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死にたい少女とチョコパイ聖戦  作者: 五条ダン
第一話 死にたい少女と覆面強盗
3/8

「な、なぜなんだ……」

 少女の後ろで、ディーラーは呟いた。


 少女は振り返る。ディーラーが見たのは、純粋であどけない少女の笑顔だった。

 彼は自分の娘のことを思い出した。三年前に離婚した、妻に引き取られた娘。

 離婚後、一度も会わせてもらっていない、たったひとりの娘。


 今頃は中学生になって、そう――目の前の少女と同じくらいに成長しているはずだ。

 なぜだ、なぜ、この少女は、死のうとしているのだ。こんな笑顔で。


 理解できない。理不尽だ。


 この世の中は、理不尽なことばかりだ。



「おじちゃんは、死んじゃだめだよ。だって、おじちゃんは、死ぬべき人間じゃないから。神に選ばれてない人間は、死んじゃだめなの。だから、生きてよ」


 少女が言った。そしてまた、銃口へと視線を戻した。

 強盗の男の手は震えていて、今にも引き金を引きそうな様子だ。


 ディーラーの中年男性は、内心で苦笑いをする。


 ははは、神に選ばれてない人間、か……。


 たしかに俺は、神に選ばれてないよ。

 入社した年に会社は粉飾決算がバレて倒産し、今の野菜証券に転職。

 仕事がようやく軌道に乗り始めたと思えばリーマンショックだ。残業でほとんど家に帰れず、妻は愛想を尽かして出て行った。


 俺はいままで、なんのためになにをして生きてきたのだろう。

 人生に、なんの意味があったというのだろう。


 少女は言った。

 俺は神に選ばれてないから、だから生きろと。


 そうか、俺はまだ、神に選ばれてないんだ。

 神に選ばれるまでは、生きていなくてはいけないんだ。


 神に選ばれるためには、なにをすべきなんだ?



 そうか、明白じゃないか。


 俺はどうしてそのことに気がつかなかったんだ。


 俺がいま、しなくてはならないことは――、俺を救ってくれた、目の前の少女を救うことだ!!!



「うおおおおおおおおお!!!!!」


 中年男は叫んで、立ち上がる。覆面が驚いたのか、足をうしろに引いた。


 少女を横に突き飛ばし、真正面から強盗犯に飛びかかる。

 

 強盗犯は目をすっと細め、右手の銃を取りこぼした。それと同時に、中年男と強盗犯は衝突し、抱き合う形のまま勢いで床をごろごろと転がった。


 そのタイミングを見計らったかのように、いつの間にか身を潜めていた警察部隊が突入し、強盗犯は無事に捕らえられた。



 少女は、「チョコパイ食べたい」という一言を残して、ふらふらとどこかへ消えてしまった。警官がすぐにあとを追ったが、少女を見つけることはできなかった。



***** *****



「あーあ、また死にそびれちゃった」


 橋から身を乗り出し、少女はいじけたように言った。


「強盗に殺されて死ぬなんて、滅多にないチャンスだったのに」



 やっぱり、飛び降りにしようかな。でもそれならもっと高いところからがいいな。


「あ、でもそのまえにチョコパイ買ってこなくちゃ」



 少女は街の方へ、軽い足取りで歩き始めた。


 ガサッと何かを踏んだ音で足を止めると、捨てられた新聞記事の紙面が目に入った。



 《お手柄証券員 強盗犯に立ち向かい子ども救う》



「ふーん」


 つまらなさそうに言って、また歩き出す。


 おじちゃんは"まだ"神に選ばれてない。

 選ばれてない人間に、死は必要ない。



「おじちゃんの人生は、まだまだこれからだよ」




 死にたい少女、宮野夜美

 死に場所とチョコパイを探して、今日もさまよう。




 【第一話 死にたい少女と覆面強盗】 (完)


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