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「うーん……、うーん……」
人気の無い路地裏で、少女がひとり呻いている。
彼女は首に巻きつけたヘビのマフラーを両手で引きちぎらんかばかりに引っ張っていた。
自分の首を絞めるために。
しかし、古びた毛糸のマフラーは、少女の息の根を止めるよりもさきに、千切れてしまいそうだった。
少女はマフラーを引っ張るのをあきらめ、小さくため息をつく。
「はあ、やっぱりマフラーじゃだめか。もっと頑丈なロープを用意しないと……」
少女は自殺するつもりだった。
今回は首吊りの予定なのだが、それも失敗に終わる。
少女はマフラーを解き、両手でやさしく包み込んで、マフラーのヘビの頭に語りかけた。
「キミも神に選ばれてないんだね。いいよ、あたしがずっと一緒にいてあげる」
地面にしゃがみこみ、脇に置いた大きなスポーツバッグを小さく撫でた。
「いいんだよ。あたしにはまだ、"コレ"が残っているし。だから……いつでも死ねる」
そのとき、誰かが少女の肩をぽんぽんと叩いた。
振り向くと、ニット帽を深くかぶった背の高い青年の姿があった。
青年は少女を見下ろしたまま、猫なで声で呼びかける。
「お譲ちゃん、いいものをあげるよ」
「なあに? もしかしてチョコパイ?」
少女は目を輝かせて訊いた。
「そうだよ。よくわかったねえ。おにいちゃんの家には、チョコパイがたーくさんあるんだ。だから一緒にいこう」
そう言うやいなや青年は、少女の手首を強引に掴み、ぐいぐいと引っ張った。
少女は宝物の入ったスポーツバッグをもう片方の腕で必死に抱え込んだ。
青年は手首を掴んだまま、どんどん足を進める。
「急がないと、チョコパイが溶けちゃうんだ」
そのとき、少女の肩からヘビのマフラーがするりと離れた。ヘビは音も立てずに湿った地面に落ちる。
少女はあっと声を出したが、青年はかまわず歩調を速めた。
ふたりは裏道の影の向こうへと姿を消した。
***** *****
そこは寂れた倉庫だった。周りはトタンの壁に囲まれ、小さな四角い窓が高さ三メートルの天井近くに何個かついている。明かりはなく、窓から差し込むわずかな光だけが室内を照らしていた。
「ねえ、ほんとにこんなところにチョコパイがあるの?」
「もちろんさ。ここは秘密のチョコパイ工場なんだよ。チョコパイはおにいちゃんの宝物さ」
青年は自分のことを『おにいちゃん』と呼んだ。
このとき彼は満面の笑みだったが、暗くて少女には表情が見えなかった。
「あたしと同じだね。あたしもチョコパイがいちばんの宝物だよ」
「それはよかった。お譲ちゃんもこれから、ボクの宝物(コレクション)にしてあげるね」
青年はニット帽を脱ぎ、それからズボンのベルトを外す。
そのとき、どこからともなくすすり泣くような声が聞こえ、暗い倉庫のなかで不気味に反響した。
「ゆうれい?」
少女が辺りを見まわすと、三、四十ほどの黒い影が、倉庫のあちこちに転がっている。声は影から聞こえてくるようだった。
なんだろうかと首を傾げる少女。
それは連続強姦魔の犠牲となった計三十五人の女子中学生たちだったのだが、彼女の知る由もない。
「怖がらなくていいさ。すぐにみんなともお友だちになれるからね」
「あ、待って」
少女は思い出したように声をあげた。
「あたしも、おにいちゃんにプレゼントしたいの。おにいちゃんは"神に選ばれた人"みたいだから、あたしのとびっきりの宝物をあげる」
そう言って、少女は肩からスポーツバッグを降ろすと、ジッパーを静かに開ける。
バッグの中から少女が取り出した"ソレ"を見て、青年はズボンに手をかけたまま、ごくりと唾を飲み込んだ。
見間違いではないかと、もう片方の腕で目をごしごしと擦るが、少女が左手が掲げる"ソレ"はやはり"ソレ”にしか見えなかった。
思わず、後ずさる。
「それは……、何だ……?」
肉切包丁か何かか? と青年は自問する。
少女はしかし、明るく透きとおった声で答える。
「おばあちゃん特製の、 首切り包丁だよぉ。ね、すごいでしょ!」
少女は片手でソレをぶんぶん振り回して、得意げに言った。
刀身は四十センチメートル、幅は十五センチメートル、あり得ないほどの巨大な刃物。
特殊なアルミ合金で作ったからとっても軽いんだよ、と少女は説明を加えた。
青年――連続強姦魔は、ただ呆気に取られて立ち尽くす。
"クビキリボウチョウ"の九字の単語が、延々と頭のなかをループしていた。