがあっただけに、いつも以上に警戒してしまいます。
威嚇のために持っていた剣に力を込めました。
紅い瞳が鋭く光ります。
剣以外の戦法を、頭の中で素早く考え巡らせていると、
「やめてくださいね」
どこまでものんびりとした、柔らかな声と共に、一人の青年が姿を現しました。
亜麻色の髪を細いリボンで一つにまとめ、マリンブルーの瞳をした温和な面立ちの青年。その身のこなしは優美な貴公子のようです。
「コーリウスか」
よく知る人物だとわかると、王子は殺気を解きました。
「剣を収めてくださいませんか? 使えない剣だとわかっていても、刃を向けられると怖いですから」
なんだか、棘を含んだ言葉です。
『・・・・・・』
剣は激怒していました。
「使えない」
この言葉に反応したのです。
剣としての矜持を傷つけられたと思ったのでしょう。
けれど、本当のことなので王子は何も言えません。有事の際には使えないのですから。
いわれた通り、コーリウスへと向けていた剣を鞘へと収めました。
国王専属の信任厚い医師を父に持つコーリウスは、幼い頃から父と共に登城していました。
博識で多才な能力を持つ彼に、いち早く目を付けたのは国王でした。
第一王子の教育係として適任だと見込んだのでしょう。
十五歳の時、八歳の王子の側近となりました。
それから十年経ち、今では教育係だけではなく、医師、薬師、剣術師、魔術師などさまざまな肩書を持っています。
王子が唯一、心を許せる相手なのです。
「こういう時に気配を消すな。敵だと思うだろうが」
「このくらいの気配、シェンナ様ならとっくに、見破っているかと思ったのですが」
澄ました顔でコーリウスは言います。
(このくらいって・・・完全に気配はなかったぞ。わざと高等術を使いやがって)
王子は心の中で悪態をつきます。
声に出したら、この二倍、三倍は返ってくるのですから、ここは殊勝に謝っておいていた方が無難です。
「俺なんか未熟者で、先生の気配は全然わかりませんでした。まだまだ修行が足らないですね」
棒読みです。ちっとも感情がこもらない口調で言います。
コーリウスは、つまらなさそうに息を吐きました。
「もうちょっと感情を入れてくださいね。それでは、褒められている気にはなりません」
(いやいや、褒めてないし)
これまた、心の中で王子はつぶやきます。
「まあ、冗談はこれくらいにしましょうか。それよりシェンナ様、今の状況わかっていますか?」
ころりと話題を変えて、コーリウスは真顔になりました。
二人は椅子に座ると、これからのことを話し合います。
「いや、よくわからないな。襲われて、部屋までは逃げてきたよな。そのあとは・・・」
王子はこの部屋から、異世界へと飛んだのです。
それが昼過ぎの出来事で、今は夜に近いのです。おそらく半日ほどの時間は経過しているのでしょう。
帰ってきてからは、王子は剣に意識を取られていて、現状把握まで頭が回りませんでした。
「あなたは瀕死の重傷で、ベッドに臥せっていることになっていますから。今のところ、面会謝絶です」
大袈裟に聞こえるその言葉に、思わず王子は目を剥きます。
「どうして、そんなことになってんだ?」
「いや、あなたがいなかったからでしょう? 随分と探したのですが、見つからなかったので、仕方なく。怪我を負ったのは事実ですし、結構深かったでしょう? たぶんそのくらいの傷だったはずですよ」
「・・・・・・」
医師だけによくわかっています。断言されて何も言えなくなりました。その通りだったからです。
少女に出会うまで、どのくらい木の下に、うずくまっていたのかわかりませんが、出血もかなり多かったような気がします。
もしかしたら、命があること自体が奇跡なのかもしれません。
「それにしても、元気ですね。怪我を診せてくださいませんか? 治療が必要でしょう? 普段と変わりがなかったので、忘れるところでしたよ」
「いや、怪我は・・・治ったから、心配しなくてもいい」
王子は慌てて、脇腹を隠すようにします。
「治った? そんなはずはないでしょう? 私はこの目で見たのですから。怪我をさせてしまったことはお詫びいたします。本来なら、命を懸けてもお守りせねばならなかったのに・・・今日の日に限って、別の仕事が入ってしまうとは。本当に申し訳ありません」
コーリウスは椅子から立ち上がると、王子の前で膝を折りました。
いつも王子に付き従っているはずのコーリウスの不在。
「いや、お前に謝ってもらう必要はない。怪我をしたのは俺の責任だ。俺が油断したからだ。お前がいなかったせいではないし、俺の盾になろうとは思うな。自分の身は自分で守る」
「しかし・・・それでは」
それでは、何のための臣下でしょうか? いざという時には、命を投げ出すことも覚悟しています。
「それでいい。俺のために、お前の命が失われることの方がつらい。誰にも負けないくらい強くなるさ。そうすれば、文句はないだろう?」
王子のこれ以上何も言わせないとばかりの言葉に、コーリウスは頷くしかありませんでした。
「わかりました。今までより剣の練習を増やしますか?」
「そうしてくれ」
コーリウスは渋々ではありましたが、条件を引き出して納得してくれました。
「それでは、傷を診ましょうか?」
穏やかな声音でコーリウスが言います。
あっという間に話が戻ってしまいました。
(ちっ! 覚えていたのか)
王子は心の中で盛大に舌打ちしました。




